002 スマホの変化
「そうだ! スマホで連絡をとればいいんだ!」
さも自力で閃きましたといった感じで言う富岡。
俺の嫌いな教師ランキングで上位に入るだけのことはある。
それより……。
俺はスマホがバグったと喚く女子に視線を向けた。
内巻きの明るい茶色のミディアムヘアが特徴的な女だ。
俺の1つ上の学年――3年の藤山朱里である。
彼女のことは知っていた。
我が校の誇る二大美女として学内の有名人なのだ。
もっと言えば他校にまで名を轟かせている。
それほどまでに可愛いのだ。
「ねー、志穂、見てよ! スマホがバグってる!」
朱里は隣に座っている女子に自分のスマホを見せる。
志穂と呼ばれたその女子は、二大美女の片割れ霧島志穂だ。
胸の下まで伸びる艶やかな紺色の長い髪をしている。
朱里と同じく彼女も無傷のようだ。
「バグっているというか、UIが完全に朱里のとは違うじゃない。それ、他人のスマホなんじゃないの?」
「ゆーあい? なにそれ?」
「要するに画面が違うってこと。朱里のスマホだったら、私と同じでこんな感じ――って、あれ、私のもおかしなUIに変わってる」
志穂は自分のスマホを眺めて首を傾げている。
(UIがおかしいやらバグってるやら何を言っているんだ……?)
俺はポケットから自分のスマホを取り出した。
盗み聞きしていたことがバレないよう、彼女らには背を向けておく。
「なんだこりゃ」
思わず声が出てしまう。
たしかにスマホの画面がいつもと違ったのだ。
壁紙からして変わっていて、青いグラデーションになっていた。
(これ、本当に俺のスマホか?)
そう思って背面を確認する。
カバーに特徴的な傷があるので俺の物で間違いない。
というか、指紋認証と顔認証を突破した時点で確定していた。
「やっぱりおかしいよね!?」
朱里が背後から話しかけてきた。
俺の盗み聞きに気づいていたようだ。
もしくは俺の独り言が聞こえたのか。
「なんか昔のドラマに出てくるガラケーのメニュー画面みたい」
それが俺の感想だった。
画面は1ページで完結しており、大きな四角のボタンが9個ある。
ボタンは3×3に配置されていて、各ボタンには項目名が書いていた。
左上から順に、換金、通話、チャット、購入、カメラ、メディア、譲渡だ。
最下段の右二つには何も書いておらず、他のボタンよりも色が暗い。
何も書いていないボタンは押しても反応しなかった。
「たしかにガラケーっぽい」と志穂が同意する。
「へぇ、ガラケーってこんな感じだったんだ! 名前しか知らなかった! てか連絡帳がないとか超不便じゃん!」
「気にするところ、そこ?」
志穂が呆れ笑いを浮かべる。
「そっか! そうだよね! いやぁ、それにしても災難なことになっちゃったねー! 君もそう思うっしょ!?」
朱里が明るい調子で話しかけてくる。
この底なしの明るさも彼女の魅力の一つだ。
「本当に災難だよ。とりあえず救助の電話を――」
「北条! スマホを持っているなら早く救助要請しろ! グズグズするんじゃねぇぞ馬鹿野郎!」
富岡の怒声が背中に突き刺さる。
(お前もスマホを持ってるだろ、角刈り野郎)
そう思いつつ、俺は「はいはい」と流した。
富岡は舌打ちすると、「早くしろ」と催促する。
彼は俺の冷めた態度が気に入らないのだ。
分かっていても、だからといって変えようがない。
俺は画面の〈通話〉をタップする。
すると、キーパッドではなく電話帳が表示された。
リストの名前の横にはチェックボックスがついている。
「キーパッドがないんだけど」
「本当だー! キーパがない!」
朱里が「ぎょえー」と叫ぶ。
キーパとはキーパッドのことだろう。
そういう略し方は初めて聞いた。
「何をしているんだ北条!」
富岡が再び怒鳴ってくる。
流石に苛ついた俺は言い返すことにした。
「すみません、先生、電話の掛け方が分かりません」
「なんだとぉ!? お前は馬鹿か!? 手に持っているそれはなんだ!」
「スマホです。でも、分からないものは分かりません。代わりに先生がご自身のスマホで救助を要請してくれませんか?」
「仕方ねぇな」
富岡は舌打ちするとスマホを取り出した。
「そういえば、ここって日本じゃないですよね。どこに救助の電話をかければいいんですか?」
富岡が「グッ」と唸る。
それから俺を睨み付けて吠えた。
「三上さんに訊くか調べるなりすりゃいんだよ! んなもんは!」
「えっ!? 私ですか!?」
話を振ってくるなよ、と言いたげな香奈。
話が終わったので、俺は富岡に背を向けた。
「北条君だっけ?」
志穂が尋ねてくる。
鋭い眼差しに貫かれて背筋がブルッとした。
「はい、2年の北条です。もしかして、下級生なのに敬語を使わなかったことで気分を――」
「ううん、そんなことはどうでもいいの。むしろ敬語はやめて。それよりさぁ」
志穂が俺のスマホを指す。
画面には電話帳が表示されたままだった。
「どうして私達が君のリストに登録されてるわけ?」
「えっ」
志穂が指している部分に目を向ける。
そこには志穂や朱里の名前が載っていた。
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