表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/46

020 和を乱すな

 阿南が手遅れであることはすぐに分かった。

 顔が青く変色しているだけでなく、電話帳から名前が消えていたのだ。


「こ、これ、チンパンジーがやったのかな?」


 朱里の声が震えている。

 目の前に阿南の首つり死体があるのだから当然だ。


「違う気がするけれど……断言はできないな」


 阿南は大柄だから木に吊すのは困難だ。

 それでも不可能ではない。

 チンパンジーが連携すればできるはずだ。

 ここの奴等は特に賢いからあり得る。


「下ろしたほうがいいよね……?」


 志穂の声も震えている。


 俺は「いや」と首を振った。


「そのままにしておこう」


「えっ、なんで? せめて換金だけでも……」


「そういうのは全て後だ。まずは戻って皆に報告しよう」


 俺はスマホを取り出し、〈カメラ〉を起動する。

 阿南の首つり死体を撮影してから来た道を戻っていく。


「ウキィ!」「ウッキキィ!」


 道中ではたくさんのチンパンジーが近づいてきた。

 これまでなら笑顔で受け入れていた場面だ。

 だが今は……少し怖い。

 志穂と朱里も心なしか怖そうにしている。


「ウキィ……」


 俺達の反応にチンパンジーたちは悲しげだ。

 少し距離をおき、寂しそうに指を咥えている。


(本当にこいつらが阿南を殺したのか?)


 早足で歩きながら考える。

 チンパンジーの態度には好意が感じられた。


(仲が良いように振る舞っているのも見せかけか? いや、流石にそれはないな。阿南のところへ案内した後だ。連中が殺したのならもっと敵意を剥き出しにしてくるのではないか。それか、もしかして阿南は自分の意思で首を吊った? だとすれば自殺になるが……いや、それも考えにくい)


 どれだけ考えても結論はでない


(チンパンジーの仕業とは思えないが、だからといって阿南が自殺したとも思えない。何がどうなっているんだ……)


 さっぱり分からないまま、俺達は草原に辿り着くのだった。


 ◇


 拠点での作業を急遽中止してもらった。

 全員を拠点の中に集め、見てきたことを説明する。

 俺と富岡が立って話し、他は俺達を囲むように座っていた。


「タチの悪い冗談じゃないだろうな?」


 富岡は再三にわたって確認してきた。

 冗談であってほしいと思っているのだろう。

 それは俺も同じことだった。

 残念ながらこれは現実だ。

 冗談ではない。


「必要なら現場まで案内できます。そのままの状態にしてあるので」


 首を吊った阿南の写真を見せながら言う。


「その必要は……ない……」


 富岡が怯む。

 他の連中も嫌そうだ。

 森に近づきたくないのだろう。


「問題は果たして誰が阿南君を殺したか、ということですな!?」


 珠子が手を挙げた。


「そんなのチンパンジーに決まっているじゃないですか」


 富岡がすかさず反論する。


「我々の為に自殺した可能性もあるのでは?」


 3年の男子が言う。

 眼鏡を掛けた長身の男で、賢そうな風貌をしている。

 たしか名前は曽我部(そがべ)吉宗(よしむね)。生徒会長だ。


「阿南はあれでも責任感の強い男だ。平和の為に責任を取って自殺した可能性は大いにある。現に昨夜は阿南が出て行ってから攻撃を受けなかった。チンパンジーは彼の自殺によって償いは完了したと認めたのだ」


 曽我部は眼鏡をクイッとして言い終えた。

 富岡は「なるほど、流石は曽我部だ」と感心している。

 どうやら曽我部は富岡から信頼されているようだ。


「それはどうかな」


 そんな曽我部の意見に異を唱えたのは俺だ。


「仮に自殺するとしても、それは謝罪が通用しなかった後にするのではないかな。出て行く必要がない」


「ならば何故チンパンジーは夜襲を仕掛けてこなかった?」


「阿南さんがここから発ったのを見て満足したのでは? そういう可能性だって大いに考えられます」


 曽我部の顔が赤くなっていく。

 反論されることは嫌いなようだ。


「そーれーはー! つーまーりー!」


 割って入る珠子。


「北条君は第三者の仕業と言いたいわけですな!?」


「その通り」


「「「――!」」」


 場に衝撃が走る。


「第三者だと? 何を言っているんだ?」


 曽我部が震えた指で眼鏡をクイッとする。

 眼鏡がガクガク震えていた。


「チンパンジーの仕業や阿南さんの自殺とは思えません。そうなると必然的に第三者が浮かんできます」


「それは……」


 曽我部が立ち上がる。

 そして、ビシッと俺を指しながら言った。


「俺達の中に誰か犯人がいるってことかァ!?」


「そんなミステリー小説みたいなことあるわけないでしょ」


 俺は呆れ笑いで否定した。

 やれやれ、こいつは何を言っているのだ。


「北の森を抜けると川があります。環先生は一緒にいたのでご存じだと思うのですが、チンパンジーは川の少し手前から避けるようになります」


 珠子がコクコクと頷く。


「それを見て、川の付近は別の生物が縄張りにしているのでは、と考えました。その生物が何かは分かりませんが、そいつの仕業かもしれません」


 これは先ほど閃いた考えだ。


「ふっ、ありえぬ話だ」


 曽我部は即答する。


「君の話が正しいとしても筋が通らないだろう。その第三者とやらはどうして阿南を首吊りにした? 吊すのは見せしめだからに他ならない。よって、自殺でないならチンパンジーの仕業と考えるのが必然だろう!」


「その通りだ!」


 富岡が大きな声で同意する。


「それは間違っている。なぜなら……」


「もういい!」


 俺の反論は富岡によって遮られた。

 彼は俺の肩に手を置き、諭すように言う。


「気持ちは分かるが和を乱すな」


「和を乱す?」


「曽我部は秀才、いや、天才だ。1年からずっと学年1位の成績を出し続けている。テストは全分野で100点しか取ったことがない。俺達とは頭の出来が違うんだ。下手に絡むだけ恥をさらすというものだぞ」


 そう言うと、富岡は生徒達に問いかけた。


「曽我部の考えを支持する生徒は手を挙げろ!」


 過半数が手を挙げる。

 手を挙げていない生徒は志穂と朱里くらいだ。


「これが皆の意見だ。分かったか? 和を乱すな」


 富岡が俺に座るよう言う。

 反論したい気持ちはあるものの、ここは引き下がることにした。

 俺は志穂と朱里の間に腰を下ろす。


「先生達は君を支持していますよ!」


 座るなり耳元で囁いてきたのは珠子だ。

 俺の後ろにいた。


「先生達?」


 振り返ると、そこには3人の大人がいた。

 珠子と安岐、そして客室乗務員の香奈だ。

 安岐と香奈は俺に向かって頷いた。


「曽我部、来てくれ!」


 富岡に呼ばれて、曽我部は輪の中心に移動する。


「俺達はこれからどうするべきだと思う?」


「この際、阿南の死については他殺と自殺の両方で考えましょう。真相を究明する手段がないので。ただ、どちらにしても阿南の死は割が合わない。彼はチンパンジーに攻撃してしまったが、命で償うほどのこととは思えない。それに、阿南以外にも2人の生徒がチンパンジーの攻撃で死んでいる」


「たしかに。ならばどうする?」


「釣り合いをとる必要があるでしょう。このままではチンパンジーたちに侮られてしまいます。歴史を見ても分かる通り、このような環境では力の()()が上下関係を決める。安く見られるわけにはいきません」


「どうやって釣り合いをとればいい?」


 曽我部は眼鏡を取り、専用の布でレンズを綺麗にする。

 皆が固唾を飲んで見守る中、彼は眼鏡をかけなおして言った。


「報復です。拠点の防衛力を高めた後、こちらから攻めましょう。本気になった人間の怖さをチンパンジーに教えるのです」


 とんでもないことを言い出した。

 ようやく訪れた平和をぶち壊すというのだ。


 まぁ、そんな考えが支持されるわけないだろう。

 大半の生徒がチンパンジーとの争いで憔悴したのだから。

 ――と、思ったのに。


「「「うおおおおおおお!」」」


 なぜか盛り上がっている。

 先ほど曽我部を支持した連中の大半が前向きだ。


「曽我部が言うなら間違いない!」


「あのクソチンパン共に仕返しできるぞ!」


「今度は俺達が奴等に恐怖を植え付ける番だ!」


 唖然とする俺達。


「慧、まずくない?」


 志穂が小さな声で尋ねてくる。


「ああ、おしまいだ」

お読みくださりありがとうございます。

評価・ブックマーク等で応援していただけると励みになります。

楽しんで頂けた方は是非……!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ