003 電話帳の仕様
自分のスマホとは思えない程に電話帳が充実していた。
「おかしいな、電話帳には両親しか登録されてないはずなのに」
「両親だけ!? 悲しすぎでしょ!」
朱里は笑いながら手の甲で俺の胸を優しく叩いた。
「だ、だって、普通はラインでやりとりするじゃんか」
ラインはチャットや通話を行えるアプリだ。
昔と違って、今時の連絡は全てラインで完結している。
「そっかー! それもそうだよね!」
朱里は自分の額を掌でベシッと叩く。
(ま、ラインも10人ほどしか登録されていないんだがな……)
俺は引きつった笑いで「そういうこと」と頷いた。
志穂は「ふーん」と無表情で俺の顔を眺める。
見透かされているに違いないと思った。
「北条君って、下の名前は……ケイって読むのかな? それともスイ?」
「慧だよ。慧眼のケイ。彗星のスイと似ているからよく間違われる」
「だよね、正解でよかった」
「どうして俺の名前を知っているの?」
「本当だよ! どうして慧のこと知ってるの!?」
俺の質問に朱里が便乗する。
さりげなく俺のことを下の名で呼んでいた。
「実は私のスマホのリストに登録されているんだよね」
志穂が俺達にスマホを見せる。
リストの内容は俺と酷似していた。
違いは志穂の代わりに俺の名前が登録されていることだ。
「えー、どゆこと!?」
朱里が首を傾げている。
志穂は「さぁ」と首を振った。
「このリスト……もしかして……」
「何か分かったの?」
「たぶんだけど、この場の生存者が登録されているんじゃないか?」
眺めていてピンときた。
すぐに分かったのは、リストに三上香奈の名があったからだ。
客室乗務員である彼女のことなど、本来であれば知る由もない。
「富岡先生の名前もあるし、慧の読みは当たりみたいだね」
志穂も当たり前のように下の名で呼んでいる。
それに俺が驚いていると、朱里と志穂が「どうしたの?」と見てきた。
「さらりと下の名で呼ぶんだなと思って」
「嫌だった?」と志穂。
「いや、別にかまわないよ」
「だったらうちらのことも名前で呼んでよ! 私は朱里! で、彼女は志穂ね!」
「そういえば名乗っていなかったわね」
俺は「分かった」と頷き、ちらりと後ろを見る。
いつの間にか、富岡の周りには他の教師も集まっていた。
教師の数は富岡を含めて4人。
電話帳によるとあと1人いるはずだ。
国語教師の中村が。
(中村先生は……いたいた)
中村は重傷者に交じっていた。
頭に窓ガラスの破片が突き刺さっている。
顔面は赤黒い血がこびりついていた。
全身には火傷の跡が見られる。
意識を失っているし、そう長くはもたないだ――。
「あっ」
「どうしたの?」
「中村先生が死んだ」
「「えっ」」
朱里と志穂が中村を見る。
遠くから見る中村の様子はこれまでと変わりない。
それでも俺には死んだことが分かった。
「なんで死んだって分かるの?」と志穂。
「リストから中村先生の名が消えたんだ」
スマホに目を落とした瞬間だった。
表示されていた中村の名がポッと消えたのだ。
朱里と志穂もスマホを確認し、「本当だ」と呟く。
「やはりこのリストには生存者の名前が載っているんだ」
そう確信した。
◇
教師たちがアレコレ議論している。
彼らのスマホも俺たちと同じ状態だったのだ。
リストの人間以外に通話をかけることができない。
教師が結論を出すまでの間、俺は周辺を散策した。
周辺といっても草原の上に限られていて、木々の手前で足を止める。
森に入ると迷いそうな気がした。
『もしもーし、慧、聞こえてるー?』
スマホから朱里の声が聞こえてくる。
彼女は〈通話〉を使って俺に話しかけてきていた。
志穂は他の項目を触って仕様を調べている。
「聞こえてるよ」
スマホを耳に当てて返事する。
まさか藤山朱里と通話する日がくるとはな。
今までは高嶺の花の更に高みにある花のような存在だったのに。
『なにか見えるー?』
「いや、特に何も。かなり深い森のようだ」
森の中は日中なのに薄暗い。
それだけ木々が生い茂っているのだ。
『ほんとにー? 動物とかいないのー?』
「動物はいるよ。遠くに猿が見える。いや、違うな、チンパンジーだ。どうやらこの森にはチンパンジーがたくさん棲息しているらしい」
そこら中の木にチンパンジーが見えた。
チンパンジーたちは樹上からこちらを眺めている。
警戒しているようだ。
『バナナをあげて仲良くなろうよ!』
「バナナなんか持ってないよ」
『あるんだなぁ、それが!』
「どこに?」
『ここに!』
俺は振り返って朱里を見る。
朱里は綺麗な黄色のバナナを掲げていた。
「どうしたんだ、そのバナナ」
『買った! 志穂が!』
「買った!?」
志穂が朱里の手からスマホを奪う。
『説明するから戻ってきてもらえる?』
「分かった」
俺は駆け足で朱里たちのもとへ向かった。
お読みくださりありがとうございます。
評価・ブックマーク等で応援していただけると励みになります。
楽しんで頂けた方は是非……!