037 サーマル暗視スコープ
富岡と共に草原の拠点へ移動する。
そこには怯えきった生徒連中がへたり込んでいた。
「今後は北条に従って行動する」
富岡が皆を集めて宣言した。
皆といっても、集まったのは12人だ。
前に比べたら寂しいものである。
「北条、今後の指示を頼む」
これまでとは違って素直な富岡。
もはやなりふり構っていられないのだろう。
縋れるものなら路上のウンコにすら縋る勢いだ。
「指示と言ってもこれまでと変わりない。皆には富岡先生の指示のもと、今後もここで活動してもらう」
「「「えっ……」」」
俯いていた連中が顔を上げる。
富岡も驚いていた。
「前にチンパンジーとの戦争に備えて防衛環境を整えていたよな? そこら中に穴を掘ったり、その穴に画鋲を撒いたり、そういうのをしていたはずだ。今後もその作業を継続してもらいたい。ただし、土嚢は換金するのではなく、丸太防壁の内側に積んで壁にしてくれ」
「どういうことだ? お前達の拠点に連れて行ってくれるのではないのか?」
富岡が俺を睨む。
どうやら彼は勝手に誤解していたようだ。
「そんな話、一度もしていませんよ」
「俺達は囮にされるのか……」
ヒョロガリの男子が呟く。
俺は「違う」と首を振った。
「戦闘になったら協力してもらうけど、その時は俺達も一緒だ。囮にするわけじゃない。ここの守りを強化する狙いは別にあるが、それを話すことはできない」
「どうして話せないんだ?」と富岡。
「ここにいる誰かが敵に捕まって作戦を吐かれたら台無しだからですよ。この作戦はいわば切り札。最後の最後まで残しておきたい、いや、可能であれば使いたくないものなんですよ」
「核兵器みたいなものか」
「そんなところです。もちろん核兵器ではないですけど」
「本当に信じていいんだよな……?」
「もちろんです。ですから頑張ってここの防衛を強化してください。その間にこちらはこちらで準備を進めておきます。あと、クルーガー族が川を渡るようなことがあればチンパンジーが教えてくれます。その時はこちらに通話をかけてきてください」
俺達の拠点は完全防音だ。
中にいるとチンパンジーの声が聞こえない。
だから富岡のグループには中継になってもらう。
「それではこれで」
話を切り上げて拠点を発とうとする。
「待ってくれ」
富岡が止めてきた。
「金は足りているか? 必要なら俺達の分も使ってくれていい」
「足りているとは言いがたいですが……問題ないですよ」
「問題ない?」
「不足分は数千万という額ですので」
「なにぃ!?」
「それに、先生達の所持金では大して変わりありませんから」
俺は自分のスマホを富岡に見せる。
チンパンジーの頑張りによって、所持金は100万を超えていた。
さらにリアルタイムで増え続けている。
「なんだこの額は……! それに、どうして何もしていないのに増えている……!?」
富岡や生徒達が驚愕している。
顎が外れそうな程に口を開いていた。
「先生達がかつて敵視していた動物のおかげですよ」
「チンパンジーの力……!?」
俺は小さく笑い、皆に背を向けて歩き出した。
◇
俺は北の森に来ていた。
チンパンジーに安全を確認してもらいながら川へ向かう。
茂みの向こうに川が見えたところで足を止めた。
「日中でも使えるとのことだが、その効果は果たして……!」
15万ptという大金を突っ込んで購入した物を召喚する。
サーマル暗視スコープだ。
これを装着すれば森に潜む敵の姿を捉えられる。
「見た目はただの単眼鏡だな」
効果を不安視しながらも、スコープで川向こうの森を覗く。
スコープ越しに見る景色は白黒テレビのようだ。
「俺の予想だと偵察の一人や二人は隠れていると思ったが……」
伏兵はいないようだ――と、思いきや。
「おっ」
木の上に白い塊を発見した。
スコープを外して裸眼で確認する。
一見すると何もない普通の木だ。
しかしスコープで確認すると、やはり何かある。
「これならどうだ」
スコープのモードを変更する。
白い塊だけが赤色に変わった。
さらに塊も形状を変えて、より分かりやすくなる。
「ビンゴ!」
案の定、その塊は人間だった。
迷彩服のような物で擬態化しているようだ。
「思ったより多いな」
その後もそこら中の木で人間を発見。
裸眼だと漏れなく見落とすレベルの溶け込みようだ。
「あいつらと戦うことになるのか」
相手は人を平気で殺す森の住人。
一方、こちらは人殺しと無縁の日本人。
とても勝てる気がしない。
「できれば戦いを避けたいが……あの様子だと無理だろうなぁ」
ま、いざという時は拠点に篭もればいい。
俺はそれほど怯えることもなく引き返した。
◇
「それにしても、どうしてクルーガー族は攻め込んで来ないのだろうね? 富岡のグループはもはや虫の息なんだから、サクッと根絶できるんじゃないの?」
夕食の時、朱里が不思議そうに尋ねてきた。
「たしかに不思議だよねー。チンパンジーが川向こうの森で活動するのはダメだけど、クルーガー族が一時的にこっちの森へ侵攻することは問題ないんでしょ? だったら川を渡って攻めてくればいいじゃん」
香奈が便乗する。
「警戒しているのだろう」
俺が答えた。
「警戒なんてする必要ある? 普通に戦ったらどうやったって勝てないじゃん」
朱里が言うと、香奈が「うんうん」と頷いた。
「それはこちらの戦力を知っているから言えることさ。だから曽我部達をだまし討ちで殺したんだよ。余裕で勝てると分かっているなら、わざわざだまし討ちなんてする必要ない」
「私も慧の意見に賛成」と志穂。
「阿南君を木に吊して警告してきたという点からも、こちらに対して必要以上に警戒している可能性が高いと言えるでしょう!」
珠子も同意した。
「なるほどねー。やっぱり慧は賢いなー」
朱里はあっさり納得すると、安岐が作った料理に手を伸ばす。
「そういえば探索の成果はあったか?」
朱里に尋ねる。
彼女は香奈と一緒に南の森を調べていた。
「あったけど……いやぁ、実に最悪だったよ!」
「どうした?」
「南は沼地でさー! 大きなワニとかいて危険なのよ!」
香奈が「あれは怖かったねー」と頷く。
「たしかにそれは最悪だな」
いざとなったら富岡達を南の森に避難させるつもりでいた。
だが、危険な沼地となればそうもいかない。
「富岡グループの避難先は海辺でいいか」
「ここじゃ駄目なの?」と朱里。
「駄目だ」
「なんでさ?」
「ここは6人で使う分には快適だが、人数が増えると窮屈に感じるだろう。それに、この快適な空間を富岡とシェアしたいか?」
「それは絶対に嫌だーっ!」
俺は「だろ」と笑った。
「それに富岡を受け入れたら安岐さんが出て行くぜ?」
「あっ、そっかぁ! 富岡は安岐さんのことが大好きだもんね!」
安岐が「アハハ」と苦笑い。
「かといって富岡だけ除外するのも可哀想だし、彼のグループ自体をここに入れないことにした」
朱里が「納得!」と大きく頷く。
その時、噂の富岡から通話が掛かってきた。
『チンパンジーからの合図だ! クルーガー族が川を渡って攻めてきたぞ!』
一気に緊張感が高まった。
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