021 離反
阿南の死が他殺か自殺か。
その点はひとまずおいておく――この考えには賛成だ。
しかし、チンパンジーに報復するのは反対だ。
むしろどうしてそんな思考に至れるのか不思議に思った。
コテンパンにやられたばかりだというのに。
「ここにいたら命がいくつあっても足りないな」
そう呟くと、俺は立ち上がった。
「和を乱して申し訳ないのですが……」
皆が俺を見る。
連中の顔には「またお前か」と書いていた。
富岡にいたっては露骨に嫌そうな顔をしている。
「俺はここから出て行こうと思います」
「「「――!」」」
場がどよめく。
「出て行くだと?」
俺を睨む富岡。
「チンパンジーと戦うことには断固反対です。なので、和を乱さないためにここを出て行きます」
どこに行くかは考えていない。
本当なら安住の地を確保してからにしたかった。
だが、全面戦争をするとなった以上はうかうかしていられない。
「私も慧と同じ意見なのでここを発ちます」
志穂が立ち上がる。
「私もでーす!」
朱里も続いた。
「そんな勝手なこと、許すわけには……」
富岡が大股で俺に近づこうとする。
しかし、曽我部が口を開いたことで彼の足は止まった。
「いいじゃないですか、行かせてやれば。これから戦争をしようと言う時に士気を下げる人間は不要でしょう」
「それはそうだが……」
煮え切らない様子の富岡。
何を躊躇うのだろう、と思い首を傾げる俺。
一方、曽我部は富岡の心を読んでいた。
「この状況下なら、彼らを止めなかったからといって責任を追及されることなどありませんよ」
この一言で富岡の顔が晴れやかになる。
「そっか、そうだよな!」
彼は満面の笑みを浮かべて俺達に言う。
「さっさと出て行くといい!」
「ありがとうございます。それでは」
俺達はテントに戻ろうとする。
その時、予想外の事態が起こった。
「私も北条君とご一緒するので失礼します!」
珠子が元気よく言ったのだ。
「環先生、正気ですか!?」
富岡が目をギョッとさせる。
曽我部も愕然としていた。
「北条君についていくほうが面白そうなのです! やはり人生にはワクワクがないといけませんな!」
「は、はぁ……ではご勝手に」
こうして珠子が同行することになった。
――が、まだ終わらない。
「あのぉ……」
ある女が申し訳なさそうな顔で立ち上がった。
客室乗務員の香奈だ。
「もしかして三上さんもですか?」
富岡の問いに「はい」と頷く香奈。
「私は北条君と同じで戦争は反対なので……申し訳ございません」
「それはかまいませんが、外は危険ですよ? 阿南のようになるかもしれません」
そう言ったのは曽我部だ。
「たしかにそうかもしれません」
香奈はそこで言葉を止める。
俺はその後に「でも」と理由を述べるのかと思った。
おそらく曽我部や富岡にしてもそうだろう。
ところが、香奈は何も言わなかった。
彼女の発言は既に終わっていたのだ。
だから、曽我部が次の反応をするまでにタイムラグがあった。
「分かりました。もし危険だと思ったらいつでも戻ってきて下さい」
香奈は「はい」と笑みを浮かべた。
「まさか5人も抜けるとは……しかもその内の4人は女ときた」
そう言って、「予想外だな」と呟く富岡。
俺も同意見だ。
志穂と朱里がついてくることは想定していた。
珠子は意外だったが、変わった性格なのでまだ分かる。
しかし、香奈に関しては完全にびっくりした。
この場にいる女は10人。
その内の4人が俺についてくるという。
――いや、4人ではなかった。
「私も北条君と一緒に出て行きます」
富岡のお気に入りこと保健教諭の安岐が立ち上がったのだ。
「駄目です! 駄目だ! それは駄目だ!」
案の定、富岡は猛反発。
これまでとは違って「駄目」を連呼している。
「保井先生はこの場にいてもらわないと困る」
「どうして私だけ駄目なんですか?」
安岐が目を細めて富岡を見る。
「保井先生には怪我人の治療をしてもらいたいからです」
代わりに曽我部が答えた。
富岡は「そうだ! それだ!」と便乗する。
「保井先生には残ってもらいます!」
まるで駄々っ子のような富岡。
それでも安岐は引き下がらなかった。
「嫌です」
きっぱりと言い切ったのだ。
さらに「ここにいたくありません」と付け加える。
「どうしてここにいたくないのですか?」
曽我部が尋ねる。
安岐は彼を一瞥した後、富岡を睨んだ。
「富岡先生、私は貴方のことが嫌いなんです」
「なっ……」
口をポカンとする富岡。
俺達も同様の間抜け面を浮かべていた。
「これまでは仕事に支障を来す恐れがあったので我慢してきました。というより、我慢できるレベルで済んでいました。しかし、ここに来てからの貴方はあまりにも酷すぎる。夜になると私のテントに入ろうとしてくるなど、明らかに常軌を逸しています。私はチンパンジーよりも貴方が怖い。だから出て行きます」
一刀両断だった。
富岡は「アガガガッ」と言葉にならない声を出している。
まるで壊れたロボットのようだ。
「うわぁ……夜中に女のテントへ行くとか引くわ」
「下心とかいう話じゃないじゃん」
「きもっ」
「いい歳した大人がなにやってんだよ」
曽我部に賛同している連中ですらドン引きだ。
富岡は顔を真っ赤にしたまま固まっている。
「それじゃ、俺達はこれで」
その場から離れていく俺達。
安岐の話を聞いた後だと、曽我部も止めてこなかった。
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