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1話 出会い



「……寝てるの?」


頭上から聞こえた声に閉じていた目をぱちりと開けば、髪の短い小さい女の子が、黒い目を開かせて、瞬きもせず、じっとわたしを見ていた。

木々の隙間から零れた木漏れ日がきらきらと輝いて、そよそよと心地よい風が頬を撫でる。


「寝てないよ。休んでるだけ。」


こんなところで人間に会うなんて珍しい。

うん、と伸びをしながら起き上がれば、ずいと女の子が手を差し出してくる。

何だろう、と女の子の手を見ると、女の子らしい、白くて綺麗な、小さい手の上に、ちょこんと、包み紙に入った何かが乗せられていた。

女の子がそれをわたしに見せてどうしたいのかよく分からなくて首を傾げると、女の子は、ぐい、と更に手を近づけてくる。


「あげる。」

「?なにこれ?」

「チョコだよ。あげる。」


げんきでるよ、と笑う女の子。裏表のないきらきらした笑顔に、ほっこりする。


ありがとう、と、ちょこ、というそれを受け取ると、女の子は、じゃあね、とだけ言い残して去っていった。

残ったのはわたしの手の中にちょこんと置かれた、それ、だけ。


綺麗な包み紙をめくると、茶色の何かが出てくる。

わたしはそれをぽいっと口に入れた。


「……甘い。」


ちょこ、はとても甘くて、不思議な味がした。



***



「よし、おわった。」


馬小屋の掃除をひととおり終えたところで、ふうと息をつく。

気が付けば日は昇りきっていて、ああ、そろそろ昼なんだな、と思う。

まあ、昼食なんてないから、そのまま仕事を続けるんだけど。


「次は……掃き掃除でもしようかな。」


と、いうわけで、はじめまして、藍です。吸血鬼です。

え、吸血鬼って空想上の化け物でしょ、と思われたそこのあなた。

残念ながら吸血鬼は存在してるんですよ。わたしみたいに。

あ、物語みたいに無闇矢鱈と人を襲うことはしないからそこは安心してほしいな。

吸血鬼の中でもわたしはわりと特殊な存在でね、上位種、とでも言えばいいのかな、普通の吸血鬼よりは血を必要としないんだよね。より細かく言うと、動物の血で十分足りるんだ。

さて、そんなこんなで、人畜無害な吸血鬼として生きてきたわたしだけれど、実は今、というかこの半年ぐらい、ちょっとおかしなことになってます。


「……あ。」


遠目に人が近づいてくるのが見えて、その場に膝をつく。

きらびやかな青を基調とした服(騎士服って言うんだって)に身を包んだ人間(騎士って言う職業の人らしいよ)は、わたしの近くに来ると、めんどくさそうに声を掛けてきた。


「おい、馬番。」

「はい。」

「この鎧を磨いとけ。」

「かしこまりました。」


騎士様の命令に、できる限り丁寧に頭を下げる。

この頭を下げる動作をきちんとしないと、無礼者、とか言われて殴られちゃうんだよね。

いや、吸血鬼だし、痛みには鈍感だし、別に殴られるのは良いんだけどさ。……いや、少しは痛いからできればやめてほしいなとは思ってるけど。

けど、そんなことより、わたしにとってはこの仕事をクビになってしまうのが一番困るんだ。

だって、ここを追い出されたら、彼女への恩返しができなくなっちゃうでしょう?

というわけで、わたしは今日も真面目に騎士隊直属の馬番(兼雑用)をしています。


さて、何でこんなことになっているのかというと、そもそもの始まりは半年前のこと。


「聖女様!どうかこの国をお救いください!」


日本でのんびり生活していたら、突然光が降り注いできて、わたしは、この世界に召喚された。

否、巻き込まれた、と言った方が正しいかな。

実はこの世界の人が召喚しようとしたのは、わたしと一緒にこの世界に召喚された女の子で、わたしはそれに偶然巻き込まれただけみたい。

彼女は魔力を多く持つ聖女で、国のために力を貸してほしくて、召喚したんだって。


「聖女様はどうぞこちらへ。」

「……おい、もう一人いるぞ。」

「召喚士によると巻き込まれた人間のようです。」

「ふん、ただの“ハズレ”か。第一部隊で好きにしろ。」

「かしこまりました。……おい。」

「ん?」

「ついてこい。」

「あ、うん。」


聖女である彼女が連れていかれて、これからどうしようかなってのんびり思ってたら、何故か馬小屋に連れていかれて。

あれよあれよと話が進んでいって。


「お前は馬番として働け。」


わたしは気づけば馬番(兼雑用)になっていた。

まあ、殺されなかっただけ良かったのかな。……吸血鬼だから、殺しても死なないけど。

と、いうわけで、わたしは今、真面目に働いています。


いや、働いてみると意外と楽しくてね。

食事は最低限、服はぼろぼろ、寝床は馬小屋だけど、吸血鬼であるわたしは病気になることもなければ、空腹で餓死することもない。

むしろ(上下関係はあるけど)人間とこうして関わりながら仕事ができるのが楽しくて仕方ない。

だって、日本にいた頃は退魔師から追われてばかりで、人間とゆっくり関わるなんてできなかったからさ。

意外と楽しいんだよね、今。


なんて考えながら、預かった鎧を専用の油(オイルって言うらしい)で磨いていく。

鎧の数は大体百人分。ちらっと聞いた話によると、第一部隊(騎士はそれぞれ部隊に所属してるんだって)は百人前後らしいから、多分これは第一部隊の鎧なのだと思う。

これが終わったら馬の干し草を新しくしなきゃなぁ、とのんびり考えながら手を動かす。


その時、ふと、視線を感じた。

何だろう?

反射的にそちらを見れば、見たことのない男の人が、じっとこちらを見ていた。

短く切り揃えられた灰色の髪に、金色の瞳。そして黒を基調とした騎士服。

そこまで目視したところで、わたしはさっと膝を地面について、頭を下げた。

騎士服ってことはきっと騎士隊の人だからね。ちゃんと頭を下げて、敬意を表さないと、怒られちゃう。


それにしても見たことのない人だったけれど、新しい人なのかな。

あ、でも、それにしてはきらきらした服だったな。それに青や緑の騎士服は見たことあるけど、黒は始めて見たや。

と、そんなことを考えながら、地面をじっと見ていたら、その人はゆっくりとこっちに歩いてきた。


何だろう。わたし何か失敗しちゃったかな。

けれど、頭を上げて相手の表情を見ることもできなくて(そんなことしたら怒られちゃうもんね)、わたしはじっと地面を見続ける。

また殴られちゃうかなぁ。


「……。」

「……。」


そう思って衝撃に身構えたのだけど、その人はただ無言でわたしを見下ろすだけで、何もしてこなかった。

え、どうしよう。何だろう、怒ってるのかな。

顔を上げることもできなくて、ただただ混乱する。


「……。」

「……。」


……どうしよう。

どうしたらいいんだろう。

困ったなぁ、と内心ため息をついた次の瞬間。


「人の番になに土下座させてんだ、こらぁぁぁぁ!!!」

「ぐ?!?!」


衝撃音と共に、視界に入っていた灰色の髪の人の足が消えた。

否、体ごと吹き飛んだ。


「……え?」


あまりのことに、頭がついていかない。

思わず頭を上げたわたしの目の前で、ふわりと空から降りてきた男の人が着地する。

肩まで伸ばされた明るい茶色の髪に、銀色の目。そしてさっきの人と同じ黒い騎士服。

あ、しまった、騎士服ってことは偉い人だ、頭を下げなきや。

ここでやっと、我に返ったわたしは、慌てて頭を下げようとして。


「こんなに細い体で……傷だらけで……きっと辛いめにあったんだね……。」

「え」


何故か抱え上げられた。

え、なんで???


「あ、あの、」

「大丈夫だよ。もう恐いことは何もないからね。」


にこりと微笑まれて、どう返していいか、分からなくなる。

どうしよう。この傷は、あくまで(化け物だと)怪しまれないようにあえてそのままにしてるだけで、特に痛みとかはないんだけどな……。

と、ここで、蹴り飛ばされた灰色の髪の人が、ずんずんとこちらに向かって勢いよく戻ってきた。

その表情は、遠目でも分かるぐらい怒りに満ちている。そりゃ、あれだけ勢いよく蹴り飛ばされたら怒るよね……。

目の前まで来た灰色の髪の人は、ちらりとわたしを見て、すぐにぎろりとわたしを抱えている茶髪の人を睨みつけた。


「何をする、イヴ!」

「俺の番を困らせてる男を蹴飛ばして何が悪いの。」


ふん、と鼻息を荒げて、きっぱりと言い切る茶髪の人に悪びれた様子はない。

その言葉の意味は、わたしにはよく分からなかったけど、灰色の髪の人には伝わったみたいで、怒っていた顔が一瞬にして戸惑いの表情になった。


「つ、つが……?し、しかし、彼は、」

「彼女、だ。」

「……なに?」


ん?彼って、もしかしてわたしのこと?

ああ、半年前に髪を(無理矢理)短く切られてからそのままにしてたから、男の子に見えたのかな。

服もぼろぼろだし、そもそも胸も小さいし、無理もないか。

でも、わたしをじっと見ていたことと性別は関係ない……よね?

と考えていたら、茶髪の人がにこりと微笑んできた。


「彼のことは置いといて、俺たちの宿舎で手当てをしよう。それに美味しい紅茶と甘いものもあるよ。ケーキは好き?」

「え」

「イヴ、」

「番を男と間違えるような男に何かを言う権利があるとでも?」

「ぐ……っ。」

「さあ、行こうか。」

「いえ、あの、わたし、仕事が……。」


鎧を磨かないと第一部隊の人に怒られてしまう。それに馬の世話もしないといけない。

殴られるのも蹴られるのも特に気にしてないけど、役立たずと思われてこの城を追い出されるのは困るんだ。

すると、わたしの言葉に、二人は何故か顔を歪ませた。

ん?なんで?


「……ロディ、悪いと思っているなら、彼女のかわりに鎧磨きやっといてよ。」

「……よし、分かった」

「え」


待って待って、話が見えない。

なんでわたしのかわりに鎧磨きをすることになってるの?

混乱するわたしに灰色の髪の人は真っ直ぐにわたしを見た。


「大丈夫だ、鎧磨きは完璧にやっておく。……君はきちんと手当てを受けて休むと良い。」

「え、あの、」

「よし、じゃあ行こうかー。」

「イヴ、くれぐれも彼女に説明を、」

「言われなくても分かってるよ。」

「???」


どういうことなの。

結局わたしは何も分からないまま、抱えられながら連れて行かれた。

……どういうことなの……。




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