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十二片「星々の巡り」

 見渡す限り、満天の星。澄んだ空気の中に瞬く星空を仰ぎ見る。

 天の川が空を横切り、その周辺を幾多の星々がひしめき合う。昼間、太陽に隠された星々が大いに囁き出す夜の空。その空を見上げる一人の青年の姿があった。

 豊稲国にある星読宮(ほしよみのみや)が管理する天文塔。その高台に立ち、青年――朔はその秀麗な顔を険しく顰めた。

「おかしい……岩永姫の宿命星があった場所に、新たな星が生まれている」

 朔の眉間に深いしわが寄る。

 三年前、山主神の宮から豊稲国へ二柱の女神が嫁いできた頃のこと。この豊稲国の王――照守王の命運を司る星の傍に凶星が現れた。それ以来、豊稲国の宮中では立て続けに妃たちの不審死が続出している。

「岩永姫の呪いだ」

「祟りだ……醜い女神の復讐じゃ!」

 宮中の人々が恐怖に慄き、ひそひそと囁く声を何度耳にしたことだろう。

 しかし、今回の一連の事件……岩永姫にはとうてい無理な話だ。

 星を眺めながら、朔は内心で呟いた。

 凡人の目は欺けられど、巫覡の目は誤魔化せない。

 宮中に蔓延る人死(ひとじに)の原因が祟りでないことは、朔を含めた巫覡たちにとって周知の事実である。では、何故、巫覡たちは黙しているか。星読宮の巫覡長が箝口令を敷いたからである。

 それはひとえに、ここ三年間の間に目まぐるしく変わる「星」の動きが原因だった。

「岩永姫の星が空から消えて、一年……山主神からの干渉がないことも気になっていた」

 星空を見上げたまま、朔は苦い顔で呟いた。

 巫覡にとって、もっとも重要な使命は天理を()り、地の循環を滞りなく巡らせることである。空に瞬く「星」の運行を読み、未来(さき)に起こるであろう出来事に備えること。巫覡はその身に宿す力でもって、人々を導く重要な立場であった。

 農作物を育てる時期を知り、干ばつや飢饉を予測し備えることは国やその土地に住まう民たちにとって最も関心を寄せる情報である。

 巫覡は神々との契約を通し、自然界の気の流れを読み取る術を体得した。

 それゆえ、巫覡たちは農作物の出来の良し悪しから、天災の予知まで幅広い分野で政に介入する。古来より、巫覡は常に国の重要な立場に置かれ、時に王よりも強い発言権を有していた。

 朔は現在、豊稲国が置かれている状況を思い起こし、ため息をつく。

 あの時、照守王に先んじて岩永姫に接触していれば……。

 朔の後悔は尽きない。恩師である先代の星読宮の長がその生涯をかけて山主神の娘神との婚姻を取り付けたのである。それを、照守王は容姿が気に入らないといった理由で岩永姫との婚姻を勝手に破談してしまったのである。

 山主神は、もしかしたらこのような最悪の事態を想定していたのかもしれない。

 朔が痛みを訴える頭に手をやりながら、小さく呟く。

 照守王は山主神の娘神の片割れ、咲夜姫を文字通り溺愛した。すでに奥殿に控えている数多の妃を放り出し、夜ごと咲夜姫のもとへ通っていたほどである。幸い、それで子も設けたのだから、咲夜姫のもたらした恩恵は喜ばしいものである。

 しかし、咲夜姫には、己が身を守るだけの能力(ちから)は持ち合わせていなかった。

 もともとの力が弱かったのか。照守王と初夜を終えた後、朔は照守王に咲夜姫を紹介された。その時、咲夜姫を目の当たりにした朔は愕然とした。咲夜姫から、神気をまったく感じなかったからである。

 巫覡たちの目から見た咲夜姫は、それこそただの人間と変わりなかった。

 そこで巫覡たちは、ある結論に達した。

 山主神が、何故娘神を二柱、嫁入りすることを条件づけたのか。

 それは人と交わると「神」としての力を失うからではないか。

 だからこそ、岩永姫を共に遣わし、国土の守備を彼女に担わせようと配慮したのだろう。

 そこからは大変な騒ぎとなった。

 朔の部下たちが一斉に照守王を非難したからである。星読宮の巫覡たちからすれば、先代からずっと総力を挙げて取り組んできた山主神との交渉である。信頼の構築までかなりの時間を費やしたにも関わらず、それを照守王の「気に入らない」の一言でぶち壊しにされたのだ。巫覡たちの不満ももっともである。

 しかし、照守王としては面白くない。

 祝いの言葉どころか、真っ先に己を非難する巫覡たちを前に、照守王はひどく機嫌を損ねた。

 結果として、照守王はしばらく巫覡たちとの接触を絶った。

 要は(まつりごと)を放り出したのである。

 そのまま、照守王が咲夜姫に溺れていく様を、朔や他の巫覡たちはもちろん、王の臣下たちも黙って見ていることしかできなかった。

 それからしばらくして、宮中で最初の被害者が出たのである。

 岩永姫が都を飛び出してから、一か月以内のことであった。

 最初は狩牧国の妃の侍女。次は軍部の左衛所長官の娘。次いで、位の低い妃が五名、中位の妃が三名、それらの侍女を含めて十数名。ここ三年の間に、なかなかの数まで膨れ上がっていた。

 しかも、亡くなった女性たちは咲夜姫が嫁いで来るまで、照守王の通いが頻繁にあった女性たちだ。

 照守王の寵愛を賜った女性ばかりがその命を絶っていく。

 この事実に、星読宮の巫覡たちも最初は岩永姫の祟り説を信じたほどである。

 しかし一年前、空の星に変化があった。

 岩永姫の宿命星――「姫岩星」が消滅したのである。

 宿命星の消失は、すなわちその人物の「死」を告げていた。

 しかし、岩永姫の「死」後も、宮中での人死は収まらなかった。

 だからこそ、巫覡たちは確信を持ったと言える。

 今回の一連の事件、岩永姫の祟りにあらず。

 巫覡たちはとにかく宮中で起こっている人死の解決に奔走しているが、咲夜姫を失って失意の底にいる照守王の協力も得られず、捜査はなかなか思うように進んでいない。

 毎夜、朔も執務の合間にこうして空の運行から時勢を読み取ろうとしているが、無駄に時ばかりが過ぎゆくのみだった。

 そこへ、また空に変化があった。

 消滅した姫岩星のあった空間に、新たな星が生まれたのである。

「これは一体、どういうわけなのでしょう……」

 さすがの朔も、前代未聞の事態に驚きを隠せなかった。

 普通、死んだ星の場所に新たな星が生まれることはない。あったとしても、百年単位である。二、三年という短い時間で世代交代が起こるとは考えづらい。

 そして、姫岩星の後に生まれたその星が、小さな輝く星を連れてこの豊稲国に向かっているようであった。

「この変化……吉と出るか、凶と出るか……」

 朔の硬い声音が、夜空の下で不穏なものを漂わせていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2022

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