10万円
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「か、帰って来たんだもんね?」
「あ、ああ……。しばらくこっちでの仕事ができてね……」
「へぇ……そうですか……」
そう来るならこっちも容赦しないぞ。
「ちょっと待ってもらって良いですか?」
そろそろ周囲の目線が気になってくる頃だが、構うもんか。
こちとら犯罪行為防止に勤しんでるんじゃ!
スマホを取り出し、ホテル二棟目を探索中に教えてもらった石越先輩の連絡先を選択する。
コールは直ぐに終わった。
『白石くん、どうしましたか!?』
向こうは慌てた様子だ。俺が冷静になって対応するしかない。
「石越先輩、ちょっと質問良いですか?」
「…………ッ!?」
先輩の名字を口にした途端、妹の顔が急激に青ざめた。
『何ですか……?』
「先輩のお父さんって、今帰ってきてるんですか?」
『い、いいえ。まだ海外に……。どうしてですか?』
「今、妹さんを見付けましてね。〝お父さん〟と一緒なんですよ……?」
『え……?』
「特徴知りたいので、質問に答えてもらえますか?」
『え、えぇ……』
「眼鏡って掛けてます?」
『いいえ、父は裸眼です……』
アウト。
「髪の色とかは分かりますか?」
『いい年をして、茶髪に染めてます……』
これもアウト。
「じゃあ最後の質問良いですか……?」
『はい……!』
「そのお父さんって……痩せこけて──」
「もういいッ!!」
「…………」
質問の答えよりも先に、相手の爆弾が爆発した。
「チッ、なんなんだよ! ここなら同級生に会わないって言われたからわざわざ来たってのに。今回の話は全部無しだ!」
「あ、ちょっとッ!」
中年男性は人目もはばからずに、ご立腹状態で人混みの中に消えていった。
後に視線は俺と石越に向けられる。
『白石くん、さっきの声って……な、何があったんですか!?』
「いえ、解決しました。あとで詳しく説明します。それじゃ」
『え、ちょ──』
電話で説明するより、直接話したほうが分かりやすい。
石越先輩との通話を切り、中年男性の去ったあとを寂しそうに見続ける石越に近付く。
「ほら、帰るぞ」
「…………ッ!」
《退け》
お?
じゃあ宜しく。
パンッ
勢いよく振られた平手打ちを、黒瀬が受け止めた。
助かったよ。
《いや~カッコよく決まった……!》
その台詞が無ければもっとカッコよかったのに……。
「……ざけんなよ!」
わなわなとしている。
はぁ……。先の展開が読めた。
「テメェふざけんなよ! うちが今日貰う十万円、どうしてくれんだよ!?」
こちらも人目にはばからず、感情を爆発させて怒鳴り散らしてきた。
『え、なに? 十万って?』
『まさか……あの子が?』
『ああ、確かにやりそうな子だ』
「…………あ」
頭に登った血が、周囲のひそひそ話で下がったようで、冷静さを取り戻した石越が我に返る。
いたたまれない空気になり、この場を早く去ろうと―考えるよりも先に行動が出た。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
手を掴み、無理矢理連れて行く。
この行動で、ひそひそ話の内容が独り歩きするだろうが気にすることはない。
精々今晩の酒の肴にでもしてろ。
「ちょ、し、シロっち! 離して! 痛いってば!」
「あ、わりぃ……」
無我夢中だったため、力加減を間違えていた。
いくら黒瀬よりも握力が弱いからって、俺も成人に近い男性の力を持っている。
女子が痛がるのも無理はない。
掴んでいた跡を擦り、泣きそうな顔をしていた。
「石越……」
「………………なぁに?」
返事から、普段のアイツに戻っていると確認できた。
それだけで妙な安心感に包まれる。
そして、こういうときは話を蒸し返すような内容から入るのではなく──。
「腹減ってないか? 奢るぞ?」
気前の良い普通の会話から入る。
《ドラマ見てて良かったな?》
まったくだ。
「ホント……? じゃあ……」
俺よりも先の方向を指差され、振り向く。
目先には、大人気のファストフード店があった。
「ほんじゃあ、行くか?」
「うん……」
逃げる様子は無い。
それだけを再確認し、店内に入って行く。
《なぁ、約束のゲームソフトは?》
我慢してくれ。
《よし、今度溶岩で入浴したとき一瞬だけ入れ替わってやるよ──》
確かコハ姉がこの前買ったって連絡してきたから借りてやろうか?
《いやああああああああああああああああああああああああああああああ》
はい、交渉成立。
来月まで我慢ね。




