2話 騎士隊第三部隊
「あの、これからどこに……。」
「あそこだよ。」
茶髪の人によって抱えられながら進むこと、数分。思い切って行き先を尋ねてみると、彼はにこにこと笑顔を浮かべながら向かっている先を視線で示した。
その方向にあったのは、三階建ての立派な建物。
何の建物だろう、と首を傾げる間もなく、にこにこと笑顔を浮かべながら彼が教えてくれる。
「あそこは第三騎士隊の宿舎だよ。任務がないときは、第三騎士隊の騎士の殆どが、ここで寝泊まりしたり、鍛錬したりしてるんだ。」
「……お二人は……」
「ああ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。俺はイヴァーノ。イヴって呼んで。君は?」
「藍、です……。」
「アイ!素敵な名前だね。」
「……ありがとうございます……。……その、イヴァーノ様は」
「イヴって呼んでくれると嬉しいな。」
「イヴ、様は、第三騎士隊の隊員なんですか。」
「うん。俺は副隊長だよ。ロディ、あ、さっきの灰色髪のやつね、あいつが隊長。」
「……え」
それはとてつもなく偉いということでは。そんな人たちに(頼んでいないとはいえ)抱えて貰った上に(こちらも頼んでいないとはいえ)仕事を押しつけて、(半年間で練習した)下手な敬語で話しかけるなんて、かなり失礼なことでは。
それに第三部隊ってどういうことだろう。
わたしが世話をしている馬は二つの部隊分しかなかったから、騎士は二つの部隊なんだなって思っていたし、そもそも、第三部隊の人なんてこの半年間見たことないけどなぁ。
「副隊長!」
そんなことを考えていると、焦った声と共に、前方から誰かが近づいてくるのが見えた。
黒い髪に黒い目の、黒を基調とした騎士服(イヴ様よりは飾りの少ない騎士服だ)を着た、どことなく日本人を思わせるその人は、やっと見つけた!、と慌てた様子でこちらに真っ直ぐやって来る。
誰だろう。イヴ様の知り合いかな。
そんな黒髪のその人の姿に、イヴ様は首を傾げた。
「あれ、ショウ。どうしたの?」
「お二人が報告に行ったまま、なかなか戻られなかったので見に来たんです。一体どこで道草を食っていたんですか?それと、そちらの方は……。」
イヴ様の近くに来ると速度を緩めたその人は、ようやくわたしのことに気付いたようで、驚いた表情を浮かべた。
かと思えば、さっと顔色を変える。
え、どうしよう、無礼な奴だって怒られるかな。そりゃそうだよね、特に大きな怪我もしてないのに、副隊長に抱えられてるんだもんね。
けれど、わたしの想像に反して、ショウと呼ばれたその人は特に怒ることもなく、戸惑った様子でイヴ様を見た。
「副隊長、もしかして……。」
「俺たちの番。あ、ロディは今、彼女のかわりに鎧磨きをしてるよ。」
「……なるほど……。」
つがい。さっきイヴ様と灰色の髪の人(隊長さんらしい)の話の中でもそんな言葉が出ていた気がする。けれど、つがい、って何だろう……。
ショウ様は、つがいが何か知っているみたいで、イヴ様の言葉を聞いて、しばらく何かを考えるように黙り込んだ。
隊長さんに鎧磨きさせて怒られないかな、とも思ったけど、特に怒っている様子はなくて、しばらく思案した後、テキパキと指示を出し始めた。
「それではまずは正面ではなく、裏口から中に入ってください。鳥族の副隊長はともかく、狼族の独占欲は有名な話ですから。部屋は客室がひとつ空いているのでそこを使ってください。他の隊員には僕が伝えておきましょう。」
おお、すごい。何を言っているのかはさっぱりだけど、頭が良い人なのかな。
そんなことをぼんやりと思っていたら、ぱちりと黒髪の人と目が合った。
「それと、どうせ彼女に何も説明していないのでしょう?落ち着いてからでいいので、隊長たちの種族のこと、番のこと、ちゃんと説明してあげてくださいね。」
「はいはい。」
「色々と不安でしょうが、危害を加えることは決してないので、落ち着いて話だけでも聞いてあげてください。」
「あ、はい……。」
じっと目を見ながらそう言われて頷く。
状況はさっぱり分からないけど、イヴ様も、さっきの灰色の髪の人も、そしてショウ様も、わたしを傷つけようとしているわけではないことは、何となくだけど、分かる。
きっと、悪い人ではないんだろうな。
「では、僕はテュールを呼んできます。」
それだけ言い残すと、踵を返して、さっさと来た道を戻っていくショウ様。
すごい、もう見えなくなった。歩いているだけなのに早いなぁ。
あっという間の出来事に目をぱちくりしていると、頭上から自慢げな声が聞こえてきた。
「すごいでしょう。彼はショウ。俺たちの補佐をしてくれてる補佐官なんだ。」
ちょっと頭が固いのが玉に瑕なんだけどね、と笑うイヴ様。
なるほど、あの人も第三部隊の人なんだね。
***
そのままイヴ様に抱えられながらしばらく歩いていくと、建物の裏口と思われる扉が見えてきた。
同時に、第三部隊の宿舎が目の前に迫ってくる。
近くで見ると意外と大きくて、木製の建物のところどころに苔が生えて、窓には蔦が絡まっていた。
結構古い建物なのかな。
「さ、ここから入ろうか。」
「……はい。」
イヴ様が木製の扉を開ける。
ぎぎぎ、と音を立てて開いた扉の向こうは、こじんまりとした部屋だった。
部屋の中にはそこかしこに木箱や麻袋が大量に積み上げられている。
ちらりと袋の中身を見ると、果物や野菜が入っているようだった。
食糧庫なのかな。
そんなことを考えている間にもイヴ様はずんずんと進んでいき、厨房と思われる部屋から、食堂と思われる部屋を出て、最終的に広い廊下へと出る。
廊下は中庭(?)に接していて、日の光がぽかぽかと廊下を照らしていた。
けれど、第三部隊の人たちが暮らしているにしては、しんと静まり返っていて、少し不思議に思う。
「さっき帰ってきたばっかりだからね。みんな寝てるんだよ。」
そんなことを考えていると、考えていたことが表情に出ていたのか、こそこそと小さな声でイヴ様が教えてくれた。
なるほど、みんな疲れてるんだね。
イヴ様は大丈夫なのかな、とふと思う。さっきからずっとわたしを抱えたまま歩いているけど……。
「あの、」
「大丈夫だよ、もうすぐ着くからね。」
「あ、はい。」
にこりと微笑まれて、何も言えなくなる。
そうこうしているうちに、イヴ様はわたしを抱えたまま、しばらく廊下を進んで、階段を上って、また廊下を進んだところで、ひとつの部屋に入った。
そこは、さっき見た食糧庫の三倍はある大きな部屋だった。
木製だけど高級そうな机に、皮ばりのソファ、奥にはこれまた大きなベッドが見える。
「ここは客室だよ。と言っても客なんてこの百年来たことないから、好きに使ってね。」
「あ、はい。」
思わず頷いちゃったけど、別に治療を受けるだけなら、好きに使うもなにもないよね?
よく分からないまま、ソファに降ろされたところで、こんこん、と扉が叩かれる。
「失礼します。」
「わざわざ来てくれてありがとう、テュール。」
「いえいえ。お相手がようやく見つかって良かったですね。」
「そうだね。」
部屋に入ってきたのは金髪の男の人だった。さっき会ったショウ様と同じように黒い騎士服を着ている。
誰だろう、と見ていると、わたしの視線に気づいたのか、イヴ様が紹介してくれた。
「彼はテュール。ショウと同じ補佐官のひとりでね。何と治癒魔法が得意なんだ。」
「傷が多いな。どれ、見せてみろ。」
すごいね、治癒魔法なんてあるんだね。
そんな感想を抱きながら、テュール様に言われたとおり腕を出すと、彼は傷を確認してから何やらぶつぶつと唱え始めた。
すると、ぶわりと、わたしのまわりが光に包まれる。おお、すごい。これが回復魔法なのかな。
しばらくして、ふっと光が消えたかと思えば、テュール様は驚いた表情でわたしの腕を見ていた。
「傷が、消えない……?」
あー……。
思わず気まずくなって、視線を逸らす。
「……すみません……。」
多分、それはわたしのせいだよね?
だってわたし人間じゃないし。この傷も化け物だと怪しまれないようにわざと残してるものだし。
「……いや、謝ることじゃない。回復魔法が効きにくいやつは一定数いるからな。まあ、重傷ではないみたいだから、ゆっくり休んで治すと良い。」
「ありがとう、ございます……。」
さすがに罪悪感を覚えて、申し訳ない気持ちになる。
けれどテュール様は気にしていないのか、わたしの腕に塗り薬を塗ると、くるりとイヴ様の方を向いた。
「……で、笑顔で睨むのやめてもらえます?」
「距離が近い。あと随分口調が軽いね?」
「信用してもらうためですよ。」
「……テュール。」
「はいはい、もう行きますって。あ、しばらくはその塗り薬を塗ってみてくれ。」
「……はい。」
少し恐い笑顔を浮かべるイヴ様に、テュール様はそそくさと部屋を出ていく。
部屋から出る際に声をかけられて、薬を渡されたので、一応頷く。
塗り薬も多分意味ないけど……。
「まったく……。」
「失礼します。彼女の着替えをもらってきました。」
「ああ、うん、ありがとう。」
テュール様が部屋を出てすぐに、ノックと共に、次はショウ様が来た。
かと思えば、服を差し出される。
広げてみると、黒を基調としたワンピースのようだった。
「これに着替えると良いよ。」
「……ありがとうございます。」
ここまで至れり尽くせりで良いのかな、と少し不安になる。
わたしはか弱い人間じゃなくて、死ぬことのない化け物なのに。
「じゃあ、俺は廊下で待ってるね。」
「はい。」
イヴ様とショウ様が部屋を出て、扉が閉まる。
「はあ。」
その直後、わたしは思わずため息をついていた。
これからどうなるんだろう。
彼らはわたしをどうしたいんだろう。
悪い人じゃないのは分かるけど、化け物だって知られるのは少し困る。
だって、この城を追い出されたら、彼女に恩返しできなくなるから。
そう、恩返し。
そもそもわたしがこの馬番の仕事を半年間続けていたのは、彼女、一緒に召喚された彼女がどうしているのか、探るためだった。
彼女の名前はハナコちゃん。
わたしにとっては大切な恩人。
恩人だからこそ、苦しい思いや悲しい思いはできるだけしてほしくないし、できれば幸せな人生を送ってほしい。
だからこそ、召喚された後も、馬番をしながら彼女の様子を探っていた。
どうやってかというと、馬小屋と彼女のいる王城は、少し遠いけどそこまで離れていないから、夜中にこっそり王城に近づいて彼女の気配を探ってたんだ。
気配を探ったりするのは得意じゃないんだけど、彼女の気配は独特だから何となく分かるんだよね。
わたしが馬番にこだわる理由はそこにある。
同じ王城で働いていれば、何かあったときにすぐに助けてあげられるから。
だからこそ、城を追い出されることだけはどうしても避けたかった。
「……どうしよう……。」
渡された服に着替えつつ、わたしはもう一度ため息をついたのだった。