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023 梯子の先

 俺の足下にあった鉄板。

 それの側溝には窪みがあり、そこに取っ手が収納されている。

 取っ手を引っ張れば鉄板を開けることができそうだ。


「開けてみよう」


 溝に詰まっている土を小枝でほじくり返し、取っ手を摘まむ。

 側溝から摘まみ上げた取っ手を握り、全力で引っ張る。


 あっさりと鉄板が開いた。

 そうして鉄板の下に現れたのは――梯子だ。


「下へ続いているようだな」


「真っ暗でよく見えませんなー!」


 長々と下に続く鉄の梯子。

 その先に何が待ち受けているかは分からない。


「どうするよ!? どうしちゃうよ!?」


 朱里のテンションが上がっている。


「とりあえず声を掛けてみよう。なにせこの梯子や鉄板の扉は、墜落して以降で初めて見る人工的な代物だ。誰か人がいるかもしれない」


「たしかに!」


「ならば私にお任せください!」


 そう言って珠子は顔を梯子に近づける。


「貴方達は包囲されています! 今すぐ交渉に応じなさい!」


 そして、訳の分からないことを叫びだした。


「ちょ、環先生、そんなことを言ったら相手が警戒しますよ!」


「平気でしょう! 中に誰かがいたとしても日本語は通用しないはずです!」


「そんな無茶苦茶な」


 と思ったけれど、珠子の行動は問題なかった。

 中から何の返事も返ってこなかったからだ。


「応答がないな」


「では梯子を下りるとしましょうか!」


 侵入に前向きな珠子。


「そうですね」


 俺も同意見だ。


「俺と環先生が様子を確かめてくる。他の人はこの場で待機を」


 志穂達が「分かった」と頷く。

 それを確認してから梯子を下り始めた。


「私より先に梯子を下りるとは、北条君も下心を隠しきれませんでしたかぁ!」


 頭上から珠子の声が聞こえる。


「何を言っているんですか」


 珠子は「またまたぁ」と笑う。


「そこからだと誰にもバレることなく先生のパンツを覗けるのです! 流石は北条君、抜け目ないですねぇ!」


「そんなこと考えていませんでしたよ。というか、環先生はスカートじゃないでしょ」


「えー、私の服装、勘違いしていませんかぁ? ロング丈のワンピースに白衣ですよ! なのでパンツを覗くことができます!」


「それは嘘ですね。先生はいつもズボンだったし」


 そう言ったものの自信はなかった。

 たしかに珠子はいつもズボンだが、今日の服装は不明だったのだ。

 安岐と同じで白衣を纏っていたことしか覚えていない。


「なら確かめてみて下さい! ズボンかどうか!」


「は、はぁ……」


 どうせズボンだろう。

 それで俺が顔を上げたら「男の子は単純ですねぇ!」と笑う気だ。

 そう思いつつも、俺は顔を上げてしまう。


「あっ、本当だ」


 心の声がこぼれる。

 珠子は今日に限ってオリーブ色のロングワンピースだったのだ。

 生足とパンツが視界に広がっている。

 パンツの色は彼女の髪と同じ紫色だった。


「本当に覗くとは! いやぁ、変態さんですねぇ!」


 ゲラゲラと笑う珠子。

 言い返すことができないので、俺は話を変えた。


「先生、梯子が終わりました」


 俺の右足が地面についた。


「ワクワク探検ツアーはもうおしまいですか!?」


「どうやらそのようです。思ったより短かったですね」


 梯子の長さは約5メートル。

 わざわざ梯子を下るまでもなく、ライトを照らせば底が見えていたはず。

 不用意にリスクを冒してしまった、と密かに反省した。


「うおっ!」


「眩しいですぞー!」


 俺の両足が地面についた瞬間、照明がついた。


「ここは……!」


 すぐ後ろには壁があるが、前方には信じられない光景が広がっていた。


 最初のフロアには、革張りのL字型ソファにガラスのローテーブル。

 テーブルを挟んでソファの向こうの壁には大型テレビが掛かっていた。


 そのフロアの先はダイニングキッチンになっているようだ。

 バーを彷彿させる大きめのカウンターキッチンがあった。

 カウンターの前には、脚の高い椅子が横一列に並んでいる。

 カウンターの後ろにある棚には大量の食器が収納されていた。


 そこで終わりかと思いきや、フロアはまだ続いていた。

 L字型の間取りになっていたのだ。


 梯子のフロアからは見えない方向に通路が伸びている。

 通路の左右には無数の扉があった。

 適当に開けてみたところ、どの部屋も大差なかった。

 ベッドと机と本棚があるだけの絵に描いたような個室だ。


 そして、通路の突き当たりには浴室があった。

 脱衣所や洗濯乾燥機も備わっている。


「先生、これって一体……」


 ひとしきり確認を終えたところで珠子に話しかける。


「やりましたねぇ! 秘密基地ですよ! 秘密基地!」


 珠子の目はキラキラ輝いていた。鼻息も荒い。


「たしかにそうですけど、明らかに誰かの所有物では?」


「そうかもしれません! ですが違うかもしれません!」


 珠子は通路からカウンターキッチンに向かった。

 そこで振り返り、梯子の方向を指しながら言う。


「私は他の人を呼んできます! その間に北条君はスマホの確認を!」


「スマホの確認?」


「やはり気づいていませんでしたかぁ!」


「何がですか?」


「さっきウキウキでこの秘密基地を見て回っている時、北条君のスマホから音が鳴っていましたよ! チャットか何かの通知があったのではないでしょうか!?」


 気づかなかった。

 それだけこの場の光景に驚いていたのだろう。


「それでは失礼!」


 珠子が梯子に向かっていく。

 俺は革張りのソファに腰を下ろした。

 そこでスマホを取り出して確認する。


「何の通知もないようだが……」


 ガラケーのようなインターフェースになっても通知云々は変わらない。

 メニュー画面を見れば不在着信や未読のログを把握することが可能だ。


 例えば未読のチャットログがあれば、〈チャット〉の横に数字がつく。

 1と書いていれば1件の未読ログがあるということ。

 しかし、〈通話〉や〈チャット〉に数字はついていなかった。


「先生の聞き間違いだったのかな」


 否、聞き間違いではなかった。


「あっ」


 メニュー画面の異変に気づいたのだ。

 おそらくその異変が音の正体だろう――そう直感した。


「新しいボタンだ!」


 メニュー画面には9個のボタンがある。

 これまではその内の7個しか項目がなかった。

 残りの2個は無地で、押しても反応しなかったのだ。


 ところが、いつの間にか8個目の項目ができていた。

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