28話 入隊試験2
「準備できたか。」
真っ先に目に入ったのは黒い布だった。
全身をすっぽりと覆う黒い布。
こうういうのなんて言うんだっけ。ローブ?
そのローブに身を包んだその人の顔の場所には仮面が付いていて、顔は見えない。
「はい。」
ぎろりと睨まれて、こくりと頷く。
そういえばマリユスが、闘技場には専門の審判員がいるって言ってたけど、この人なのかな。
ついてこい、とくるりと踵を返し、廊下を進んでいく、声からすると多分彼?の後ろについてく。
薄暗い通路をしばらく行くと、遠くからほんのわずかに光が差し込むところで、彼はぴたりと止まった。
「ここで待て。」
「はい。」
そのまま直立不動でぴくりとも動かない彼。
そっと耳をすませば、声が聞こえる。
ざわざわと、人の声。
すると、どこからともなく、ほら笛のような音が響き渡った。
「行け。」
「……はい。」
彼に言われて、ゆっくりと光に向かって歩みを進める。
そして。
「……わぁ。」
一瞬まぶしさに目を細める。
目を開けると、かなりの人が椅子に座っていた。
試験ってこんなに人がいるものなの?
と、上の方にいるロディとイヴを見つける。
手を振ろうかと思ったけど、怒られてしまいそうだから、にこりと笑っておいた。
見えたかな?
「……えっと。」
とりあえず、言われた通り出てきたものの、どうすればいいか分からない。
あたりを再度見渡すと、丁度わたしが出てきた入り口ががちゃりと、格子の扉が落ちてくるのが見えた。
同時に、その向かい側にある入り口、暗闇の中で、何かが光るのが見えた。
あれは……何かの動物?
ざわり、と客席がざわめいたのが聞こえた。
「……熊?」
それは見たことのない獣の姿だった。
わたしの知る熊よりひとまわり大きい体、殺気立っているようで正気を失っているようにも見える瞳。
そして耳や尻尾から出ている炎。
「……燃えないのかな。」
いや、多分、そういう生き物なんだろうなっていうのは分かってるんだけどね。
思わず、言いたくなっちゃったよ。
燃える熊は全部で三頭。のしのしとわたしに近づいてくると同時に、どこからか声が響き渡った。
「試合開始!」
合図とともに、燃える熊が三頭、同時に突進してくる。
おお、やっぱり迫力あるなあ。
えっと、力を出しすぎないように……。
「丁寧に、丁寧に……。」
試験を受けるにあたって、というか、入隊するにあたって、ロディといくつかの約束をした。
その一つが、力はできる限り抑えること、だ。より細かく言うと、ロディやイヴと互角程度に抑えること。
この一週間、力を抑える練習をしたのだけれど、これが意外と難しい。
飛び上がるというひとつの動作でも、つい力を入れすぎて、想像以上に地面から体が離れてしまう。
丁寧に、丁寧に、と言い聞かせながら、三頭の突進を飛び上がることで避ける。
「よっと。」
くるりと一回転して、着地したところで、今度は一頭が火を吐いてくる。
その姿に思わず、おお、と声が出る。
すごい、炎が出た。こんな動物がいるんだなあ。
この試験が終わったら、どういう名前の動物なのか、ショウに聞いてみようかな。
そんなことをのんびりと考えながら、それでも力を入れすぎないように集中しながら、するりとそれを避けたところで、二匹の獣が当時に突進してくる。
それをするりと、今度は横に移動することで避ける。
「うーん……。」
やっぱり力を調整するのは難しい。
もう少し、攻撃を避けながら様子を見た方がいいかもしれないなぁ。
そもそも、炎の熊ってどうやったら倒せるんだろう。
さすがに殺すのは気が引けるし……。
頭や胴体をそれなりの強さで叩けば気絶するかな。
……正直、野生の動物はわたしを見た時点で(何かを感じとるみたいで)逃げ出すし、戦ったことないから分からないけど。
そもそも、こうして戦うの自体、久しぶりだったりする。
前にいた世界では退治師に追われていたけれど、流石に人間と戦う気にはなれなくて、逃げてばかり(もしくは適当に受け流す程度)だったし。
たまに眷属が人を襲うのを止めていたけれど、眷属はわたしの言葉には従うから、戦うまでは至らなかったし。
だから、こんなに苦戦したのは、五十年前の退治師との戦い以来かもしれない。
あの時は優秀な退治師が何人もいたし、しばらく食事(動物の血)を摂っていなかったせいで体もふらふらで、かなり苦戦した記憶がある。
だって、気を抜いたら相手を殺してしまいそうで。
人間を殺すのはさすがにしたくなかったから、何とか隙を見つけて逃げ出したんだよなぁ。懐かしいなぁ。
なんて昔のことを懐かしく思いながら、闘技場を目一杯使って、炎の熊の攻撃を避けまくる。
うん。
自分の中で確信したところで、わたしは立ち止まった。
「よし。」
体は慣らした。多分、これなら力を出し切らないように、戦える、はず。
くるりと体の向きを変え、あらためて剣(木製)を握りしめて、獣と向き合う。
「よろしく。」
それだけ言って、わたしは地面を蹴った。
*
そうして、三匹を気絶させ終わったのは、それから数十分後のことだった。
「ふう。」
どさりと倒れた最後の一匹に、小さく息を吐く。
力を制御しながら戦うのはやっぱり大変で、思いの外時間がかかっちゃった。
特に三匹目はわたしが異様な存在であると気がついたのか、後半ずっと逃げ腰で戦うのが大変だった。だって、気を緩めると間違えてころしてしまいそうで。
ところで、時間がかかったから入隊を認めない、とか言わないよね……?
ふと不安を覚えてまわりを見渡すと、何故か未だに客席は沈黙に包まれていて(そういえばわたしが戦い始めたあたりから異様に静かだった)、え、と内心焦る。
もしかして本当に駄目だったのかな。
どうしよう。
イヴは、アイなら大丈夫、って笑っていたけれど、やっぱり時間かけすぎたのかな。
入隊できないときのことなんて考えもしなかった。
もう一度お願いしますって言ったら受けさせてもらえないかな。
そこでふと、視界の隅で何故か立ち上がろうとしているロディとイヴを捉えた。
帰るのかな、と思いきや、そのまままっすぐこちらに向かってくる二人。
しかも通路ではなく、椅子の背もたれを渡って。
観客席にいた人たちが驚く間もなく、闘技場、わたしの目の前に二人は着地した。
「ロディ?イヴ?」
思わず声をかけるとロディもイヴもにこりと微笑む(ロディはほんの少し口角が上がっただけだったけれど)。
そして次の瞬間。
ロディの声が闘技場に響き渡った。
「これにて彼女は第三部隊の一員として認められた!」
ロディの言葉にか、二人の行動にか分からないけれど、客席の雰囲気が変わったのだけは分かった。
これ入隊試験だよね?こんなことして怒られないのかな?
いや、第三部隊への入隊が認められたのは素直に嬉しいけど。
でも、二人が怒られるのはまずいのでは??
「まだ新人であるが、しかし、彼女は俺たちの大切な番だ!!」
ざわざわと少し騒がしくなった観客席の人たちが、ロディの言葉にしん、と静まりかえる。
何故彼らがそんな反応をするのか分からなくて思わず首を傾げると、アイが番だってことみんなには知らせてなかったからね、とイヴがこっそり教えてくれた。
つまりわたしが二人の番だって知って驚いたってことかな。
それにしてもさっきからイヴはとても上機嫌でにこにこと満面の笑みを浮かべてる。
何でだろう、なんて再び首を傾げてる間にも、しんと静まりかえる中、ロディの声は引き続き響いていく。
「彼女に何かしようものなら、たとえ王が許しても、俺たちが許さん!!」
ぶわりと、ロディとイヴからあからさまな殺気が飛び出す。
さすがのわたしもこれが二人なりの牽制なのだと気づいた。
別にこんなことしなくても、怪我や病気とは無縁の体だし、こんな不死の生き物に近づく人なんていないと思うけどなぁ。
それよりこんなことして、本当に大丈夫なのかな。
こういう時にいつも助言をくれる二人を観客席から探すと、一番高いところで豪華な椅子に座っていたテュールは、何故か声を出さずに大爆笑していて(ついでに隣で立つ第一部隊の隊長さんの頬がひきつっているように見えた)、ロディとイヴの近くに座っていたショウは何故か両手で頭を抱えていた。
うーん、二人が止めないなら、大丈夫なの、かな?
結局よく分からないまま、わたしはぼんやりと、ロディの叫びを聞いていたのだった。
「よく覚えとけ!!!」




