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044 クルーガー族との交渉

 斉藤梓がどこへ消えたのか。

 届いたチャットを見れば答えが分かった。


======================

 いきなり連絡してごめんなさい。

 1年の斉藤といいます。


 私は今、クルーガー族に囚われています。

 この文章はクルーガー族の族長に指示されて書いています。

 族長は北条さんと和平交渉をしたいと言っています。

 承諾される場合は今日中に返事をして下さい。


 また、交渉に応じなくても私が殺されることはありません。

 私は丁重に扱われていますので安心してください。

======================


 斉藤梓は混戦の最中に捕まったのだ。

 おそらく悲鳴の一つでも上げていただろう。

 それに気づかぬとは、やはり富岡は無能だ。


「どうやら向こうも和平交渉に乗り気のようだ」


 テレビの前に立ち、皆にスマホの画面を向けた。

 皆はソファに座ってテーブル越しにそれを確認。

 幾分か顔色がマシになった安岐もこの場にいる。


「今は19時を過ぎたところだから回答猶予は約5時間だ。俺は和平交渉に応じるべきだと思うけど皆はどう思う?」


「私は北条君に賛成なのです!」


「私も」「同じく」「賛成」「いいと思う」


 全員から躊躇のない賛同が得られた。


「でも、罠の可能性が高いよね」


 そう言ったのは志穂だ。


「罠ぁ? 私らにビビってるからそんなことないでしょ」


 朱里の口調が妙にトゲトゲしい。

 和平の邪魔をするなとでも言いたそうだ。

 それだけ先ほどの戦いが堪えているのだろう。


「分からないよ。曽我部達だってそうやって殺されたんだから。交渉の場に行ったら矢で射られるかもしれない」


「それは心配のしすぎだって……たぶん」


 朱里の語気が弱々しい。

 志穂の意見に納得してしまったのだ。


「罠の可能性が高いのはたしかだ。だからといって、せっかくの機会をむざむざ逃すのも避けたい。交渉の提案に応じつつ罠に備えるのが得策だろう。全員が賛成しているわけだし、とりあえず承諾するよ」


 皆の了承を得てから梓に返事をする。

 梓の長文に対し、俺の返信は実に短い。


『交渉に前向きなので、このチャットで条件を決めよう』


 まずは会わずに交渉をまとめる方向で検討する。

 梓からの返事はすぐに届いた。


======================

 族長の提案は次のようになっています。

 ・川を境界線とし、互いの縄張りに侵入しない

 ・この和平は対等関係で行う為、貢ぎ物は共に不要とする

 ・この条件はエテ族とクルーガー族の間にも適用される

======================


 知らないワードが出てきた。


「エテ族ってなんだ?」


「ベトナムの民族にそんなのいなかったっけ?」と香奈。


 志穂が「それはエテではなくエデですね」と答える。


「おそらくチンパンジーのことでしょう!」


 珠子の発言に全員が「なるほど」と納得した。


「念の為に確認しておくか」


 俺は『エテ族が何か教えてほしい』と返す。

 それに対する返答により、チンパンジーのことだと確定した。


「すると条件は『川を渡ってくるな』ってことだけか」


 これは俺が希望する条件と同じだ。


「いい条件だね」


 安岐が頬を緩める。


「あとはチンパンジーのボスに同意を得るだけだな」


 梓に返信を送る前にボスと話すとしよう。

 梯子を上って拠点を出ると、ボスをその場に呼んだ。


「とまぁこういう条件なんだが承諾して問題ないか?」


「ウォウ!」


 あっさり快諾するボス。

 嬉しそうに黄ばんだ歯を見せて笑っている。


「決まりだな」


 梓に承諾する旨の返事を送り、再び拠点に戻った。


 ◇


 その後、和平に関する話し合いは円滑に進んだ。

 ――というのは嘘で、思った通りのところで難航した。

 ソファでくつろぐ皆に向かって梓の返信を読み上げる。


======================

 魔法道具による話し合いだけで交渉を成立させることはできない。

 こちらの流儀に則り、境界線となる川で双方の長が握手を交わす。

 これだけは譲れない……とのことです。

======================


 クルーガー族の族長は俺と会いたがっているのだ。

 だが、俺としては危険な相手なので会いたくない。

 面と向かって話すというのは、あまりにもリスクが高すぎる。


 この問題の改善策として通話を提案した。

 通話であれば、肉声によるやり取りが可能だ。

 文字とは信頼度が違う――が、「魔法道具はダメ」と却下された。

 交渉を成立させるには会うことが絶対条件なのだ。


「仕方ない、会うとするか」


 根負けしたのは俺だ。

 相手が譲らない以上、話を進めるにはこちらが譲るしかない。

 それに、クルーガー族の族長がどんな人物なのかも興味ある。

 話すことで多少の人となりが分かるかもしれない。


「流石に危険すぎるよ」


 強く反発したのは志穂だ。

 交渉に前向きな朱里と安岐ですら反対している。


「危険なのは承知している。だから現地に行くのは俺だけでいい」


「えっ」


「相手が要求しているのは族長と俺の握手だから、交渉の場には俺だけ参加すればいい。これなら最悪の場合でも死ぬのは俺だけで済む」


「そんなにダメに決まってるじゃんか!」


 朱里が声を荒らげる。

 香奈と安岐が同時に「そうだよ」と続く。


「これしか道はないさ。優秀な影武者とかいないしな。相手が俺を望む以上、富岡に代わりをさせるわけにもいかない。というか、富岡や他の男子を行かせるなんて怖くて無理だ。あいつら無能だし」


「慧に何かあった場合はどうしたらいいの? 私達、慧がいないと何もできないよ」


 志穂が泣きそうな顔で俺を見る。


「俺がくたばるような事態になったら、おそらく敵はセントラルに攻め込んでくる。その時は事前に想定していた決戦プランで対処すればいい」


「それを仕切るのは誰?」


「君だよ、志穂」


「私!?」


「緊急時に最も冷静に対処できるのは志穂だと思う」


「珠子先生のほうが冷静そうだけど……」


「珠子先生は冷静だけど暴走するからダメだ」


「流石は北条君! よく分かっていますねぇ!」


 珠子がゲラゲラ笑う。

 それによって場の空気が和らいだ。


「そんなわけだから交渉の場には俺が行く。とはいえ、一人だと見栄えがよくないから、チンパンジー……いや、エテ族に同行してもらう。その間、皆には決戦の準備をお願いしたい」


 俺の決意が固いと知るや誰も反対しなくなった。


「やっぱり慧は立派なリーダーだよ」


 志穂が俺に向かって微笑んだ。


「それはどうかな」


 俺は「ふっ」と笑い、富岡にチャットを飛ばす。

 明日には荷物をまとめて東の森の洞窟に引っ越せ、と。


 それから梓に返信して話を進める。

 クルーガー族の族長と会うのは二日後の昼に決まった。


 ――そして二日後。

 いよいよ運命の時がやってくるのだった。

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