8話 逃亡
どさりと倒れる副隊長さん。
一応手加減はしたけれど、息をしているか確認しておく。
趣味の悪い人だけど、殺すのは可哀想だもんね。
「え、何が起こったの……?」
「今のうちにここを出ましょう。」
そうして副隊長さんの安否を確認してから、何が起こったか分からなくて混乱しているハナコちゃんにできる限り優しく話しかける。
また話しかけるなって怒られてしまうかもしれないけれど、ここから逃げないとハナコちゃんが辛い目に合ってしまう。
それだけはどうしても避けたかった。
「……言われなくても、そうするわよ。」
案の定、ぎろりと睨まれた。ああ、また怒らせちゃった。
ハナコちゃんはわたしを押しのけると牢屋を出て、廊下を階段の方向へ歩き始める。
誰もいない空間に、わたしとハナコちゃんのぺたぺたという足音だけが響く。
そういえば、第三部隊の宿舎にはこんな地下の空間なかったけど、ついでに言うなら牢屋も拷問部屋もなかったけど、どうして第一部隊にはあるんだろう。
それとも気づかなかっただけで、第三部隊の宿舎にもあったのかな。
そんなことを考えていれば、上の階へ行く階段に到着する。
階段の先を見れば、扉がうっすらと開いているのが見えた。よかった、鍵はしてないみたい。
確か、扉の向こうに見張り番がいたはず。
扉を開けると同時に気絶させれば、騒がれずにすむかな。
「なんで、私がこんな目に……。」
ぶつぶつ言いながら扉を開けるハナコちゃん。と、同時にわたしは扉の外へ踏み込んで、見張り番二人を気絶させる。
よし。騒がれずに済んだ。
「な、なんで、気絶してんの、こいつら……。」
ついでにハナコちゃんもわたしの動きには気づかなかったみたいで、倒れた二人を見て、ぎょっとして表情を浮かべている。
さてと、牢屋からは出られたけど、これからどうしよう。
第一部隊の隊長さんや副隊長さんの話を聞く限り、わたしもハナコちゃんも助けてはもらえなさそうだし、一度この城を出た方が良いかもしれない。
すると、ハナコちゃんはどうやらどこか行く当てがあるみたいで、考え込んでいたわたしを置いて、すたすたと進んでいく。どこに行くんだろう?
そんなハナコちゃんの跡を黙って(気安く話しかけないでって言われたからね)ついていこうとすると、何故かぎろりと睨まれた。
「何でついてくんのよ?!」
「……一人で行動は危ないと、思いまして……。」
だってさっきまで牢屋で拘束されてたわけだし。また誰かに見つかって拘束されたら大変だ。
化け物であるわたしは何ともないけど、ハナコちゃんは人間の女の子だ。騎士たちに囲まれたらひとたまりもない。
けれど、わたしの返答が不満だったようで、ハナコちゃんはその場に立ち止まるとわたしに向かって怒鳴り始めた。
「余計なお世話よ!どうせ今回のことだって何かの間違いに決まってるわ!」
「あの、あまり大きな声を出すと……。」
「うるさい!話しかけないで!!」
「でも……。」
「何をしている。」
ああ、見つかっちゃった。
後ろから話しかけられて振り返ると、そこには第一部隊の隊長と、見知らぬ男の人がいた。
金髪に金色の瞳。恰幅の良い体に、豪勢な服。そして頭の上に置かれた王冠に、さすがのわたしも目の前のこの人が王様なのだと気づく。
そういえば、こんな感じの人だったね。
その王様の後ろには騎士隊の服ではない服に身を包み、剣を腰から下げている人たちが十人ほど、こちらをじろりと睨んでいた。王様の近衛兵かな。
「陛下!良かった……!」
王様の姿に、ハナコちゃんは安心した様子で王様に近づいていき、その腕に手を絡ませようとする。
けれど。
「近寄るな。」
王様は、そんなハナコちゃんの手を、ぱしんと振り払った。
その衝撃でどさりと尻餅をついたハナコちゃんだったけれど、王様に拒否されたことがショックだったみたいで、尻餅をついたことなんて気にも止めず、信じられない、という表情で呆然と王様を見ている。
「さっさと牢屋に連れ戻せ。」
そんなハナコちゃんを、王様は金色の目で冷たく見下ろし、近衛兵たちに命令をくだした。
そして、もう興味はない、と言わんばかりに、くるりと踵を返し、すたすたと歩き始める。
その隣に立っていた第一部隊の隊長さんは、こちらをちらりと見たけど、特に表情を変えることもなく、すぐに王様の跡を追う。
そしてその代わりに、王様の後ろにいた(多分)近衛兵たちが、じりじりとわたしたちに近づいてきた。
その目的は聞かなくても分かる。わたしたちの捕獲だ。
「な、んで……、なんでよ……。」
呆然と呟くハナコちゃん。
このまま捕まるわけにはいかない、とわたしはまたもや足に力を入れる。
ごめんなさい。人間を傷つけるのはできれば避けたいんだけど、でもここでまたあそこに戻されるのは困るんだ。
心の中で謝りながら、わたしはまた、一瞬にして彼らのお腹に拳を叩き込んだ。
本当、申し訳ない。
どさどさと倒れていく護衛兵たち。
一応、さっきと同じように、生存確認をしておく。うん、大丈夫だね。あんまり後遺症とか残らないと良いな。
「え……?!」
このままハナコちゃんを連れて逃げようかと思ったんだけど、ハナコちゃんの驚いた声に王様がこちらを振り返ってしまう。
流石に気づかれずには無理だったかぁ。
王様の目はハナコちゃんを見て、床に倒れた近衛兵を見て、そして最後にわたしを見て、目線を止めた。
と思えばものすごい恐ろしい顔でわたしを睨んでくる。
「貴様……獣人族か。」
いえ、違います、もっと化け物な存在です。
なんて言うつもりはないので、黙ったまま、ハナコちゃんの方を向き、手を差し出す。
「今のうちにここから逃げましょ、」
「来ないで!!!」
けれどわたしの手は、ぱしん、と叩かれてしまった。
「う、馬番のくせに、わ、私より下のくせに馴れ馴れしいのよ!!!」
顔を真っ赤にして、怒鳴るハナコちゃんに、どうしよう、と内心慌てる。
ハナコちゃんのこと、すごい怒らせちゃったみたい。困ったなぁ。これから一緒に逃げようと思ってるのに。わたしの何が駄目だったんだろう。
「……愚かな娘だ。」
その時、ぼそりと隊長さんの呟いた声が耳に届いた。
反射的に彼の顔を見れば、何だか少し悲しそうな辛そうな、複雑な表情を浮かべている。
何だろう。さっきもわたしに、部下が迷惑をかけたなって謝ってたけど、どういうことなんだろう。
「反逆者だ!捕らえろ!」
そんなことをしている間に、王様の声にどやどやと今度は騎士たちが駆けつけてきた。
そうだよね、ここ、第一部隊の宿舎だもんね。そりゃ、騎士は
いっぱいいるよね。
困ったなぁ、どうしよう。
ここで戦ったとして、全員気絶させたとしてもハナコちゃんはわたしとは逃げてくれない気がする。
そもそもあの様子だと、逃げることすら拒否するかもしれない。
……この際ちょっと乱暴だけど、ハナコちゃんを気絶させて安全なところまで運ぼうかな。
うん、よし、そうしよう。
と、わたしがひとつの決断をしたところで、ハナコちゃんの叫び声が廊下に響き渡った。
「なんでよ?!?!」
苦しそうな、泣きそうな声に思わずハナコちゃんを見ると、くしゃりと顔を歪ませている。
「なんで私がこんな目に合わなきゃいけないのよ?!私は聖女なんでしょ?!」
「お前がいつまでたっても召喚を成功させないからだ。」
「だから、召喚には時間がかかるって……!大体こんなことしたところで何になるのよ?!私は絶対召喚なんかしないからね!!」
ふざけないでよ!と大声で喚き続けるハナコちゃんに、王様は、はあ、と小さく息をついた。
かと思えば、今までよりもずっと冷たい目で、ハナコちゃんを見下ろす。
「あれを召喚するには、負の感情が多い方が良いらしいからな。」
「……は?」
「一度信じた相手に裏切られたら、かなりの負の感情が生まれるだろう。」
「…………え…………。」
まるで初めから裏切る前提だったかのような口調に、さすがのハナコちゃんも言葉を失う。
もしかして、聖女っていうのも嘘なのかな。
「さっさと拘束して牢屋に連れていけ。それと副隊長はどうした?騎士隊の中で拷問がもっとも得意なのは奴だろう。」
「私と入れ違いに牢屋へ向かっていたので、恐らく先程の近衛兵と同じように彼女に気絶させられたのかと。」
「……使えん奴だ。まあいい、さっさと捕らえろ。」
じりじりとさっきより多い数の騎士たちが、わたしとハナコちゃんを取り囲む。
困ったな。一度で気絶させるには多い。他の騎士を気絶させている間にハナコちゃんが捕まったら大変だ。折角ここまで逃げてきたのに何の意味もなくなる。
……よし、走ろう。さっき考えていたとおりに、ハナコちゃんを一度気絶させて、そのまま逃げよう。
騎士の数は三十と少し。ざっと見たところ飛び道具は持っていないみたいだし、全力で走れば逃げきれるはず。
よし。
そう思って足に力をいれた瞬間。
どかん、という凄まじい破壊音と共に、目の前を壁が通りすぎた。
「……え?」
通りすぎた壁はわたしを襲おうとしていた騎士たちに見事に命中。
その勢いのまま反対側の壁に当たり、騎士たちもろとも瓦礫の山となった。
なんで、と壁が飛んできた方を見れば、廊下の壁に大きな穴が空いていて、飛んできた壁が廊下の壁だったことを知る。
「な、なにが……?!」
「だ、だれだ?!」
王様もハナコちゃんも運良く免れた騎士たちもそれぞれが驚きざわめく中、穴の空いた壁から、ゆらりと二つの影が現れた。
短く乱雑に切られた灰色の髪に金色の瞳。
肩まで伸ばされた明るい茶色の長髪に、銀色の瞳。
それは。
「……ロディ様、イヴ様。」
一週間ぶりに見る二人の姿だった。