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岩永姫 ―見た目が醜いと結婚拒否されたので美容整形して見返してやることにしました―  作者: 紅咲 いつか
一ノ巻:豊稲国嫁入騒動編

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二十三片「土師と巫覡長の交渉」

 星読宮の祭事管轄処は宮中の西南に位置している。

 祭事に用いる術具は多岐に渡った。

 木材を加工して作る箱や農機具などに漆を塗り、艶出しをする者。

 鉱石を加工し、勾玉などの術具を制作している者。

 衣司よりもたらされた大量の布を裁断し、巫覡たちが身に纏う衣や飾り帯を縫い上げる者。

 さらには青銅などを加工し、武具を作る者もいる。

 その中でも、大規模な作業場を行き来する職人のほとんどが「土師(はじ)」であった。

 陵墓を守るのは、粘土を焼いて生み出された土器や埴輪たちである。

 土器は邪なるものを封じ込める器であり、埴輪たちは土器に封じ込めた邪なるものを祓う存在である。また、古代では被葬者の経歴を刻む経歴書の役割を埴輪という形で刻む場合もあった。

 古くは、死者の眠る陵墓を守る魔除けの役割は、自然界の石や岩が担っていた。まだ山主神が人間とともにこの世と山の宮とを行き来していた頃、山主神が人間たちに陵墓に安置された死者の部屋を土や岩などで塞ぐ埋葬方法を伝えたとされる。

 かつて古の神が根の国(黄泉)より生者の住まう世界へ戻って来た際、根の国との境にあった入り口を大きな岩で塞いだと言われている。その岩こそ、山主神が神としてこの世に誕生し、初めて定めた「境界」であった。

 その後、根の国と生者の住まう世界との境を明確に区切るため、人々は陵墓への入り口を巨大な岩や石を積み重ねることで塞いだ。そうすることで、死者が山主神の加護の下、無事に根の国へと旅立てるようにしたのである。また同時に、死者が生者の世界へ出向いて悪さをしないよう防ぐためだったとも言われている。

 やがて時代が下り、山主神が人間との交流を絶った頃、人間の葬送方法は独自の進化を遂げた。

 陵墓の入り口を土や石・大岩などで塞ぐ以外に、悪しき御霊が陵墓に忍び込んで悪さをしないよう土でできた偶像(にんぎょう)を置くようになった。

 それが埴輪の成り立ちである。

 土師たちは粘土をこねながら、休む間もなく埴輪や土器を成形していく。阿戸も作業の遅れている工程に助っ人へ入り、忙しく立ち働いていた。

「おーい、荷運びの者はそろそろ出発する刻限だ!」

 しばらくして、作業場に荷運びの招集がかかった。

 阿戸は区切りのいいところまで作業を進め、続きを他の土師に引き継ぐ。

 今回、船着き場に到着した荷は近隣の村で採れた粘土である。量も多いということであるから、複数の人間で往復して運ぶことになる。

 どうにか、周囲の目を盗んで抜け出せればいいが……。

 思案げに荷運びの土師たちが集まる輪に加わった阿戸の背後で、土師たちが俄かにざわつき出した。

「なぁ、あれ、星読宮の巫覡さまだよな?」

「ああ……なんで作業場に?」

「?」

 荷運びに出る土師たちも、作業場に現れた身なりのいい女性を見てひそひそと囁き合う。作業場を訪れた巫覡に、現場を指揮していた土師が仰天した様子で駆け寄っている。二人は短く会話を交わした後、同時に阿戸の方を振り返った。

「そこの土師、少しいいですか?」

「は? お……私、ですか?」

 阿戸は眉間にしわを寄せ、首を傾げる。女性の巫覡はしっかりと頷いた。周囲から向けられる好奇の目が、阿戸に集中した。

「こちらへ。星読宮にて詳細をお話します」

「……」

 阿戸は警戒したまま、巫覡の後ろを黙ってついていく。

 女性は阿戸を星読宮の中でも奥まった一室に案内した。そこには若い男が一人、水盆を乗せた台に向かって座っていた。

 年の頃なら、阿戸と同い年くらいだろうか。涼やかな目元が知性を漂わせる、中性的な顔立ちをした男だった。

「件の者をお連れしました」

 女性の巫覡が、水盆を眺める男性へ恭しく一礼する。

 男性は水盆から視線を上げると、真っ直ぐ阿戸を見据えた。

「ご苦労さま。では、しばし人払いを」

「承知いたしました」

 女性は男性の言葉に頷くと、阿戸を残して部屋を出ていった。

「まずは私から名乗りましょう」

 部屋を出ていく女性の背を見送っていた阿戸に、男性が声をかける。

「星読宮の巫覡長、朔と申します。あなたが『阿戸』ですね?」

 朔と名乗った男性がその目元を軽く細めた。

 阿戸はその場で両膝をつくと、手を床について平伏した。朔の言葉に首肯する。

「仰せの通りでございます。星読宮管轄、祭事管轄処の作業場にて働かせていただいております。流れの土師、阿戸にございます。星読宮の巫覡長、朔さまにお目通りでき、恐悦至極にございます」

 阿戸は朔に対し、丁寧な挨拶を口にした。朔は阿戸の挙動をじっと見つめている。阿戸の行動から何かを読み取ろうとするような目つきだった。

「どうか楽に。あなたには色々と聞きたいことがあります」

「……いかなることにございましょう?」

 阿戸は慎重に尋ねた。水盆に映った朔の口元に、笑みが宿る。


「先日、岩永姫さまに会いました」


 前置きなしに放たれた朔の言葉に、阿戸は全身を強張らせた。

 沈黙する阿戸に構わず、朔が言葉を続ける。

「彼女が身に着けていた髪飾りから、紛れもなく岩永姫さまの『神気』を感じました。彼女自身からも、微かですが神気を纏っている様子でした。ひどく驚きましたよ。同時に、岩永姫さまの見目をああも見事に作り替えた土師の腕前にひどく感服いたしました」

「……おっしゃる意味が、分かりかねます」

 阿戸はあえて空とぼけた。朔が浮かべた笑みが深まる。

「なるほど、あなたのその思慮深さも評価いたしましょう。ですがそろそろ、腹の内を見せ合ってお話させていただけませんか?」

 朔の顔からスッと笑みが消える。

「岩永姫さまにわざとあのような髪飾りを身につけさせ、こうして私を引きずり出したのです。いかなる交渉事を持ちかけるおつもりですか?」

 朔の言葉に、阿戸は上体を起こした。朔を真っ向から見据える。先程までの困惑した様子から一変、落ち着き払った策士の顔がそこにはあった。

「こちらの話をする前に、まずはあなたのお立場を確認させていただきたい」

 阿戸は鋭く言い放った。

「あなたは岩永姫がこの大宮殿に戻ってきて、彼女をどのように扱うおつもりですか?」

「……」

 阿戸の問いに、朔は目を細めて彼を見つめている。双方の間に、しばしの沈黙が流れた。朔が居住まいを正す。

「山主神さまの大事な娘神です。我らが豊稲国側の不手際により、岩永姫さまには不快な思いをさせてしまいました。様々な無礼を働いた罪は、豊稲国の巫覡たちを統括している私が一生涯かけて償うつもりです。そして、かの女神が求めることには我ら豊稲国の巫覡一同、全力で応えるつもりです」

 朔はそう断言した。その表情に、嘘はない。

「そのお言葉……信じます」

 阿戸も小さく息をつくと、僅かに警戒を緩めた。

「三年前、岩永姫は照守王に受け入れてもらうため、私のもとを訪ねてきました。美しい姿へと生まれ変わることを熱望されたので、私はその手助けをし、こうして豊稲国まで同行したのです」

 阿戸はこれまでの経緯を簡潔に朔に話して聞かせる。

 朔も黙って阿戸の話に耳を傾けていた。

「事情は把握いたしました。なるほど、星が消えて間もなく、新たに生まれた理由も得心がいきました」

 阿戸の話を聞き終えると、朔が静かに頷いた。

「あなたには感謝してもしきれません。よくぞ、岩永姫さまの願いを叶え、こうして守り抜いてくださいました。あなたの働きに、褒賞を与えねばなりません」

 朔は満足そうに微笑むと、目を伏せる阿戸に提案する。

「あなたが望むならば、あなたを宮中抱えの土師として歓迎します。この巫覡長、朔の名の下に許可しましょう。岩永姫さまの生まれ変わった姿を一目見て、あなたの技術が素晴らしいことは疑いようがありません。照守王さまにも掛け合い、それ相応の役職にもつけるよう手配しましょう」

「……」

 阿戸は沈黙している。ややあって、阿戸は閉ざしていた口を開いた。

「いえ、褒賞に関しては――」

「受け取りを拒否することは許しません」

 朔の言葉に、阿戸は弾かれたように顔を上げた。朔の冷めた目が阿戸を射抜く。

「これはあなたが抱く想いに対して、私が支払う対価でもあります」

「それは、どういう意味ですか?」

 朔の気迫に阿戸がたじろいだ。朔の双眸が鋭さを増す。


「我々からの褒賞と名誉を受け取ることで、岩永姫さまへの想いを絶っていただきます」


「っ!?」

 阿戸は咄嗟に拳を握りしめることで耐えた。朔は淡々とした口調で続ける。

「巫覡の目を侮られては困ります。人の感情の機微を捉えられずして、天理を読み解くことなどどうしてできましょうか」

 朔は小さく息をつく。

「それなりの時を共に過ごし、情が湧くのも理解できます。けれど、岩永姫さまはもともと照守王さまのもとに嫁いでこられた高貴なお方です。あなたとは立場が違います。今のあの方のお姿ならば、照守王さまは喜んで受け入れることでしょう」

「し、しかし……照守王は岩永姫を恨んでいると――」

「先日、大宮殿から使者が参りました。忌み籠りの期間を短縮させるように、と照守王さま本人からの要望です」

 朔がその細い指を顎にかけ、小さく笑みをこぼす。

「何でも、最近衣司に入った美しい娘を宮へ召し上げたいとのこと。その娘はたいそう高価そうな髪飾りを身に着けているという話です。王さまはその娘をひどくご所望されています」

「――っ!? そんな……」

「ご理解いただけましたか?」

 息を呑んだ阿戸に、朔は言葉を続けた。

「あなたの役目は終わったのです。もはや、岩永姫さまの心に、あなたの入り込む余地など微塵も残されてはいないのです」

 それは阿戸にとって、どんな鋭い剣に切りつけられるよりも痛烈な一言だった。

「とはいえ、我々としてもこのまま岩永姫を受け入れるには厳しい状況です。あなたもご存知の通り、宮中は今、安全とは言い難い状況ですからね」

 朔はそう言って立ち上がると、阿戸の傍に歩み寄る。そうして膝を折り、阿戸の肩にそっと手を置いた。

「あなたには、我々にもう少しご協力いただきたい。あなたが我々に協力してくださるのでしたら、その働きに応じて別途、褒賞をあなたに差し上げると約束しましょう。あなたとしても、想いを寄せている方が幸せになることは望ましいことでしょう?」

 朔が阿戸の耳元で囁いた。阿戸は拳を握りしめたまま、床を見下ろしている。

「あなたは、ただの土師にしておくには惜しい。いかがですか? 私の提案、受け入れていただけますか?」

 阿戸は顔を顰めた。握りしめた拳に爪が食い込み、血が滲む。やがて、阿戸は口を開いた。

「……何を、すればいいですか?」

 阿戸のかすれた声に、朔の口元に浮かんだ笑みが深まった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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