無実の弁解
「本当はね、小説家さんが無実だって証拠は、初めからたくさんあったの……」
展示ホールの入口前では、僕が無実なのかどうかというみんなの疑問に、トゥルースが答えを次々と並べていた。
「あなたたちは小説家さんを犯人だと思ってる。きっと荘園から出たのが彼ひとりだから、彼だけが絵を持ち出せたと考えているんでしょう」
彼女はノートを開いた。そこには、昨晩僕の話を聞いた後に、リーズニングが彼女のためにまとめてくれた矛盾点が書き記されていた。
「だけど警察の捜査では、彼の家から絵は見つかっていないの。あなたたちはどうしてその絵が持ち出されたと言い切れるの? 絵がまだ荘園のどこかに隠されている可能性はないと思ってるの?」
オークショニアがトゥルースに食ってかかる。
「家になかったから何だと言うんだ? こいつが上手く隠してるに決まってる! 家の外に絵を隠せる場所なんていくらでもあるだろう。多くの警官が動員されたからって、ひと晩で絵を探し出せるわけがない、そうだろ?」
だが、トゥルースも負けてはいない。
「あなたの言う通り、多くの警官が荘園の外で絵を探してる。だけどあの時、小説家さんには時間がなかったの。短い時間で荘園から家に戻るルートは限られているのよ。それに、戻ってからはずっと部屋にいたって大家のおばさんが証言してる。もし、多くの警官を動員してあの程度の範囲を調べきれないっていうなら、どうして2、3人の警官しかいないこの荘園をひと晩くまなく捜索できると思うの? 伯爵の荘園だって小さくはないよね?」
オークショニアは説得力のある反論を思いつくことができず、言葉に詰まった。だが今度は、近くにいたメイドのルースが異を唱えた。
「ミューズの絵を荘園の外へ運んだかは別として、あの部屋から絵が持ち出されたことは確かですよね。あんな角張った物、トランクに入れる以外にどうやって隠すんです?」
「その通りだ」 劇作家が頷く。
トゥルースの視線が3人の間を行き来する。彼女は好奇心いっぱいといった風に眉を上げ、目をキラキラと輝やかせた。きっと僕が書いた恋愛相関図を思い出しているのだ。
「彼のトランクは原稿でいっぱいだったの。これについては証人がたくさんいるの。ね、メイドさん?」
トゥルースはニコニコしながらふたりのメイドを見た。
複雑な話が多く、デイジーの方は頭はこんがらがっている様子だった。彼女はただ、ぼんやりと頷いた。しかし、ルースは納得できないようだ。
「だから何なんですか?」
トゥルースは僕を手招きした。
「トランクケースを見せてほしいの」
僕はおとなしくトランクを彼女に手渡した。トゥルースはパンパンになったケースをカチャッと開ける。すると何枚かの原稿がこぼれ落ちた。彼女は風で飛ばされないよう、落ちた原稿をすぐに拾い集めていく。
「荘園の中か外……どちらに隠すとしても、トランクで絵を運ぶなら、絵を入れるスペースを作る必要があると思うの。どれくらい必要かやってみる? 額縁はどのくらい分厚いの?」
一同は押し黙った。
トゥルースはみんなの反応を見て笑った。
「うーん、それなりにしっかりした作りの額縁だから、結構スペースが必要よね? でもトランクにはこんなにたくさん紙が入ってるのよ、こーんなに。この中身をどこかに避難させるとしたら、展示ホールの室内か、その近くに捨てる、あるいは服の中にでも隠さなきゃいけないの。でもね、彼が原稿を捨てているはずがないの。だったら服の中は? ──みんな見て。小説家さんは昨日からずっとピチピチのスーツを着てて、着替える暇すらなかったの。それに上着はまだクロークに掛かったままよ。どうやったら隠せるっていうのかなぁ?」
みんなの視線が僕に集中した。イヤな視線だ。みんなは、今の説明を受けてもなお、僕を有罪にしたいようだった。
僕は今朝出発する時、リーズニングが自分に服を着替えるなと言ったことを思い出し、ハッとした。
(まさかこのスーツも証拠ってことか? 探偵さんは、そんなことまで気づいてたのか?)
劇作家はトゥルースの話に首を傾げた。
「あなたはどうして彼が“絶対に原稿を捨てていない”と言い切れるのですか?」
彼女は得意げに胸を張った。
「警察は展示ホールを重点的に調べたの。もし小説家さんの原稿が見つかっていれば、もう証拠として押さえているはずなの。でも、いまだに1枚も見つかっていないでしょ?」
「暖炉で燃やした可能性は?」
劇作家の声に勢いがなくなってきた。
「そんなことしたらすぐバレちゃうの。あんなに短い時間で、万が一焼け残っていたら、それこそ自分の首を絞めるようなものじゃない? それに、どうしてリーズニングが最初に暖炉を確認したと思う?」
リーズニングの名前を出し、トゥルースは鼻高々で投げかけたばかりの疑問を自分で答え始めた。
「ひとつは当然、密室が成立するかどうかを確認するため。それからもうひとつは、何かを燃やした痕跡がないかを調べるためだったの。もし問題があれば、あの時に言っていたはずよ。それから最後に、小説家さんが伯爵に見せようと思ってた本の原稿は、1枚も欠けずにここにあるからなの」
「1枚も欠けずに? どうしてそんなことまでご存じなんですか?」
劇作家は、これについては物申したいといった風に続けた。
「文芸創作には、ボツ原稿がつきものです。家に帰った後に適当な原稿を拾って、トランクを満たすことだって難しくはありませんよ」
「それについては心配には及ばないの。だって昨日小説家さんが寝た後に、あたしたちはこっそりトランクの中身を調べたから」
そう言って、トゥルースは僕にウインクをしてみせた。
「トランクの中の原稿はすべて繋がっていたの。小説家さんの言った通りの枚数で、1枚も欠けていなかったわ」
僕が無実だと納得したからか、あるいは他に責められるポイントが見つからないからか、しばしの間、一同は静まり返った。
僕はというと、愕然としていた。昨日リーズニングが2時間寝かせてくれたのは、こっそり原稿を読むためだったのか? とはいえ、ふたりの探偵を責める気にはなれなかった。自分は容疑者として疑われている人間だ。怪しい点をつぶしておくのは、探偵として真っ先にやるべきことなのだろう。むしろ、彼らが夜通し調査をしていたのだと知り、僕は感動すらしていた。
今回は、運命に見捨てられなかったようだ。
その時、トゥルースの背後から拍手の音がした。
「本当に素晴らしい推理だった」
声とともに展示ホールの扉が開き、D.M伯爵が先に出てきた。彼は柔らかい微笑みを見せながら、トゥルースを褒めたたえる。だが、視線は終始リーズニングに向けられていた。
「このお嬢さんの才能はいつの日か、青は藍より出でて藍より青し、ということになるかもしれないね?」
トゥルースは恥ずかしそうに頬を押さえると、ニコニコしながら伯爵にお礼を言った。それから、同じく展示ホールから出てきたリーズニングに尋ねた。
「調査は終わったの? どうだった?」
リーズニングは、何も答えなかった。
展示ホールは途中から扉が閉ざされてしまったため、探偵と伯爵が中で何を見つけたのか、外にいた僕らは知らない。その場にいた人々は、思い思いに想像力を働かせている様子だった。
リーズニングの鋭い視線が、扉の前にいる容疑者のひとりひとりの表情を読み取っていく。ひと目で真贋を見抜くようなその目つきは、誰にとっても心地よいものではない。それについては、僕も例外ではなかった。
容疑者の顔をひと通り確認すると、リーズニングはふたりの警官に耳打ちをした。次の瞬間、警官たちは有無を言わさず僕を取り押さえた。
トゥルースが無罪を主張してくれて、ほっとひと息ついたばかりだ。僕はしばし呆気にとられた後、ようやく少し抵抗した。
「探偵さん!? これはどういうことですか?」
リーズニングは何も答えない。ただ警官たちが僕の身体を調べるのを眺めている。
ほどなくして、警官のひとりが僕のポケットから水晶の装飾品を見つけ、リーズニングに渡した。
「ありました」
「これは……伯爵が持っているバカラの燭台の葉の部分じゃないか?」
劇作家が、ひと目見ただけで言い当てる。
D.M伯爵は付け加えた。
「展示ホールの燭台は左右対称でね。葉が1枚減っただけでも、すぐにわかったよ」
伯爵の言葉に、その場は騒然とした──。
小説家が室内の物を盗んだということか? 無罪を主張していたくせに、蓋を開けてみれば、やはり犯人はあいつだったのか!
「え?」
一瞬にして話の筋が通らなくなり、トゥルースもまた呆然としていた。
「一体どういうことなの?」
「そんな物、いつから入っていたのか、本当にまったく知りません」
探偵は水晶の葉っぱを一瞥すると、予想通りだという表情を浮かべながら、必死で弁明する僕のもとへ歩み寄った。
「これであの日の夜、どうして他人がお前にあんなに親しげだったかわかっただろう?」
「あっ、そういうことなの」
リーズニングは曖昧な言い回しをしたが、トゥルースはピンときたらしい──彼はオークショニアのことを言っているのだ。
オークショニアは事件当日、庭園のパーティーで僕と肩を組み、やたら親しげに話しかけてきた。しかし、事件の発生後は、態度が180度変わった。もし水晶片を仕込むために僕に近づいたのだとしたら、すべてのつじつまが合うし、僕の証言とも一致する。
「でも、こんな濡れ衣の着せ方は露骨すぎるわね」
トゥルースは少し嫌そうに言った。
「小説家が犯人だ」と叫ぶ間もなく、一同はふたりの探偵の会話を聞いて再びあ然とした。
何? 濡れ衣だと?
リーズニングは、近くにいたオークショニアを見た。
「小説家の証言では、事件発生当日に近距離での身体的接触をしたのはお前だけだ。この水晶片は、お前が仕込んだものだろう」
「馬鹿を言え! お前は俺が展示ホールへ入るのを見たのか? わかったぞ。お前たちはこの泥棒に金で雇われてここへ来たんだろう! 水晶は小説家のポケットから出てきたんだ。なのに、そいつを疑いもせず俺が濡れ衣を着せたっていうのか? もしそう思うなら証拠を出してみろ!」
オークショニアの怒鳴り声は、どんどん大きくなっていった。
「警察がいまだに発見できないほど巧妙に絵画を隠せた犯人が、自分が不利になる品をポケットに入れたまま、警察がいる現場に堂々と戻ってきちゃうなんて……小説家さんが犯人だとしたら、よっぽど馬鹿なのかしら?」
トゥルースは口に手を当て、低く笑った。
それに対し、オークショニアは「ふんっ」と鼻を鳴らす。
「確かにそれはおかしい。だが、もしこいつが嫌疑を逃れるために逆張りをして、あえてつじつまの合わないことをしていたらどうだ?」
リーズニングは、これ以上無意味な言い争いをする気はないのか、全員に言った。
「俺が来る前に、警察がお前たちの事件当日の足取りを記録した。俺も目を通したが、今からもう一度当日の行動について調査する」
独断に慣れているのか、あるいは物事をスピーディーに進行することに慣れているのか、リーズニングは誰の返事も待たず、さっそく始めた。
「劇作家のジョナサン、執事のロジャース、オークショニアのリチャード、メイドのデイジー、ルースの順番で俺のところへ来てくれ。呼ばれてない奴は、好きにしていて大丈夫だ」
それを聞くと、一同は思い思いの場所へ散っていった。
リーズニングと一緒に2階へ上った劇作家は、初めはリーズニングの発言のおかしな点を気にしていた。
「僕たちの行動を調査する」? 「僕たちの話を聞く」じゃないのか?
しかし、ほどなくして彼の言葉の意味が分かった──。
リーズニングは荘園に入る前に、全員の証言を一字一句暗記していたのだ。そして今、彼は現場を再現し、みんなの言葉に嘘がないか確認しようとしていたのだった。




