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028 猫車の尾行

「こうして二人で歩くの、初めてだよね」


 無言で森を歩いていると、安岐が話しかけてきた。

 俺は「たしかに」と同意する。


「安岐さんってかなり若いし、生徒と教師って感じじゃないね」


 安岐は21歳。

 その年齢で先生になれるのか、と驚いた記憶がある。


「白衣を着ていないのも大きいかも」


「それはあるなぁ。昨日までずっと白衣だったし」


 白衣は洗濯中とのこと。

 予備を買う気はないようだ。


「慧君って、彼女とかいないの?」


「彼女? いるわけない」


 思わず鼻で笑ってしまった。


「へぇー意外」


「意外かなぁ」


「リーダーシップを発揮しているし、雰囲気だって悪くないじゃない?」


「どうだろう」と照れる俺。


「彼女がほしいと思ったことは?」


「そりゃ年がら年中思っているよ」


「だったらすぐにできそうじゃん」


「それができないんだなぁ」


「やっぱり……髪型のせいなのかな?」


 安岐が俺の髪を見る。


「そんなに変な髪型かな?」


 俺は自分の髪をクシャクシャとした。


「ううん、私はいいと思うよ。男らしさのある短髪だし。でも、今はキノコみたいな髪型が人気なんでしょ? マッシュってやつ」


「まぁね」


 モテる男子がこぞってやる髪型、それがマッシュだ。

 俺はナヨナヨした感じがして好きになれない。

 そう感じるのは親の影響が強いのだろう。


 両親――主に父親がマッシュに反対していた。

 あんな髪型にしたら家から追い出すとまで言われたほどだ。


「安岐さんはどうなの? 彼氏とかいるんじゃない?」


「それがいないんだなぁ」


 安岐が笑いながら俺の口調を真似する。


「でも一度や二度はできたことあるでしょ? 俺と違って」


「さぁ?」とニヤける安岐。


「安岐さんって、わりと人見知り?」


 話を変えることにした。


「そうでもないと思うけど……どうしてそう感じたの?」


「皆といる時より口数が多いから」


 安岐が「あー」と納得する。


「人見知りってわけじゃないんだけど、多人数が苦手なんだよね。三人以上になるとさ、どうやって会話に参加したらいいか分からないの。だから口数が減ってしまう」


「なるほど」


 安岐に対する理解度が高まった。

 その時、子供のチンパンジーが群れで囲んできた。


「ウキッキィ!」


「キッキキィ!」


 食べ物をねだっている。


「ちょっと休憩してバナナをあげよう」


「うん!」


 俺達は互いにバナナを召喚して、手渡しでプレゼントする。

 安岐はバナナを渡した後、チンパンジーの頭を撫でていた。

 動物好きであることがよく分かる。


「俺より安岐さんのほうが人気のようだ」


「私、動物にはモテモテなんだよね」


 あはは、と嬉しそうに笑う安岐。


(安岐さんなら人間からもモテそうだけどな)


 そんなことを思う俺であった。


 ◇


 阿南の首吊り現場に到着した。


「すごい臭いだ……」


「腐敗が進行して酷い状態だね。それでも、食べられていないだけマシなのかな」


 阿南の死体には手が付けられていなかった。

 真っ青になった死体からは吐き気を催す臭いが漂っている。

 一秒でも早く換金したかった。


「私が送ってもいいかな?」


 送るとは換金のことだ。


「いいよ。今回も体を拭くの?」


「うん」


「なら下ろすのを手伝うよ」


「ありがとう」


 安岐と協力して阿南の死体を地面に横たわらせる。

 作業中は臭すぎて鼻がひん曲がりそうになった。


 安岐は阿南を裸にして、全身を濡れた布で拭いていく。

 この時の為に購入した布だ。


 綺麗に拭き終わると、阿南の青白い頬を優しく撫でる。

 そして、「安らかに」と呟いて換金した。

 ついでに阿南の服もお金に換える。


「待たせてごめんね」


「それはかまわないけど……安岐さんって、どうして死者の換金を『送る』と言ったり、丁寧に体を拭いてから換金したりするの?」


 先程まで阿南の死体があった場所を見ながら尋ねる。

 前に二人の生徒を換金した時も、安岐は同様の対応をしていた。


「死んだからってぞんざいに扱うのはどうかと思うんだよね。死んだほうからすれば変わらないって言えばそれまでなんだけど。気持ちの問題かな」


「そうなんだ」


「慧君はあまりそういうことを考えないタイプだよね」


「冷たい人間だからね」


「冷たいとは思わないよ。リアリストだとは思うけど」


「物は言いようだ」


 俺達は会話を切り上げて帰路に就く。

 だがその時、視界の隅に意外なものを捉えた。


「安岐さん、あそこ」


 俺は遠くに見えるそれを指す。


「チンパンジーが猫車を押している……!?」


「そうだけど……猫車って言うんだね、アレ」


「たぶんね」


 工事現場でよく見る手押しの一輪車。

 それをチンパンジーが押していた。

 大人のチンパンジーだ。


 猫車には色々な果物が積まれている。

 どれも取れたてで美味しそうだ。


「ボスにあげるのかな?」


 安岐が尋ねてくる。


「たぶんそうだろう。追いかけてみるか」


「そんなことして大丈夫?」


「大丈夫じゃなかったら途中で他のチンパンジーが止めてくるさ」


「たしかに」


 周囲には大量のチンパンジーが棲息している。

 こいつらの目を掻い潜って尾行することなど不可能だ。

 だから遠慮することなく、猫車を押すチンパンジーを追いかけた。


「この方角は……」


 いつの間にか周囲から他のチンパンジーが消えている。

 それだけで分かったが、念の為にコンパスを確認しておく。

 やはり北へ向かっていた。


「何かあるの?」


「川だ。もうじき川が見えてくるはず」


 案の定、ほどなくして川に到着した。

 幅数十メートル級の大きな川だ。


「こんなところに川があったんだ? よく知っていたね」


「前に朱里達と来たんだ」


 俺は「それより見てくれ」とチンパンジーを指す。


「どうやらあの果物はボスとは違う相手に献上するようだ」


 チンパンジーは川を渡り始めた。

 猫車がガコンガコンと揺れているが気にしていない様子。


「あっ、置いた」


「あそこがゴールのようだな」


 川を渡りきったところでチンパンジーが止まった。

 猫車から手を離す。


「ウォッ! ウォッ! キィィィィ! キッ!」


 何度か大きな声で鳴いた後、逃げるように戻ってくる。

 素早く川を渡ったら、そのまま森の中へ消えていった。


「あの猫車はそのままにしておくのか?」


「誰か取りに来るのかな?」


 茂みの中から運び手不在の猫車を眺める俺達。

 しばらくは何の変化もなかった。


「このまま何も起きないのかな?」


 と、俺がしびれを切らし始めた瞬間。

 猫車の向こうに見える茂みがカサカサと揺れた。

 そして、予想だにしない者が現れた。


「慧君、あれって……」


「どこからどう見ても――人間だ」


 茂みから現れた謎の存在。

 それは紛れもなく人間だったのだ。

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