始まり。─瞳(ヒトミ)─
「おはようございます!!」
「おはよう。瞳ちゃん」
会社が、休みの日。
私は、決まって一人で山登りをする。
と言っても、家の近所にある山の上のお寺まで、参拝するだけなんだけど……。
今朝も寒いけど、動きやすい格好に着替えて、いつものヒールから運動靴に履き替える。
冬の早朝の新鮮な空気に、私の白い息。
山の麓の山門に辿り着くと、熱心なお寺の檀家さんご夫婦が、私より早く参拝を済ませて山から下りて来た。
すれ違う……。
「おはよう。瞳ちゃん」
「おはようございます!!」
良いな……。
いつも、すれ違うご夫婦は、とっても仲良さそうで……。
私にも、一緒になりたかった人が、いる……。
「忠人……」
高校2年生だった忠人が、いなくなって20年。
私は、今でも忠人が、生きてるんだって信じてる。
何処かで……。
あれから20年。
あの日から私は、このお寺への参拝を欠かしたことが、ない。
ずっと、探してる。
今でも、ひょっとして、あそこに行けば……。
忠人が、ひょっこり立って居るんじゃないかって。
山門を、くぐり……。
無造作に組まれた石段に足をかけ、一歩一歩。
歩いて登る。
昨日、降ってた雨のせいで時折、足もとが、赤土にとられる。
─ぐちゅり─
気にしない……。
毎回、雨上がりの朝は、そう……。
山の急斜面を一人、黙々と歩いて登る。
途中で、下山して来た参拝者の誰かと、すれ違う。
「忠人。じゃないよね……」
軽く会釈して黙々と登る。
分かっていても、想ってしまう。
忠人、じゃないよねって……。
足を止め、参道の途中に、ひっそりと安置されている『虚空蔵菩薩様』に手を合わせ、お祈りをする。
「忠人が、戻って来ますように……」
いつものこと。
いつもどおり……。
変わらない山の新鮮な空気と、小鳥たちのさえずり。
変わらない数百年の時を超える風景。
「私も、あの時……忠人と一緒にいた日々に戻りたい」
山頂のお寺に辿り着く。
古くから人々の信仰を寄せる『国指定文化財』。
中央奥の大きな『本殿』から、広がるように幾つもの『院』を形成して成り立つ仏閣群。
参道を登り切ると、目の前に広がるいつもの光景の中に、いつものお坊さんが、いる。
冬なのに、簡易的な灰色の薄い僧服を着て、竹箒をせっせと動かし、掃き掃除に勤しんでいる。
「おはようございます……」
軽く会釈して、通り過ぎようとする私……。
「おはようございます」
耳もとに届いた声が、もう頭の後ろ側へと過ぎ去る。
足早に『本殿』に、お参りした後、私が立ち寄るのは……。
あの場所……。
『奥の院』と、称された建造物の奥。
格子状の木枠が、正面に施されていて、中には入れないようになっている。
その中に、あるもの……。
黒光りする得体の知れない何か……。
あの時……。
忠人が、気になるからって何度もスマホでシャッター押して、撮ろうとして……。
凄い霊気が、立ち込めて……。
何度もスマホが、冷たくなって動かなくなって……。
夜だったけど、真っ白い煙みたいな靄が、私と忠人の回りに立ち込めて……。
黒い何かに吸い込まれそうになった。
「助けて!!」
そう……。
言ったと、想う。確か……。私。
気がつくと、私は、この場所に倒れ込んでいて……。
居なくなってしまったんだ……。
忠人が……。