035 海水浴
次の日。
トラブルは朝から起きた。
「志穂がいないな。寝坊か?」
安岐が朝食を作ったというのに、ダイニングに志穂の姿が見当たらない。
「生理なんじゃねー?」
朱里が軽い調子で言う。
「ちょい! これから朝食だってのにそういうこと言う?」
香奈が呆れたように返す。
「だって志穂って重いほうだからさぁ!」
「食欲が失せるからやめてー!」
朱里が「きゃはは」と愉快げに笑う。
「俺、起こしてくるよ。心配だし」
「北条君は優しいですねぇ!」
「おっとぉ!? 安岐ちゃんに新たなライバルの出現かー!?」
香奈がニヤニヤしながら安岐を見る。
「えー、なになに!? どゆことそれー!」
朱里が食いつく。
安岐は「違うんだってば」と顔を赤くしながら手を振る。
俺は心の中で「やれやれ」とため息をつき、志穂の部屋に向かった。
「志穂、朝だぞ」
ノックをするが応答はない。
「入って起こせー!」
バーカウンターから朱里が言ってきた。
他の女性陣も「そうしろ」と言いたげに頷いている。
「おーい、朝ご飯ができたぞ」
扉を開けて中に入る俺。
「Zzzz、Zzzz」
志穂はベッドで眠っていた。
暑かったのだろうか、上布団はベッドサイドに蹴落とされていた。
いや、それよりも。
「すごい格好だな……」
志穂の服装に目が釘付けになった。
着ているのはボタンを全開にした純白のドレスシャツのみ。
あとはパンツを水色の紐パンを穿いているだけだ。
ヘソや太もも、それに胸が丸見えだ。
「うーん……もう朝?」
志穂がゆっくりと体を起こし、寝ぼけ眼をこすりながらこちらを見つめる。
「朝食の準備も済んでいるよ」
「そっかぁ」
志穂の話し方はいつもより甘えた感じだ。
寝起きだからだろうか。
「それにしても寝坊とは珍しいな。体調が優れないのか?」
「んーんー、大丈夫だよぉ、なんか寝付きが悪かっただけぇ」
「ならいいけど。じゃ、俺は先に戻ってるぜ」
「ふぁーい」
俺は志野の部屋を出て、その足で自分の部屋に向かう。
「慧、なんで自分の部屋に行くんだー?」
朱里が声を掛けてくる。
「ちょっとな」
理由は言わない。
言えるはずがなかった。
俺は部屋に入るなり祖母の笑顔をイメージする。
……ふぅ、危なかったぜ。
◇
朝食が済むと海に行く――が、その前に。
「出入口を増設しよう」
俺が提案した。
拠点タブの機能で出入口を増やすことができる。
かねてよりそれを使ってみたいと思っていた。
「賛成。お金に余裕があるし」
志穂が言う。
寝起きの甘えた話し方ではなくなっていた。
「では早速」
俺は拠点タブにある『出入口の新設』をタップする。
すると、画面に衛星写真のようなマップが表示された。
ちょうど真ん中に拠点の入口こと鉄板が映っている。
縮尺は大きなほうで、それほど遠くまで見えない。
珠子が発見した南西の海も見えなかった。
つまり画面が森で埋め尽くされているということ。
マップにはいくつかの光る点がある。
どうやらその点に出入口を設置できるようだ。
「草原にも出入口が設置できるんだね」
志穂の言う通り。
出入口の候補には草原も含まれていた。
飛行機の墜落現場であり、富岡達の拠点がある場所だ。
「どこがいいかな」
「せっかくなので海に最も近い場所にしてはいかがですかな?」
珠子が「つまりここです!」と画面の左下にある点を指した。
「それいいねー! 海が近かったら気楽に行けるし! さすがタマちゃん、天才!」
香奈が拍手する。
珠子は「でしょでしょー!」と上機嫌。
他の女性陣も珠子の案に賛成している。
「なら新たな出入口はここにするか」
ということで、拠点の南西に出入口を新設する。
次の瞬間、梯子のあるフロアが拡張された。
新たに奥行きが追加されたのだ。
追加された奥行きの壁には両開きの門扉がある。
どうやらそれが出入口になるようだ。
「いざ出陣!」
珠子が真っ先にその扉へ向かう。
俺達もそれに続いた。
ウィーン!
珠子の接近を感知して扉が開く。
ありがたいことに自動ドアだ。
「すげぇな。本当に拠点の遥か南西に出ているぞ」
扉から出てすぐに場所が分かった。
前方に薄らと海が見えたからだ。
そうでなければ迷子になっていたかもしれない。
周囲には特徴のない木々が生い茂っているだけだから。
「どうなっているんだろうね?」
志穂が不思議そうに振り返る。
そこには崖があった。
扉は崖にめり込むようにして付いている。
「どうなっているって?」
朱里が首を傾げる。
「距離よ。ここから梯子のある拠点の入口まで数キロメートルは離れているでしょ? なのに拠点の出入口はすごく近い。梯子とそこの自動ドアの距離はたかだか数メートルよ。どう考えても合わないでしょ?」
「あーたしかに!」
朱里が納得する。
「拠点が異次元空間にあるんでしょ!」
香奈がテキトーに言った。
「考えるだけ無駄だし、香奈さんの説で強引に納得するしかない」
俺は話を切り上げ、前方を指した。
「それより海を満喫しようぜ!」
「「「おおー!」」」
皆で海に向かって駆け出した。
◇
「海サイコー!」
「もう少し暖かいともっといいんだけどねー!」
朱里と香奈が砂辺を走り回っている。
「皆さん美しいですなぁ! 鼻血が出そうですぞ!」
「環先生もよく似合っていますよ」
「立派な胸をお持ちの珠子であった!」
珠子と安岐は砂遊びをしている。
えらく本格的な城を建設しているようだ。
「海にいると色々と忘れられるな」
「だねー」
俺と志穂はビーチチェアでくつろいでいた。
二人の間にはビーチパラソルを突き立てられている。
雰囲気を出す為にトロピカルジュースも用意しておいた。
「慧って、えらくダボダボの海パンを穿くんだね」
志穂が俺の海パンに目を向ける。
そう言う彼女は真っ白のビキニでビシッと決めていた。
大きな胸がしっかり強調されていい感じだ。
「ゆったりしているほうが好きでね」
嘘である。
本当はピチピチの海パンを穿けないからだ。
ダボダボでないとシルエットが浮かび上がる。
色々とよろしくないわけだ。
「ウキッキィ!」
「キッキキィ!」
俺達の背後にある森ではチンパンジーが作業をしている。
今日も元気にシャベルで土を掘り起こしていた。
こいつらは森の中だと場所を問わずに出没する。
黙って海へ来たのに、バレるまで数分とかからなかった。
おかげさまで今もお金がもりもり入っている。
「今のペースでお金が貯まり続けるなら、原住民と交流する必要はないかもね」
志穂がトロピカルジュースを飲みながら言う。
俺は「たしかにな」と頷いた。
「知ってるか? 無線機が売ってるんだぜ。50万くらいするけど」
俺はスマホを取り出し、無線機の販売画面を開いて志穂に見せる。
「これで救助要請できるじゃん」
「それがそうもいかないみたいだ」
「なんで?」
「商品説明に『島の中でしか使えない』と書いてある。おそらく島というのはこの場所のことだろう」
「なるほど、じゃあ駄目かー」
「でも、珠子先生なら無線機を改造できるんじゃないか、と俺は思うわけだ」
「珠子先生ならできそう」
「だろ? だからお金に余裕ができたら無線機の改造に挑戦するのはアリだと思う。もし上手くいけば、志穂の言う通り原住民と交流しないで済む」
「そういえば、曽我部が原住民と交流に行ったんだっけ?」
志穂に言われて思いだした。
曽我部という眼鏡マンの存在に。
「結局、原住民と接触することに成功したのかな? あいつ天才らしいし、無線機を改造するのに貢献してくれそうな気がするな」
「連絡してみたらどう?」
「そうしよう」
俺は〈チャット〉を開き、曽我部にメッセージを送ろうとした。
その時になってようやく気づく。
「おいおい……マジか……」
「なに? どうしたの?」
「曽我部がリストにいないぞ」
「えっ」
チャットを送信できる相手の中に曽我部の名がなかった。
他にも30人近い男子や教頭先生の名が消えている。
「これって……」
志穂の顔が青ざめていく。
俺は「間違いない」と断言する。
「あいつら、原住民に殺されたんだ!」
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