025 珠子の提案、香奈の本性
珠子の提案、それは――。
「敬語を廃止しましょう!」
とのことだった。
俺達は揃って首を傾げる。
「あれ? 敬語が何か分かりませんかな!?」
「い、いや、それは分かりますが……」
「では廃止しましょう!」
「えっと……それが環先生の重大な提案ですか?」
「そうです!」
珠子が力強い口調で断言する。
「正しくは敬語の廃止ではなく、上下関係を廃止するべきだと思うのですよ! この私、環珠子25歳は!」
「上下関係? 教師と生徒みたいな?」
俺の発言に「そうです、そうです」と珠子が頷く。
「ここは学校とは違いますし、既存の社会とも大きく異なっています。ここでは完全に平等なのです! 教師や生徒、それに客室乗務員という肩書きは存在しません!」
「その言い分は分かるのですが……呼び捨ては気が引けるかも」
志穂が言った。
「タマちゃん先生はともかく、保井先生や三上さんに馴れ馴れしく話すのは難しいよねー!」
と朱里も同意する。
「別に無理して馴れ馴れしく話す必要はないのです! 私はこれからもこういった話し方ですし、皆さんのことも敬称を付けて呼ぶでしょう! それが話しやすいからです! 皆さんも話しやすいように話すといいと思うのです! ただ、認識を改めませんか、という話なのです!」
さらに珠子は「少し分かりにくかったですかな!」と言って話を続ける。
「どうしてこういう提案をしたかと言いますと、私は北条君がグループのリーダーとして適任だと考えているからなのです!」
「えっ? 俺?」
「そうです! 唯一の男子だからという理由ではなく、これまでの行動から適任だと思うのです! 保井先生や三上さんが草原の拠点から離脱しようと判断できたのも、北条君に頼もしさを感じたからではありませんかな?」
安岐と香奈は「たしかに」と同意する。
「ですが北条君は高校2年生! しかも、この中では最年少になります! これまでのように上下関係が存在している場合、それが原因で適切な判断ができないかもしれません! はたまた、若いことが理由で不要なトラブルが生じる可能性もあります! もっとも、この中に富岡先生のような方はおられないわけですがな!」
「そういうことかー! なら私は賛成!」
「環先生はよく考えていますね。いいと思いますよ、私も」
朱里と志穂が賛同する。
「この際だから北条君をリーダーとして明言しておくほうがいいでしょうね。ということで、私も環先生の案を支持します」
安岐が続く。
「私も皆様と同意見です」
最後に香奈も賛成票を投じる。
「北条君はいかがですか? 前にリーダーは柄じゃないと言っていましたが」
珠子が俺に向かって微笑む。
「今でも柄じゃないとは思っているけど――」
俺は立ち上がり、右手を胸に当てて言った。
「皆にそう言ってもらえるなら、リーダーとして頑張ろうと思う」
この時をもって、俺はこのグループのリーダーに決定するのだった。
――――……。
「ところで」
おもむろに口を開いたのは香奈だ。
「環先生の案を採用するということで、今後は上下関係を廃止するのですよね?」
「俺はそのつもりだったけど……」
「だったら無理して敬語を使う必要もありませんか?」
「ええ、まぁ、必要に応じてくだけた感じで話してもらえれば」
そう俺が答えた瞬間。
「よかったぁぁぁぁぁ! はぁぁー! 疲れたぁぁぁぁぁ!」
香奈が豹変した。
両足を前に伸ばし、背中をソファにもたれさせる。
背筋を伸ばして綺麗な姿勢で座っていた人間とは思えない。
「いやぁ、実は私、かなり無理していたんだよね。こんな事態に陥ってもCAとして振る舞い続けるしかないのかって。そもそも私、新卒なんですよ、新卒。ようやく社内研修が終わったってところ。なのにさー、まじでもう、はぁー疲れた!」
途端に捲し立てる香奈。
「せっかくだし乾杯しない!? さっきカウンターの下に冷蔵庫があって、そこにオレンジジュースが入っていたよ! 私がバーテンやるんで、皆でパーッと乾杯しましょ! しましょ!? しましょう!」
唖然とする俺達をよそに香奈はウキウキだ。
これが本来の彼女なのだろう。
「いいですねぇ! 乾杯しましょうか! リーダーはどう思いますかな!?」
「いいんじゃないかな」
そんなわけで、俺達は隣のダイニングに移動した。
カウンター席に腰を下ろす。
「実は学生の頃、バーでバイトしていたんだよね」
そう言って香奈が何やら作り始めた。
冷蔵庫から取り出したオレンジジュースのボトルをシェイカーに注ぐ。
さらにそこへ透明の液体を混ぜて、シェイカーを激しく振り始めた。
バーで働いていたと豪語するだけあって手慣れている。
シャカシャカ、シャカシャカ。
シェイカーから心地よい音が響く。
音の正体は氷とのこと。
「三上さん、先ほどの透明な液体は何ですか?」
安岐が尋ねる。
「香奈でいいよ! ちなみに混ぜたのは炭酸水!」
「先に混ぜたら炭酸が抜けるのではありませんかな!?」と珠子。
「流石はタマちゃん! 大正解! でも大丈夫!」
香奈はカウンターに置いたグラスへオレンジジュースを注ぐ。
珠子の指摘通り炭酸が抜けている。
「本来は炭酸水じゃなくてジンを混ぜてオレンジブロッサムにするからこれで終わりなんだけど……」
香奈はグラスに炭酸水を足した。
今度はシェイカーでシャカシャカしない。
「これで完成! 炭酸入りオレンジジュース!」
カクテルグラスが俺の前に置かれた。
逆三角形のグラスに注がれたオレンジジュース。
その見た目は完全にカクテルだ。
「オシャレー!」
朱里が目を輝かせている。
「香奈ちゃん、私も飲みたい!」
彼女は早くも香奈をちゃん付けで呼んでいる。
香奈は「もちろん!」とニッコリ。
「なるほどなるほど、最初に炭酸水を混ぜてシェイクしたのは雰囲気作りの為でしたかぁ! 香奈さん、やりますねぇ!」
「ふっふっふ! 雰囲気を味わってもらうのもバーの楽しみだからね!」
炭酸入りオレンジジュースを全員に振る舞っていく香奈。
俺達はそれを飲みながら談笑を楽しんだ。
「そろそろ17時になるな」
話が落ち着いたところでスマホを確認する。
チャットでは閑古鳥が鳴いていた。
富岡たちは新たなグループチャットを作り、それで話しているのだろう。
「俺は外に出てチンパンジーのボスに礼を言ってくるよ。ついでに富岡たちのことも伝えておくか。チンパンジーには草原の作業を妨害してもらわないとな。見過ごして全面戦争になっても困るし」
「私も外に出るよ。少しでもお金を稼いでおきたいから」
「お供しますぞー!」
志穂と珠子が俺に続く。
「今日は休憩させてー! 一番風呂もらってもいいかなー?」
香奈は休憩を申し出る。
安岐が「私も疲れたので……」と便乗。
「今日こそ釣りをしたかったけど、この時間だと辛いよね」
「川に行ってもすぐに戻ってくることになるだろうな」
「なら釣りは明日ってことで、今日はテレビを観る!」
「そういえばテレビがあるんだったな」
そう言った時にふと思った。
「テレビがあればここがどこだか分かるんじゃないか?」
皆が「えっ」と驚く。
「日本の番組が観られるんじゃないの?」
「そうとも限らないぞ、朱里。ここが日本なら日本の番組が映るだろうけど、アメリカならアメリカの番組が映る」
「あっ、そっかぁ」
「だから、ここで映った番組を観ればここがどこの国にあるか分かるはず。――と思ったわけだが、どうだろうか?」
「それ天才じゃん!」
「素晴らしいですぞ北条君! 実に素晴らしいですぞー!」
朱里と珠子が興奮した様子で言う。
他の人達も感心している。
「よし、テレビを確認しよう」
「了解! つけるねー!」
朱里がリビングのソファに座ってリモコンを手に取る。
電源ボタンを押すとテレビがついた。
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