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038 スピーカー威嚇

「ほらー! やっぱり攻め込んできたじゃん! どうするのさ!」


 慌てふためく朱里。


「思ったより早かったな。あと数日は大丈夫だと思っていたのだが」


 俺は冷静だ。

 なぜなら既に迎撃態勢を整えているから。


「富岡先生、敵の数はどのくらいか分かりますか?」


『分からないがたくさんだ! チンパンジーは10頭いる!』


「なるほど、それはたしかにたくさんだ」


 敵の数に応じて報告に来るチンパンジーの数が増える。

 10頭は「数え切れない程に多い」という意味だ。


『北条! 助けてくれ! このままだとやられてしまう!』


「おそらく大丈夫だとは思うのですが、念の為に皆を連れて避難してください。避難先はチンパンジーが誘導してくれます」


 などと言うものの、実はどこに誘導するか分からない。

 避難先をまだ確定していないからだ。

 暫定的に南西の海にする予定だが、そのことはまだボスに伝えていない。

 まぁ問題ないだろう。ここのチンパンジーは優秀だ。


「クルーガー族を迎撃するので通話を切りますね」


 通話を終了すると食事を中断し、リビングに向かう。

 リビングの机には50万ptで購入した無線機が置いてあった。

 無駄に高い代物だが、こいつには最高の使い道がある。


「あと1日早く攻め込まれていたら間に合ってなかったな」


 俺は無線機を手に取った。


「動作確認したの?」


 志穂が尋ねてくる。


「やったよ、珠子先生と」


 答え終わると無線機のスイッチをオンにして言った。


「クルーガー族の諸君、君達の動きは監視されている。今すぐに引き返さない場合、こちらから総攻撃を仕掛けさせてもらう。これは警告だ。我々は諸君と争うつもりなどない。しかし、諸君が戦争を望むというのであれば、だまし討ちにあった同胞の仇を討たせてもらう!」


 今頃、この発言が北の森に響き渡っているはずだ。

 無線通信用のスピーカーを森の至るところに設置しておいた。

 サーマル暗視スコープで川向こうを偵察しに行く際に仕掛けたのだ。


 スピーカーは1個当たり1万ptで買える。

 妙に安く感じるのは無線機が異様に高いからだろうか。


「本当に効果あるのかな?」


 スイッチをオフにした瞬間、安岐が不安そうに言った。

 確認する手段がない以上、不安になるのは仕方ない。

 監視カメラは設置していなかった。


「おそらく効いているはずだ。これまでのクルーガー族の動向を見る限りは」


「でも、効いてなかったらやばいよねー」と香奈。


「まだ切り札が完成していませんからな!」


 珠子の言う通りだ。

 対クルーガー族用の切り札は未完成である。

 無線機のはったりが通用しない場合、状況はかなりまずい。


「ま、なるようになるだろう。この中にいればひとまず安全なわけだし、気楽に待つとしよう」


 俺達はダイニングに戻って食事を再開した。

 やはり安全が確保されているというのは大きい。

 こんな状況でも冷静さを失うことがなかった。


 しばらくして富岡から通話が掛かってきた。

 俺はスピーカーモードで応答する。


『北条、お前、何をしたんだ!?』


「何をとは?」


『クルーガー族が撤退したそうだ! お前、あの連中に勝ったのか!?』


 俺達の顔に安堵の笑みが浮かぶ。


「詳細は言えませんが色々と頑張りました」


 富岡のグループには最後まで詳細を話さない。


『凄いな! お前こそ本当の天才だ!』


 調子がいい奴だ。

 俺は「それはどうも」と苦笑いで答えた。


『俺達はこれから草原の拠点に戻る』


「分かりました。お疲れ様です」


『ところで北条、近くに保井先生はいるか?』


「安岐さんですか?」


 俺達の視線が安岐に向かう。

 安岐は困惑した様子だ。


『そ、そうだ、保井先生だ』


 富岡は俺が「安岐さん」と言う度に狼狽する。

 その様子が面白くて、つい連呼したくなった。


(どう答えたものか)


 たしかに安岐は傍にいる。

 しかし、彼女は富岡に嫌悪感を抱いているわけで。

 素直に「いますよ」と答えていいか悩んだ。


 すると、「いいよ」と安岐が耳打ちしてきた。

 俺は頷き、富岡に言う。


「安岐さんならいますよ」


『かわってくれ』


「かわりました」


 安岐が答える。

 スピーカーモードなんだけどな、と俺達は思った。


『保井先生、元気にされていますか?』


「え、ええ、まぁ、はい、元気です」


 緊張した様子の安岐。

 俺達まで緊張してきた。


『それはよかったです』


「えっと、それで、何の御用でしょうか?」


『保井先生に、その、謝りたいと思っていまして』


 安岐は何も言わない。


『ご不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございませんでした』


「いえ、過ぎたことですので。私も失礼な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした」


『保井先生、よろしければたまには顔を見せていただけませんか?』


「顔を……」


『たまにでいいですので、会ってお話をさせていただくことはできませんか?』


「それはできません」


 即答だった。


『ど、どうしても駄目ですか?』


「すみません。どうしても嫌なんです。できれば富岡先生の顔は二度と見たくないと思っています」


『そんな……』


 そりゃそうだろ、と俺達は思った。

 安岐からすれば今でも怖い相手に違いない。

 童貞の俺でもそのくらいは分かる。


「用件はそれだけですか?」


『えっ、あ、はい』


「では通話を切りますね」


『分かりました……』


 こうして通話が終了した。

 安岐が「ふぅ」と大きく息を吐く。

 俺達は口々に「お疲れ様」と労いの言葉を掛けた。


「さて、と」


 落ち着いたところで立ち上がった。


「今日はもう攻めてこないだろうから風呂に入って寝るよ」


「私も引きこもっての作業でヘトヘトなのです! 一緒に入りますか!」


 珠子が満面の笑みを浮かべながら右手を挙げる。


「わおっ、タマちゃん先生、大胆!」


 朱里が大袈裟に仰け反る。


「安岐さん、北条君がタマちゃんに取られちゃうよ!」


 香奈が安岐の脇腹を肘で小突く。

 安岐は「だから違うってば」と恥ずかしそうに首を振る。


「慧はモテモテだね」


 何食わぬ顔で立ち上がる志穂。

 それから、「ま、分からなくもないけど」と歩き出す。


「志穂、どこに行くんだ?」


「一番風呂は私がいただくねー」


 そう言って、志穂はスタスタと浴室に消えていった。


「珠子も混ぜてくだされー!」


 珠子も続く。


「上手いこと一番風呂を掻っ攫われてしまったな……」


 俺は「やれやれ」と呟き、再びソファに腰を下ろす。

 香奈と朱里が食器を洗う間、安岐と並んでテレビを観ることにした。


 お笑い番組が流れている。

 面白くはないが、日本の番組を見ていると気持ちが安らいだ。


「日本に戻れる日ってくるのかなぁ」


 ポツリと呟く安岐。

 俺はテレビを観ながら答えた。


「いずれは戻れると思うけど、それがいつになるかは分からないな。珠子先生によると頼みの綱だった無線機の改造も難しいみたいだし」


 先ほど威嚇で使った無線機だが、元々は迎撃用に買ったものではない。

 改造することで外部との接触を試みようとしたのだ。

 しかし、その試みは失敗に終わった。


「日本に戻る手段を模索する為にも、今はクルーガー族の対処が先だ」


「そうだね」


 無線の威嚇が通用するのは最初だけだ。

 何度も続ければ、相手だって警戒しなくなる。

 そうなった時、待っているのは全面対決だ。


 決戦の時は近い――。

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