043 斉藤梓の失踪
針金トラップの補修と拡大をしたい。
だがそんな元気はないので、チンパンジーに作業を任せた。
女性陣には拠点へ戻って休憩してもらう。
人を撃ったことで少なからず動揺しているからだ。
肉体的ではなく精神的に疲弊している。
十分な休息が必要だ。
俺はセントラルにやってきた。
休憩したかったが、そういうわけにはいかない。
富岡のグループに所属する生徒の数が足りないからだ。
「クルーガー族の迎撃に出た時は先生を含めて13人にいたのに、戦闘が終わってセントラルに戻った時には12人になっていた――こういうことですか?」
話をまとめる。
富岡は「そうだ」と頷いた。
「1年の斉藤梓がいない」
「1年の女子か……」
怖くなって逃げ出したのだろうか。
その可能性は無きにしも非ずだ。
だが、そうとは断言できなかった。
富岡グループの戦闘があまりにも拙かったからだ。
驚くことにクルーガー族の肉薄を許していた。
催涙弾と専用のグレネードランチャーを渡しているというのに。
普通であれば近接戦には至らない。
武器の射程が100メートル以上あるからだ。
撃って逃げるだけでいい。
「どうしてそこまで近づかれたんですか」
「き、緊張で上手く撃てなかったんだ……」
俺は大きなため息をつく。
それと同時に訓練の偉大さを再認識した。
「肉薄されても大して被害を受けなかったのは不幸中の幸いですね」
「そ、そういうことだ! それで、どうすればいい?」
「とりあえず〈チャット〉か〈通話〉で連絡をとってみましたか?」
行方不明者の斉藤梓は生きている。
その証拠に、リストには彼女の名前が残っていた。
「両方試したが応答なしだ」
「なら手立てがないですね」
「手立てがないって、それだけなのか?」
「はい。なにせ手立てがないので」
「北条……お前、冷たすぎないか?」
俺は苦笑いを浮かべた。
「そうは言われても、為す術がないから何もしないんです。そりゃ何かできるならするけど、できることって何もないじゃないですか。例えば捜索するとしてどこを捜すんですか? 分からないですよね。冷たいとかそういう問題じゃないんですよ」
「ぐぬぬぬ……」
富岡は反論してこなかった。
「とりあえず斉藤梓のことはチンパンジーに捜してもらうとして、俺達はこれまで通りに活動しましょう」
用が済んだのでセントラルをあとにした。
◇
拠点の中は悲壮感が漂っていた。
人によっては差があるけれど、誰もが辛そうな顔をしている。
110人も殺したのだから無理はない。
人を撃つ行為や戦争というのは精神的に辛くなるものだ。
鍛え抜かれた軍人ですら、戦争を終えるとPTSDになりかねない。
戦争に無縁な日本人たる俺達にとってはあまりに衝撃的だった。
特にダメージを受けているのが安岐だ。
彼女はトイレに篭もっていて、中からは嘔吐く声が漏れていた。
「慧、今後もこういうのが続くの?」
自室へ向かおうとする俺に朱里が言った。
彼女はソファから立ち上がり、真っ直ぐにこちらを見ている。
「続くかどうかは相手次第だな」
「いっそのこと逃げ出すのってどうかな?」
「それは難しい。逃げた先が平和であるかは分からないし、クルーガー族が追ってくる可能性だってある」
「ならここに引きこもるのは? もうお金に困ることなんてないし、この中でずっと過ごすってのはどう?」
「それは可能だが……クルーガー族に地上を支配されたら外へ出られなくなるよ。言い換えると日本に戻ることが不可能になるってことだ」
「今だって戻れる保証なんかないじゃんか!」
朱里が目に涙を浮かべながら怒鳴った。
志穂に香奈、それに珠子がこちらに視線を向ける。
「おかしなスマホがあって、日本語の通じるチンパンジーがいて、日本語を話すのに攻撃的なクルーガー族なんてのがいて……もう何もかも意味不明だし! クルーガー族が私達のことを『異世界人』って呼んでいたけど、本当にここは異世界みたいなところだよ! こんなの地球じゃありえない! 戻るなんて絶対に無理じゃんか!」
捲し立てる朱里。
目には涙が浮かんでいた。
「たしかに朱里の言うとおり、ここは異世界みたいなところだ。でも、そうじゃない部分もある。例えばそこに映っているテレビ番組がそうだ。謎なことは多いけれど、俺はここが地球のどこかだと思っている。そして、いつかは日本に戻れると信じているんだ。だが、ここに引きこもっていてはそうもいかない」
「私も北条君と同意見なのです」と珠子
「でも、でも、もう、人を撃ちたくないよ。銃だって持ちたくないよ」
朱里はその場にへたり込んで泣きじゃくった。
傍にいた志穂が彼女の背中を優しくさする。
「慧君、銃を使わない方向で調整できないのかな?」
尋ねてきたのは香奈だ。
その発言に合わせたかの如くトイレの扉が開く。
真っ青な顔の安岐が出てきた。
彼女はよろよろとした足取りで自室へ消えていく。
扉の閉まった音を確認してから俺は香奈に返事した。
「こちらで調整することはできないかな。なにせ俺達は迎撃側だから。敵が攻めてくれば応戦するしかないし、その手段は銃しかない。ただ、俺の想定が正しければ、銃を使うのは多くてもあと2~3回で済むと思う」
「そうなの?」
「たった6人で100人以上も殺したんだぜ? それも瞬殺だ。もしも相手が撤退していなければ、その数倍は倒していた。相手からすれば、これはあまりにも驚異的だ。アサルトライフルに対する恐怖を植え付けるには十分だったはず」
「たしかに」
「しかも相手は銃が何かを知らなかった。今頃、『異世界人は未知の兵器を使ってくる』と恐れているに違いない。前のスピーカー威嚇で警告したこともあり、流石に次は易々と手出しできないはず。銃の使用はあと2~3回と言ったけど、今回が最初で最後になる可能性も十分にあると思う」
「これ以上の殺生を避けるにはどうすればいいですかな?」
今度は珠子が尋ねてきた。
「和平ですね。こちらは最初から戦う気がありません。それは相手も分かっています。ですから、相手がその気なら和平はすぐに実現します。あとはどうやって和平交渉の場を設けるかですね」
その時、俺のスマホがブルブルと震えた。
マナーモードにしていたので音は鳴らない。
誰かが俺にチャットを送ってきた。
「富岡かな?」
スマホを取り出して確認する。
相手は富岡ではなかった。
「斉藤梓だ!」
チャットの送信者は斉藤梓。
富岡のグループから失踪した1年の女子だった。
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