046 エピローグ
死に物狂いで走りながら、俺は志穂に通話をかけた。
「クルーガー族との和平交渉は破談になった! 決戦プランでいく!」
『なにがあったの!? 無事なの!?』
スマホから聞こえる志穂の声には、いつもの落ち着きがなかった。
「詳しいことは後で話す! セントラルは準備できているか?」
『それは大丈夫。こっちは全ての準備が終わって拠点で待機してるよ』
「なら出入口を開けて待っていてくれ! すぐに行く!」
『入口は私達のテントがあった場所の近くで鉄板だからね』
「オーケー」
志穂との通話を終える。
俺はチラリと後ろを確認した。
「待て、日本人!」
「殺してやる! 殺してやる!」
大量のクルーガー族が追いかけてきている。
数十メートルの距離があって、追いつかれそうな兆しはない。
エテ族が川で応戦してくれたおかげだ。
(少し妨害しておくか)
俺は走る速度を維持しつつ買い物を行う。
購入した物は腰の高さあたりに召喚した。
買ったのは中に液体の入ったバケツだ。
バケツは地面に落下して、中の液体を盛大にぶちまける。
「うお、なんだ」
「ぐぉおおおお!」
液体の上を通ったクルーガー族の戦士が転倒する。
一人また一人と転んでいく。
いきなり転んだ仲間に躓き、他の戦士も次々と転ぶ。
「思った通りの効果だ」
バケツに入っていた液体の正体はローションだ。
それもバラエティ番組で使われる滑りやすいもの。
商品名はそのまま『バラエティ用ローション入りバケツ』である。
「この液体、毒かもしれないぞ!」
「気をつけろ! 踏むと滑るぞ!」
「おのれ日本人! 不可思議な魔法を使いやがって!」
どうやらクルーガー族はローションを知らないようだ。
ただの潤滑ゼリーとは思えぬ程に警戒している。
(想像以上の効果だな)
ということで、俺は追加で大量のローションバケツを召喚した。
俺の駆け抜けた場所にローションの絨毯ができあがる。
これによってクルーガー族の行軍が大きく遅れた。
「あと少しだ……!」
いよいよセントラルが見えてきた。
セントラルの門は開かれており、富岡の作った櫓には誰もいない。
というか、そもそもセントラルの中は完全に無人と化していた。
「たしかに準備万端だな、すげぇ臭いだ」
セントラルの中はいつもと違う臭いに包まれていた。
それは日本のある場所に行くと好きなだけ嗅げる臭いだ。
「なるほど、テントの中に隠しているわけか」
開いているテントを一瞥してある物を発見した。
おそらくそれは、全てのテントに山ほど積まれているのだろう。
「あれか、入口」
かつて俺達の使っていたテントの傍に鉄板を発見した。
通話で指示した通り鉄板が開かれた状態だ。
西の森の出入口と同じで中は梯子になっている。
俺は拠点の入口に首から下を入れた。
そこから先には下らず、地面から顔を覗かせる。
ほどなくしてクルーガー族がセントラルに突入してきた。
「いたぞ! 日本人だ!」
戦士の一人が俺に気づく。
それを確認してから鉄板を閉めて梯子を下りた。
「無事でよかった、慧」
志穂をはじめ、仲間達が俺を待っていた。
皆、俺が無事であると分かり安堵している。
「慧、その靴捨てろよー、臭いよ!」
朱里が鼻を摘まみながら眉をひそめる。
「そんなに臭いか? 俺はわりと好きだけどな、この香り」
「香りだなんて言い方は相応しくないよ! ガソリンには!」
そう、臭いの正体はガソリンである。
セントラル内の地面には大量のガソリンが撒かれていた。
そしてテントの中には、ガソリンの入った一斗缶が積まれていた。
それが示すことはただ一つである。
「珠子先生、例の物を」
「こちらでございますなのです!」
珠子がタブレット端末を渡してくる。
それは監視カメラの映像を映すためのものだ。
カメラは櫓に仕掛けてあり、セントラル内を撮影していた。
クルーガー族の軍団がセントラルに流れ込んできている。
盛大な囮であるとはつゆほども疑っていない様子。
富岡に防衛力を高めさせた甲斐があったというものだ。
「音声は?」
「集音能力を極限まで高めた改造無線機をしっかりセットしましたぞ!」
珠子がトランシーバーのスイッチをオンにする。
「クソッ、開かねぇ!」
「壊せないのか! これ!」
「出てこい日本人! ずっとここに居座るぞ!」
クルーガー族の戦士は鉄板を開けようと必死だ。
しかし、拠点の入場制限が効いており、鉄板はビクともしない。
次第にセントラル内が戦士で埋め尽くされていく。
「そろそろだな」
セントラルの外もクルーガー族に包囲された。
これ以上はセントラル内に侵入してくる者はいないだろう。
いよいよ最後の攻撃を仕掛ける時だ。
「珠子先生、アレを」
「ここにありますぞ!」
珠子が押しボタン式のスイッチを取り出した。
自販機のコーヒー缶のような大きさの代物だ。
「これを押すと作動するんですよね?」
「そうです」
真顔で頷く珠子。
「できれば押したくなかったが……」
志穂の手に渡ったタブレット端末を確認する。
セントラルの外にクレアの姿が見えた。
あと少しで良い関係を築けていた相手だ。
「この期に及んでは仕方ないな」
クルーガー族が一枚岩でないことは分かった。
それだけが今回の収穫だ。
その情報が何かに使えるかは分からないが。
「さらば、クルーガー族の戦士達」
俺は赤いボタンを押し込んだ。
その数秒後、トランシーバーから強烈な爆音が響いた。
しかし、その爆音は一瞬で消える。
同じタイミングでタブレット端末の映像も途絶えた。
――成功だ。
「流石は珠子先生だ、完璧だな」
珠子の作った押しボタンはセントラル内に仕掛けたトラップだ。
押すことによって火花が飛び散る仕組み。
無線機を改造することによって、無線による作動を可能にしていた。
「ど、どうなったの?」
よく分かっていない様子の朱里。
「ボタンを押したことで火花が出て、それが地面に撒かれたガソリンに引火し、その炎が一斗缶に移った。そして、そこら中の一斗缶が連鎖して爆発した」
「じゃあ、今頃セントラルは……」
「大爆発によって壊滅状態だろうな」
俺達は自動ドアから外に出た。
「あれが爆発の証拠さ」
セントラルの方向を指す。
空に向かって特大の煙が上がっていた。
「念の為に状況を確認しにいこう」
俺達は森を歩いてセントラルに向かう。
セントラルに直通の出入口は使わない。
おそらく今は有害な煙が大量に舞っているから。
「ウキッキィ!」
そこら中からチンパンジーが寄ってくる。
俺達6人と数百頭のエテ族でセントラルにやってきた。
「これは……」
安岐が口を押さえる。
「想像以上ね……」
志穂も驚愕していた。
「ガソリンの力は伊達じゃないってことだ」
セントラルは完全に崩壊していた。
丸太の防壁が粉々になってそこら中に飛び散っている。
地面は真っ黒に染まっており、草原の一部では未だに燃えていた。
それだけではない。
そこら中にクルーガー族の焼死体が転がっている。
その多くは四肢がもげるなどの酷い損傷ぶりだった。
グロテスクの範疇を超えていて、もはや人間には見えない。
俺達の乗っていた飛行機が墜落した時よりも遥かに凄惨だ。
墜落事故に耐え抜いた飛行機のパーツも今では残っていない。
全てが爆発に飲み込まれて消えていった。
「クルーガー族の残党はいないのですかな?」
珠子がアサルトライフルを構えながら周囲を確認する。
「大丈夫と思いますよ。既に撤退しているかと。もっとも、セントラルの外にいた連中ですら生きているのか不明ですが」
セントラルを生贄にすることで、クルーガー族に大打撃を負わせた。
今回の爆発は連中に相当なトラウマを植え付けることになるだろう。
一枚岩ではないようだし、しばらくは襲ってこないかもしれない。
「敵は残っていないようだし、〈換金〉でこの場を綺麗にしたら拠点に戻ろう」
「「「了解!」」」
俺達は手分けして残骸を金に換えていく。
査定結果は大半が1ptだった。
それより酷い0ptというのもあったくらいだ。
「灰だらけではあるが、最低限の掃除は終わったな」
残骸のなくなった黒焦げの草原を眺める俺達。
こうして、クルーガー族との戦いが終わった。
◇
その日以降、クルーガー族が仕掛けてくることはなかった。
俺達には勝てないと見て避けるようになったのだろう。
だから、クルーガー族の顛末については分からない。
一枚岩ではないようだが、俺達にとってはどうでもいいことだ。
俺達は今日もチンパンジーと協力してポイントを貯める。
貯めたポイントで買い物をし、色々と作っていく。
日本へ帰る日のことを願って――。
ここで完結とさせていただきます。
評価・ブックマーク等の応援、ありがとうございました。
お気に入りユーザー登録も深く感謝しております。
色々な作品を公開しておりますので、機会があれば読んでやってください。
それでは、ご愛読いただきありがとうございました。
絢乃




