追放復讐Any%RTA 01:30(あるいは、一不可説不可説転年)
「此度のクエストに失敗してしまったのは、どうしようもなく無能な貴様のせいだ! 出てけ! 今すぐ我がパーティーから出てけ、この無能疫病神がっ!」
確かに俺は決して有能とは言えないが、今回のクエストが失敗に終わったのは、どう考えても俺のせいではない。俺以外のパーティーメンバー――特に、今俺を罵倒しているパーティーリーダーのこいつのせいである。
責任転嫁に腹が立ったが、言い返すことはできなかった。これ以上、この男の怒りを買い、噴火させてしまったら、どうなるか目に見えているからだ。殺されかねない。
「わかった。すぐに出て行く――ぐわっ!?」
腹を蹴られた俺は、無様に地面を転がった。苦しさのあまり嘔吐した俺を、リーダーを含めた皆がせせら笑う。見下し、さらなる罵倒。そして、集団暴行。殴る蹴る。俺はうずくまって、暴力の雨を耐え忍ぶ。痛い、惨めだ。
力がないから――弱者だから、こんな目に遭うのだ。そうだ、力さえあれば……力さえあれば、こんな奴ら……!
『力が欲しいか?』
声が、聞こえた。
それは、俺の脳内に直接響き渡った。男か女かさえわからない、神秘的な声。苦しさのあまり幻聴が聞こえ始めたか、などと思ったが――違った。
『もう一度、聞こう。力が欲しいか?』
「欲しい! すべてを蹂躙することができる圧倒的な力が欲しい!」
『よろしい。ならば――』
「力をくれるのか……?」
『力は誰かから与えられるものではない。自ら手に入れるものだ』
その瞬間――カチッ、と。
世界が凍結された。静寂。静謐。時が止まった世界。
パーティーメンバーの握られた拳は振り上げた状態で動かない。俺の頭を踏み潰そうとしている足も宙で止まっている。
『お前には才能がない』
名も知らない誰かが、俺に語りかける。
『だから、お前が力を手に入れるためには、他の者より遥かに多くの努力を、研鑽を積む必要がある。お前にその覚悟はあるか?』
「やってやるよ! 努力して力を手に入れてやる!」
『よろしい。それでは行こうではないか――「隔絶世界」へと』
真下にどす黒い穴が空いて、その中に俺は飲み込まれた。
こうして、俺の一不可説不可説転年にわたる修行が幕を開けたのだった――。
◇
隔絶世界。
それは、文字通り、一般世界からは隔絶された別次元の世界のこと。
俺はその世界で一人黙々と修行をした。この世界でどれだけの時間が経過したのかをあらわすタイム・カウンターが、俺の視界の片隅で時の流れを記録し続ける。この世界では食事も睡眠も必要ない。修行のみに専念することができる。
鍛えれば鍛えるほど、能力の向上は緩やかになっていく。最初は一時間の修行でステータスが『1』向上していたのが、やがて一年で『1』しか上がらなくなるのだ。
もうそろそろあいつらを倒せるんじゃないか……? いや、まだだ……もっとだ……。もっと、圧倒的な力を。奴らを秒殺できるほどの力を――。
そのうち、どうしてこんなにトレーニングしているのかわからなくなった。思考することが無駄のように思えた。思考を放棄し、ただひたすらに自らの肉体を鍛え続けた。俺は意思を持たない肉の塊となった。
気がつくと、一不可説不可説転年が経過していた。否、何も気がつかずに修行を続ける俺に、何者かが見るに見かねて教えてくれたのだ。
『お前が修行を始めてから一不可説不可説転年が経過した。もうさすがにいいだろう。元の世界に戻してやる。今のお前なら、パーティーの奴らを秒殺することだってできるだろう』
「なあ、一ついいか?」
『なんだ?』
「不可説不可説転年って一体どれくらいなんだ?」
『不可説不可説転とは、およそ一〇の三七澗乗だ』
「三七澗乗?」
『……つまり、ものすごい年数の修行をしたのだ、お前は』
そう言われても、実感がわかない。
隔絶世界に来た当初よりはるかに成長していることは自分でもわかるが、どの程度の度合いなのかがわからない。比べるものが何もないからだ。
もう少し。あと、もう少しだけ修行をしよう――。
『もういい! もう十分だから、さっさと戻れ!』
足元にどす黒い穴が空いて、俺は元の世界へと戻された。
そして、俺の復讐が幕を開ける――。
◇
凍結された世界が動き出した。
放たれた拳を片手でやすやすと受け止め、蹴りも最小限の動作だけで回避する。すべてを見切っていた。
「は、ははは……!」
「な、何を笑ってやがるッ!」
「遅い! 遅すぎるぞ!」
魔法などいらぬ、技などいらぬ。
ただただ圧倒的な暴力のみで、こいつらを蹂躙してやる。
一不可説不可説転年の修行は、俺をその本質から変えた。今の俺は俺であって俺ではない。奴らはそのことを知らない。知らないまま――死ぬのだ。
「ふっ!」
俺の拳は光の如き速度で、一人の腹を貫いた。否、圧倒的速度と威力によって、塵すら残らず消失した。
「なっ……何が起きたんだっ!?」
「なぁに、ただ突きを放っただけだ」
「ふ、ふざけるな! 突き如きでこんなことが――」
「ふんっ!」
もう一度、突きを放った。
今度は先ほどよりも威力を落とした。その結果、名前すら忘れてしまった元仲間は、腹に大きな丸い穴を空けて地面に倒れた。
「あ、あり得ない……」
「現実逃避するな。これが――現実だ」
「ふざけるな! こんなことがあってたまるものか――」
今度は蹴りを放つ。男の頭が一瞬にして消し飛んだ。首無し胴体がゆらゆらと揺れた後、遅れて倒れる。
噴き出した血を浴びて、パーティーリーダーが戦慄に震える。
「ゆ、許してくれ! 俺が悪かった! クエストが失敗したのはお前じゃなくて俺のせいだ。謝るからどうか――」
「もう遅い」
その言葉が口からまろびでた。無意識的に。
「今更、謝っても――もう遅い」
まるで、決め台詞のように――それはまろびでた。
「お願いだ! 何でもするから許してくれ!」
「なんでもするというのなら――死ね」
スパン、と。
パーティーリーダーの首を刎ねた。
彼は自分が殺されたことを、何秒か遅れてから理解した。悲鳴を上げようとする。しかし、死んでいるのだから声は出ない。
死。死。死。圧倒的な死。
こうして、俺の復讐は幕を閉じた――。
追放から復讐を終えるまでのタイムは一分三〇秒。残念ながら、一分を切ることは叶わなかった。いや、隔絶世界での修行を含めれば、かかった時間は一不可説不可説転年か……。
圧倒的な時が、俺を強者に変化させた。昔の俺とは違う。怖いものなど、この世に何もない。この世のすべてが輝いて見える。
「くくくく……」
圧倒的な強者となった俺は、この世界を無双蹂躙するための第一歩を踏み出したのだった。