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5話 出発



“生きたいか?”


声が聞こえた。

手の感覚も足の感覚もない、真っ暗闇の中で、どこからともなく声が聞こえた。


“まだ生きたいか?”


男かも女かも分からない、何と表現していいか分からない声。


“生きることを望むか?”


声は、淡々とわたしに問いかけてくる。


“死ぬことが恐いか?”


何も見えない、何も聞こえない、何も感じない暗闇。

そんな暗闇の中で、言い様のない不安と恐怖に押し潰されそうになりながら、囁くように尋ねてくるその声に、わたしは気づいたら必死に叫んでいた。


“生きたい”

“まだ生きたい”

“死にたくない”

“死ぬのが恐い”


すると目の前が突然明るくなる。

そして誰のか分からない手が差し出された。

生きたいのならこの手を掴めと言わんばかりのそれに、わたしは、ただ生きたいという思いから、手を伸ばした。


その先に何があるかも知らずに。



***



夢を見た。

吸血鬼になるきっかけとなった夢。

遠い遠い、過去の記憶。


「ふわぁ」


欠伸をひとつして、うーん、と伸びをする。ああ、そうだ、何だが柔らかいところに寝てるなと思ったら、そういえば、昨日は豪華な部屋で寝たんだった。

窓に目を向けると、日が薄っすらと昇り始めていて、今日もいい天気になりそう、とのんびり思う。


「さて、と……。」


ベッドを降りて、机の上に置いてある水差し(っていう名前だとショウ様が教えてくれた)からコップに水を注いでひとくち飲む。

昨日までなら馬小屋の掃除をして、馬に餌を持っていくんだけど、この部屋から出ないでほしいって言われているから、それはできない。

まだ早朝だからもう一度寝ても良いけど、正直、全く眠くない。そもそもあまり睡眠を必要としない体だし。


仕方なく、椅子に腰かけて、ぼんやりと外を眺める。

窓からは昨日この建物に入る際に遠った裏口が見える。また、目線を上げればこの半年間暮らしていた馬小屋やハナコちゃんが暮らしている王城もはっきりと見えた。

ハナコちゃんはどうしているかな。一週間前、様子を見に行った時には、大きな部屋できらきらした服を着て、楽しそうにしていたけれど。

そもそも、聖女って何なんだろう。

わたしとハナコちゃんがこの世界に召喚された時、まわりのひとはハナコちゃんのことを聖女様って呼んでいたけれど、聖女が何なのか、わたしは知らない。

みんなの反応を見る限り、多分、とてもすごいことなんだと思う。ハナコちゃんはすごいなぁ。


しかし、それにしても、昨日は色々と大変だった。

この国に間違えて召喚されて、馬番となって半年。いつもどおり仕事に励んでいたら、何故か初対面の人にここまで連れてこられて、運命の相手、番なのだと伝えられて。


「……。」


昨日、二人が王様に呼ばれたからと部屋を出てから、わたしはずっと考えていた。

夕ご飯を食べながら(わたしには勿体ないぐらいの豪勢な食事だった)、お風呂(部屋の隣に浴室があって驚いた)に入りながら、ベッド(上質すぎて落ち着かなかった)に横になりながら、ずっと考えていた。


「よし。」


あらためて気合いを入れる。

わたしは今日、番になることはできない、と二人に言うつもりだ。

だって、わたしは人間じゃない。不死の存在、吸血鬼だ。

番になんてなれる存在じゃない。なっていい存在じゃない。


もしかしたら、この城を出ることになるかもしれないけど、それでも仕方ない、とわたしは昨日結論を出した。

城を出たとしてもこの城にこっそり忍び込むなんて訳ないし、そうすれば恩人であるハナコちゃんのことを遠目から見守るぐらいはできる。

元々この数百年、ひとりで生きてきたんだ。問題はなにもない。

出ていきたくない気持ちも、まだ人間と関わっていたい気持ちもあるけど、それよりも、何よりも、これ以上ロディ様やイヴ様を騙すようなことはしたくなかった。

ただ、問題は。


「どこまで話すか……。」


化け物だって話しても良いけど、せっかく見つけた運命の相手が化け物だったなんて知ったら二人とも悲しむよね。

折角優しくしてくれた人たちを悲しませるようなことはできればしたくない。


そうなると、普通に、番になれません、と断るしかない。

けれど、それだけで二人は納得してくれるのかな。いや、納得してくれない気がする。

どうしようかなぁ。いっそ、こっそり城を出ちゃおうかなぁ。

うんうんと考え込んでいると、こんこん、と控えめに扉を叩く音が聞こえた。


「はい……?」

「おはよう、ごめんね朝早くに。」

「突然すまない。」


扉を開けるとそこにはロディ様とイヴ様がいた。

まだ日が昇り始めたばかりの、朝早い時間なのに、二人とも昨日と同じ黒を基調とした騎士服にぴしっと身を包んでいる。

どうしたんだろう、何かあったのかな。


「……おはようございます。」

「もしかして、まだ寝てた?」

「いえ、今起きたところです。」

「そっか、なら良かった。少し部屋で話してもいいかな?」

「あ、はい……。」


扉を開けて端によれば二人は、お邪魔します、と部屋に入って、昨日と同じようにソファに腰かけた。

そしてわたしを手招きし、向かいのソファに座るように促す。


「突然ごめんね、実はこれから俺もロディも任務に行かなきゃいけないんだ。」

「え?」

「本来はもう少し休養をもらう予定だったのだが……。」

「はいはい、言いたいことはわかるけど、今更愚痴っても仕方ないでしょ。」

「……そうだな。俺たちはなるべく早く任務を終えて帰ってくる。それまでこの宿舎で待っていてもらえないか。」

「……いえ、わたしは……、」


言わなくちゃいけない。

わたしは、二人の番にはなれない、と伝えなければいけない。

答えが長引けが長引くほど、二人を苦しめてしまうから。

だから、今、告げなくちゃいけない。

わたしは、二人から離れなくちゃいけない。


「俺たちから離れようと思ってる?」

「え?」

「なに?」


今まさに思っていたことを言い当てられて、思わずイヴ様を見る。


「ごめんね、困らせて。」

「いえ……。」

「アイちゃんにも何か事情があるんだよね。」

「……。」

「勿論、今すぐそれを教えてほしい、なんて我が儘は言わないよ。ただ、ごめんね、でも、俺たちも必死なんだ。」


くしゃりと顔を歪めるイヴ様。

すると、ロディ様もまた顔を歪めて、わたしに頭を下げてきた。


「君の事情も聞かず、こちらの我が儘に付き合わせてしまい、本当に申し訳ない。」

「いえ、わたしはそんな……。」

「もし、君さえ良ければ、もう少しだけ、せめて俺たちがここに戻ってくるまでは、この宿舎にいてくれないか。……頼む。」


ああ、この人たちはきっと諦めないな、と気づいてしまった。

ちゃんと、わたしが化け物であることを話して、番にはなれないことを分かってもらえないと、きっと諦めてくれない。

そう、気づいてしまった。


「……。」


でも、これから任務だと話す彼らに、わたしの正体を話して、その動揺から万が一、怪我をしてしまったら?

命を落としてしまったら?

ぐるぐると考えてしまったわたしは、結局。


「……わかりま、した。」


そう、頷くことしかできなかった。


「ありがとう。」

「感謝する。」

「……。」


昨日と同じようにお礼を言われて、無言で首を横に振る。

お礼を言われるようなことはしてないのに。

むしろ二人を騙しているのに。


「……じゃあ、俺たちはそろそろ行くね。」

「……行ってくる。」


無言のままのわたしに、二人は堅い表情のまま立ち上がる。

ああ、わたしのせいで暗い表情をさせちゃった。

せめて、二人のそんな表情を変えたくて、思わず声を掛ける。


「……あの、お気をつけて。」


騎士隊の任務がどんなものなのか、わたしは全く知らないけれど、できれば怪我なく、無事に帰ってきてほしい。

そんなわたしの気持ちが伝わったのか、二人の表情が少し和らいだ。


「大丈夫だよ、俺もロディもこう見えて強いから。」

「なるべく早く帰ってくる。……アイも色々と気をつけてくれ。」

「?」


ロディ様の言葉の意味が分からなくて首を傾げる。

気をつける、と言われても何に気をつけたらいいんだろう。


「第一部隊がまた君にちょっかいを出してくるかもしれん。」

「窮屈かもしれないけど、しばらくはこの宿舎にいた方が安全だと思うよ。食料は食料庫にあるから好きに使ってね。」

「はい。色々とありがとうございます。」


ぺこりと頭を下げる。

これから任務に行くのにわたしの心配をしてくれるなんて、つくづく優しい人たちだと思う。


「隊員の名前の札が扉に下げられた個人の部屋以外は好きに使ってくれて構わない。ただ、体調や怪我には充分気をつけてくれ。徐々に暖かくはなっているが夜は冷えることもあるからくれぐれも温かくして……。」

「長いわ。心配性か。」

「正直、任務など行きたくはないが……。」

「そりゃ、俺だって同じ気持ちだけど、こればっかりは仕方ないでしょ。」

「……あの。」

「ああ、もうこんな時間か。じゃあ、いってくるね。」

「いってくる。」

「……はい……。」


いってらっしゃい、と言うのも何だか違う気がして、じゃあね、と廊下を歩いていく二人を、わたしは、ぼんやりと見送った。

胸のどこかで、痛みを感じながら。


***



夢を見た。

吸血鬼になった日に見た光景。

遠い遠い、過去の記憶。


生きたいか、と差し出された手。

死にたくないか、と差し出された手。


あの時、その手を掴まなければ。

あの時、手を伸ばさなければ。

あの時、死という恐怖に打ち勝ち、死を受け入れていたら。


わたしはあのまま人間として死ねたのに。

化け物にならずにすんだのに。


けれど、わたしは不安と恐怖に負けて、手を伸ばしてしまった。

その手を掴んでしまった。


わたしは、わたしという、化け物を生んでしまった。


それは、わたしの、最大の罪。





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