029 原住民
川向こうの森から現れたのはスキンヘッドの大柄な男だった。
顔には白い粉による戦化粧が施されていて、肌は俺達より日焼けしている。
目つきは怖いほどに鋭く、ゲームに出てきそうな革の鎧を纏っている。
腰に大きな刃が特徴的な手斧を装備しており、一目でヤバい奴だと分かった。
男は猫車を持ち、静かに森の中へ消えていく。
茂みから覗いている俺達には気づかなかったようだ。
「慧君、あの人、日本人かな?」
安岐が不安そうな顔で尋ねてくる。
「安岐さんにもそう見えた? 実は俺もなんだよね」
男の顔を見て「日本人なのでは?」と思った。
スキンヘッドということもあって確証はない。
「日本の番組がやってるし、ここって本当に日本じゃないのかな?」
「ありえるが……日本人があんな格好をするかなぁ」
男は顔こそ日本人に見えたが、格好には日本らしさがなかった。
秘境の地で活動している部族という感じだった。
「なんにせよ人を発見できたのはラッキーじゃない? 話しかけたら電話を貸してもらえるかも。そうすれば、ここがどこであったとしても日本に帰れるよ!」
安岐が声を弾ませる。
しかし俺は「うーん」とネガティブな反応を示した。
「話しかけるのは躊躇うなぁ」
「言葉が通じないかもしれないから?」
「それもあるけど、何より危険だと思うんだよね」
「危険?」
「おそらくだけど……」
俺は真剣な表情で安岐の顔を見て言った。
「阿南を殺したの、さっきの奴かその仲間だぜ」
「本当に?」
「俺の勘だが、まず間違いないだろう」
この考えには確信に近い自信があった。
「チンパンジーが阿南を殺していないのはほぼ確実だ。ボスは否定していたし、そもそも首を吊らせる必要がない。殺すなら投石で済んでいた。かといって、阿南が自殺したというのもやはり考えにくい。これが俺の考えだっただろ?」
「うん」
「すると阿南はチンパンジー以外の者に殺されたわけだ」
「それがさっきの人ってこと?」
「そう考えると筋が通る。阿南は北に向かって歩いていたし、川を渡ろうとして殺された可能性が高い。おそらくあの川が境界線になっているんだ。さっきの人間が属するグループとチンパンジーの縄張りを分けている」
先ほどの猫車は明らかに献上品だった。
まるで属国から宗主国に対して物を贈るかのようだった。
「じゃ、じゃあ、話しかけると私達も阿南君みたいに……」
「その可能性は高い」
安岐が「ヒィッ」と体を震わせた。
「とはいえ、知らぬ存ぜぬで通し続けるわけにもいかないだろう。いつかは接触を試みる必要がある。超常的なスマホの機能や拠点がいつまで使えるか分からないし、救助を要請できる確率が少しでも上がるなら賭けてみないとね」
俺は一歩下がって西南を指す。
「とりあえず今は戻ろう。皆にさっきの男について報告した後、ボスに何か知らないか尋ねよう」
安岐がこくりと頷く。
俺は彼女と共にその場を離れた。
◇
拠点に向かう途中で川に立ち寄った。
西の森にある小さな川だ。
そこでは朱里と香奈が釣りに明け暮れていた。
「おっ、慧じゃん! 安岐先生も!」
「全然釣れないんだけどー! 慧君、コツとかないのー?」
二人の横にバケツが置いてある。
そこに釣った魚を入れるようだ。
どちらも2匹しか入っていなかった。
彼女らの近くでチンパンジーたちも釣りを堪能している。
見た目は様になっているものの、釣れそうな気配がしない。
朱里と香奈の真似をして楽しんでいるようだ。
「釣った魚の種類や大きさによって得られる報酬が異なるみたい。今のところは2,000~4,000ptだね。全然釣れないから効率は最悪だよ」
そう言ったのは志穂だ。
彼女は近くの土を掘り起こしては台形に固めていた。
釣りをするチンパンジーにイスを作ってやっているようだ。
「志穂、そのシャベルは?」
彼女の持っているシャベルがいつもと違っていた。
「気づいた?」
志穂が「ふふ」と笑い、そのシャベルの名を言った。
「試しに買ってみたの――〈りっぱなシャベル〉を」
「やはりそうだったか!」
ツールには三段階のグレードが存在する。
下から順に、ふつう、りっぱ、すごい、だ。
グレードに比例して稼ぐ効率も向上する。
「どう? 使ってみた感じは」
「重さとか使用感は〈ふつうのシャベル〉と全く同じ。ただ、稼げる額はふつうに比べて格段に上がっているね。ふつうは一振りで10~70ptを稼げていたのに対し、りっぱは20~110みたい。平均するとふつうの1.5倍は稼げるかな」
「ふつうの1.5倍……1時間で3万半ばから4万ほど稼げる感じか」
「そういうこと。〈りっぱなシャベル〉は10万ptと高いけれど、長期的に使うことを考えたら買って損はないと思う」
「たしかにその通りだ。とはいえ、10万の出費は大きいな」
俺達の所持金はそれほど多くない。
朝食時に確認したが、6人全員で15万pt程だった。
そこから10万でシャベルを買うというのは結構な思い切りだ。
「なー、慧も釣りしようよー!」
朱里がこちらに背中を向けたまま言う。
「そうしたいところなんだが、その前に話がある。緊急事態が発生したんだ」
「緊急事態?」
朱里が釣りを止めてこちらを見る。
香奈もそれに続いた。
「俺達のような飛行機に乗っていた連中以外にも人間がいると分かった。言うなれば原住民にあたる存在を目撃したんだ」
「それ、本当なの!?」
珍しく声を荒らげる志穂。
「本当さ。俺と安岐さんの両方が見たから間違いない。詳しいことは珠子先生が来てからにしよう」
そう言って俺は朱里の手から釣り竿を奪い、川辺に腰を下ろした。
「朱里、珠子先生を呼んでくれ。俺はお言葉に甘えて釣りをさせてもらうよ」
「ちょー! 私だって釣りしたいのに!」
ぶーぶー言いつつ、朱里は珠子にチャットを飛ばすのだった。
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