表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
岩永姫 ―見た目が醜いと結婚拒否されたので美容整形して見返してやることにしました―  作者: 紅咲 いつか
二ノ巻:豊稲国防衛奔走編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/208

三片「朔からの提案」

「急にお呼びたてしてしまい、申し訳ありません」

 豊稲国の都――大宮殿の敷地内の一角にある星読宮で、岩永姫は巫覡長の朔と対面していた。彼とは照守王と阿戸の謁見以来である。

「構わぬ。わたくしも皆の様子が気になっていたところじゃ。朔殿も、変わらず息災であったか?」

 雅に付き添われ、星読宮へとやってきた岩永姫は朔の挨拶に対して微笑とともに頷いた。岩永姫は朔と雅の前で正座し、雅に教えられた通りの鷹揚な仕草で受け答えをしている。その輝かんばかりの美しい容姿も相まって、その佇まいは見る者の視線を常に釘づけた。

 皆がうっとりと見惚れる中、当の本人は内心冷や冷やである。

 背筋を伸ばして堂々と……うぅ、皆の視線があると落ち着かぬ。

 岩永姫は緊張のあまり、引きつる顔に必死で笑みを浮かべていた。

「はい、おかげ様で。姫さまもこちらでの生活には慣れましたか?」

「うむ。山の宮とは違い、毎日が真新しいことばかりじゃ」

 嬉しそうに破顔する岩永姫に、朔も安堵した様子で頷いた。

「それはよろしゅうございました。此度、御足労いただきましたのは、折り入ってご相談したいことがあったためです」

「相談、とな?」

 朔は雅に目配せする。雅が心得たように深々と頭を下げると部屋を出ていった。

「人払いを指示いたしました。肩の力を抜いて普段のようにお話しください」

「はは……見抜かれておったか。いや、助かる……色々と意識しながらの受け答えは疲れるからのぅ」

 微笑む朔の前で、岩永姫は一気に脱力する。朔の配慮を心から感謝した。しかし、今度は別の意味で表情を引き締める。

「それで、わたくしに相談とは?」

 岩永姫がどこか警戒した様子で朔を促す。朔がこうして岩永姫と対面し、相談したいこととなると外部に知られてほしくない内容であることが多い。居住まいを正すと、朔はすぐさま本題を切り出した。

「岩永姫さまが、神として本来の力の大半を失っていることは、阿戸殿より報告を受けています」

「うむ……そのことか」

 岩永姫の表情が曇る。以前の姿の時は神気を自在に操ることができた岩永姫だったが、この姿へと生まれ変わる代償としてその力の大半を失ってしまった。見た目を作り変えたことに後悔はないが、それまでいかに神気に頼り切った生活をしてきたのかは嫌でも痛感した。

「今のわたくしでは、おそらく朔殿の期待に応えられまい。本来であれば『神』として万全の状態であるわたくしを豊稲国に迎え入れたかったであろう?」

 後ろめたい気持ちから、つい自虐的な言葉を口にしてしまう。そうして慰めの言葉を期待してしまう自分にも、嫌気が差した。

「確かに失ったものは大きかったでしょう」

 朔は正直に答えた。岩永姫の甘えをあっさりと跳ね除け、朔は事実を事実として肯定する。彼のこういうところが照守王の信頼を得たのであろうが、岩永姫としては悲しい気持ちになる。女としての生き方よりも神としての能力ばかりが求められている気がして、やるせなかった。

「しかし、それを上回る嬉しい誤算もたくさんございました」

 一気に落ち込んだ岩永姫に対して、朔は和やかな微笑を向けてきた。朔の意外な反応に、岩永姫は顔を上げて不思議そうに彼を見つめる。

「嬉しい誤算?」

「ええ。細かいことを挙げるとキリがありませんが……やはりもっとも大きいことでは、以前の姫さまの容姿を知る者が今の姫さまを見て、態度を改めたことが大きいでしょう。それに引きずられる形で、宮中を包む雰囲気(くうき)ががらりと変った……と言えます。その筆頭は、紛れもなく照守王さまです」

 阿戸との謁見以来、照守王とは会っていない。ただ、照守王が以前よりも精力的に政に取り組んでいると、伊奈や雷が嬉しそうに話していたのを覚えている。そうして決まって、二人は岩永姫に感謝の言葉を寄越すのだ。

「そんなわけで、今や姫さまは老若男女の別なく、人々の憧れの的です。本当に、姫さまには感謝してもし切れませんね」

 朔も伊奈や雷と同じように、岩永姫への感謝を口にする。岩永姫は苦笑を浮かべて僅かに身を縮ませた。色々な人から感謝の言葉を告げられるのは嬉しいが、それも頻度が多いとむしろ恐縮してしまう。

「わたくしは特に何もしておらぬ。皆、少々大げさではないか……?」

 岩永姫はただ、ただ自分の気持ちに精一杯だっただけである。そこまで感謝されるほど、大それたことをした覚えはなかった。

「ふふ、大げさ……ですか。果たして、自ら思い立ち、己を変えることができる神や人が、この世にどれだけいるでしょうかね」

 朔は小さく笑うと、怪訝そうな顔でこちらを見つめる岩永姫へ微笑む。

「まぁ、本人の評価とは、必ずしも周囲が向ける評価と一致するわけではありません。この際、岩永姫の人気については私の口から説明するよりもご自身で追々……思い知ることになるでしょう」

「……朔殿、先程からお主は何が言いたいのじゃ?」

 朔はにっこりと笑って、岩永姫の疑問を受け流した。

「さて、本題に戻りますね」

 そう指摘すると、朔は厳しい表情になる。

「岩永姫さま。今やあなたはこの現世に存在する山主神さまの唯一の縁者です。この豊稲国を含め、周辺諸国はあなたさまをそのように見ております。この瑞津穂の地の行く末に、大いに影響を及ぼせるだけの存在であることは、ご自身でも自覚なさっていただきたい」

「うむ……」

 岩永姫は表情を引き締め、緊張した面持ちで頷く。

「咲夜姫さまの一件もあります。今後、岩永姫さまを害そうとする不届き者が現れぬとも限りません」

「……」

 岩永姫は眉根を寄せ、目を閉じる。顔を俯かせて沈黙する岩永姫に、朔は言葉を続けた。

「無論、我々もこれまでの失態を踏まえ、岩永姫さまをお守りするために警護の在り方などを都度、見直ししております。しかし、警護の目には必ず綻びが生じます」

 そこで……、と朔の声が低くなった。

「岩永姫さまご自身の『自衛手段』として『眷属』を迎え入れることをご提案いたします」

「わたくしの……眷属じゃと?」

 岩永姫は目を見開き、弾かれたように顔を上げた。

 眷属とは神々の世話や身辺警護を担う従者のことである。

 たとえば岩永姫の父――山主神は山々に住まう獣たちの長を「眷属」として召し上げており、三年前に山の宮を飛び出した岩永姫を連れ戻そうと追ってきた白狼たちもその一種族である。

 神の眷属になるということは、その神と「縁」を持つことである。神の眷属となった存在(もの)は神々に匹敵する永い寿命や特別な能力を得られる代わりに、神々への絶対的な服従を誓う。

「咲夜姫の時も思ったのですが……山主神さまは岩永姫さまたち姉妹に眷属を持つようお話をされたことはないのですか?」

 朔が不思議そうに首を傾げる。

 眷属を従えることは、神々にとって一種の社会的地位(ステータス)である。眷属を従えることができて初めて、一人前と認められるようなものだ。

男神(ひこがみ)であれば、父神さまも早々に眷属を持つよう指示したであろうな」

 岩永姫は複雑な表情で笑う。

「ただ……父神さまがわたくしや咲夜姫に眷属を持つようおっしゃったことは一度もない。わたくしたち姉妹も、山の宮で過ごしている間は父神さまの眷属たちが世話を焼いてくれておったから、特に不自由もしていなかった。わたくしたち姉妹が豊稲国へ嫁入りする際も、何もおっしゃらなかった」

「……そうですか。山主神さまのこと……何か深いお考えがあってのこととは思いますが……」

 岩永姫の言葉に、朔は悩ましげに首を傾げた。

 岩永姫や咲夜姫は山主神という権威ある存在の庇護下にあった姉妹神である。後々、他神へ嫁がせる際に、その嫁ぎ先で娘神たちが各々の眷属を得るようにしたかったのかもしれない。

「どのみち、今のわたくしでは眷属を得ることは難しいじゃろう。眷属を得るには、強力な神気で相手を屈服させる必要があると聞く。今のわたくしは自分の身体を維持することで精いっぱいじゃ……以前のように神気を自在に操ることもままならぬ」

 岩永姫が諦観を滲ませた表情で頭を振った。己の不甲斐なさに、岩永姫は両手を強く握りしめる。

 どうしてこうも、ままならぬことばかりなのだろう……。

 神としての力が少しでも残っていれば、きっと周囲の皆を困らせることはなかっただろう。阿戸や雅、目の前にいる朔に無用な心配をさせないで済んだかもしれない。女として美しく生まれ変わっても、自らの身を守れないようでは話にならない。岩永姫は唇を引き結んで俯いた。

「神気を意のままに操る。その一点に関してのみであれば、私にもお手伝いができるかもしれません」

 考え込むようにしばし黙り込んでいた朔が、ぽつりとこぼした。岩永姫が弾かれたように顔を上げる。

「それは、どういう意味じゃ?」

「仮に眷属を得られずとも、神気を操る術を取り戻すだけでも岩永姫さまにとって有益でしょう。身を守る術は、多く持っていることに越したことはありません」

 朔はそう言って、己の胸に手を当てた。

「そこで、岩永姫さまにご提案いたします。私が日々行っている神気を高める『修行』を、試してみるというのはいかがでしょう」

 朔は息を呑んだ岩永姫を見据えたまま、静かな声音で告げたのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ