034 チンパンジーの労働者
チンパンジーが土を掘ることでお金が貯まる。
そのお金でシャベルを買い、別のチンパンジーに渡す。
ひたすらにこれを繰り返した。
結果、チンパンジーの労働者が爆発的に増加。
夕暮れ時になると、その数は100頭を優に超えていた。
「恐ろしい稼ぎだな……」
拠点の入口前で呟く俺。
スマホに映る所持金が凄まじい勢いで増え続けている。
もはやバグっているようにしか見えなかった。
しかも今は土嚢を作っていない。
土がなくなったら困るので、掘った土は戻しているのだ。
それでも問題ない、いや、想像を遥かに凌駕する稼ぎだった。
「ウキッ、キィ!」
「キッキィ!」
俺のすぐ傍で、チンパンジーの労働者が報酬を受け取っている。
しっかり3列に並び、各々が望む報酬を貰っていく。
労働者に報酬を渡しているのもチンパンジーだ。
背後に積まれた報酬から、労働者が希望する物を渡している。
労働者とは別に雇わせてもらった。
(人間社会ではありえない光景だな)
チンパンジーの労働体系は信頼で成り立っている。
誰がどれだけ働いたかなど、いちいち測定していないのだ。
もっと言えば、そもそも誰が働いたかということも調べていない。
嘘をつけば働かずして報酬を得ることができるのだ。
それなのに、チンパンジーたちはきちんと働いていた。
「慧、早く下りてこいよー」
鉄板が開き、足下から朱里が顔を覗かせる。
俺以外のメンバーは既に作業を切り上げ、拠点の中でくつろいでいた。
「もう少しチンパンジーの様子を眺めてから戻るよ」
「ほいほーい」
朱里は拠点の中に戻り、鉄板を閉めた。
「あのままだと雨ざらしになっちまうな」
報酬は剥き出しのまま積まれている。
そのままにしておくのはよろしくない。
「これでよしっと」
ビニールシートを掛けておいた。
シートの正確な額は覚えていない。
今の俺には、あまりにも安すぎた。
ブォォォーン!
ブォォォーン!
ブォォォーン!
そろそろ拠点に戻ろうかという時。
そこら中から重低音が響いてきた。
チンパンジーの仕業だ。
愉快げに角笛を吹いている。
「うるせぇ」
南アフリカの民族楽器〈ブブゼラ〉を彷彿させる。
俺は逃げるように拠点の中へ入った。
拠点の中は完全防音らしく、鉄板を閉めると音が消えた。
◇
夕食では俺が主役になった。
大量のチンパンジーを使った超効率の金策。
5人の女性陣はそれを絶賛し、そしてご褒美に全員でお風呂に入る。
――とはならなかった。
「海!? まじでぇ!」
「まじなのです!」
俺の話は早々に終わり、話題の中心人物は珠子に移った。
「ただ残念なことに海の向こうには何も見えなかったのです!」
珠子は海を発見した。
ここから南西に進んで森を抜けるとあるそうだ。
「でもでも、海があるなら船を造って帰れるんじゃ!?」
朱里がパスタをフォークでクルクルしながら声を弾ませた。
彼女の隣に座っている香奈が「名案じゃん」と賛同する。
「それは難しいでしょう!」
カウンターテーブルの向こうに立っている珠子が言う。
彼女は眉間に皺を寄せ、視線を自分のパスタに向ける。
そして、箸を使ってパスタを豪快に掻き込んだ。
安岐が作ったボンゴレビアンコなるオシャレなパスタが一瞬で消える。
質より量を求める運動部の男子みたいな食いっぷりだ。
「目的地が定かでない以上、海に出るのは危険なのです!」
「ですねー」と志穂が同意した。
「そういえば南や東って未開拓のままだったな」
北の森を抜けると川があり、川の向こうには原住民がいる。
周辺の地理で分かっていることはそれだけだった。
「北条君のおかげでお金には困らなくなりそうなので、頃合いを見て周辺を探検するのはありかもしれませんな!」
「賛成! 釣りはもう飽きたし!」
香奈の発言に対し、朱里は「えー」と頬を膨らました。
どうやら彼女はまだ釣りに夢中のようだ。
「とりあえず海は見ておきたいな。緑ばかりで飽き飽きしていたところだ。危険がなければ海水浴を楽しむのもアリだろう」
「いいですねぇ、海水浴! 水着も買わないとですな!?」
「なら明日は朝食が済んだら海に行こう」
◇
入浴が済んだ俺は、リビングでテレビを観ていた。
腕を伸ばし、股を開いて、革張りのソファを独り占めする。
『東京都で200人を超える感染が確認――』
中途半端な時間帯だからか、どのチャンネルもニュースが流れている。
揃いも揃って世界中で流行している感染症の話だ。
「その感染症、凄いらしいね」
安岐がやってきた。
彼女は何食わぬ顔で俺の隣に座る。
俺は股を閉じ、両手を膝の上に置いた。
「そんなに慌てて姿勢を正さなくていいのに」
クスクスと笑う安岐。
「脚はともかく腕は伸ばしたままだとまずいでしょ」
「えー、なんで?」
「だって安岐さんの肩に腕を回してるみたいじゃん」
「恋人っぽいから嫌ってことね」
「嫌ではないけど、周りに誤解されそうだなって」
安岐は「あはは」と笑い、こちらに体を倒してくる。
彼女の頭が俺の右肩に当たった。
「これでもう傍からは恋人にしか見えないね」
「安岐さん、俺が彼女いない歴イコール年齢だからってからかってるだろ」
「さて、どうでしょう?」
「やれやれ」
俺は苦笑いを浮かべ、何食わぬ顔でズボンに目を向ける。
(ギリギリセーフだな……)
珠子との混浴によって、多少は理性が培われたようだ。
墜落する前なら、今のシチュエーションだけでもアウトだった。
とはいえ、このままではまずい。
これ以上、現状に意識を割くわけにはいかない。
俺は話題を変えることにした。
「安岐さんがこちら側についてくれて助かったよ」
「そう? 何も役に立てていないけど」
「いやいや、いつも美味しい料理を作ってくれるじゃん」
「あはは」
「それになにより、安岐さんは医療の心得があるからね」
俺はテレビを指した。
相変わらず感染症の話が取り上げられている。
「ああいう感染症にかかったり、風邪をひいたり、崖から落ちて骨折したり、何かしらのトラブルが起きてもおかしくないと思うんだ。そんな時、日本だったら病院に行けばいいけど、ここではそうもいかない。だから、保健教諭の安岐さんが仲間にいるのはとても心強いよ」
安岐は笑みを浮かべ、「そっか」と呟いた。
そして、先ほどよりも俺に体重をかけてくる。
「人から必要にされると嬉しいもんだね。保健の先生になってよかったなぁ」
目を瞑る安岐。
俺は無意識に彼女の頭を撫でそうになった。
しかし、第三者の視線に気がついて手が止まる。
「おーおー、お熱いことで」
「いいですねぇ! 青春!」
珠子と香奈がバーカウンターから俺達を見てニヤニヤしている。
安岐もそれに気づいたようで、たちまち顔面が真っ赤に染まっていく。
「あ、ご、ごめん、ちょっと甘えすぎたね、私、寝るよ」
「えっ、あ、安岐さん」
そそくさと自分の部屋に逃げ込んでいく安岐。
彼女の部屋の扉が音を立てて閉まった後、俺は香奈と珠子を見た。
二人は「やべぇことしちゃった」と言いたげな顔で俺を見ている。
「一つ言っておく」
俺は立ち上がり、二人に近づきながら言った。
「俺と安岐さんはそういう関係じゃないからな!」
「「…………」」
二人は何も答えない。
「じゃ、おやすみ!」
俺は大股で自分の部屋に向かう。
「青春してますねぇ! 北条君!」
「ちょっといい感じだったぞー!」
珠子と香奈がからかってくる。
「だからちげぇって!」
扉を激しく閉める。
「ちょっといい感じだった……か」
大きく息を吐いた後、小さくニタァと笑った。
我ながら残念な男だなぁ。
――この時、俺は大事なことを見落としていた。
それに気がつくのは、もう少し後のことだった。
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