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018 和睦

 夜になる前からチンパンジーに包囲される。

 それだけ相手が強気になっているのだろう。


 新たな対策は何もなかった。

 そんな中、チンパンジーの大合唱が始まる。


「「「ウォッ! ウォッ!」」」

「「「キィイイイイイ! キッ! キィィィィ!」」」

「「「ウォッ! ウォッ!」」」

「「「キィイイイイイ! キッ! キィィィィ!」」」


 これに対するこちら側の反応は昨日と違っていた。


「もういやだ……」


「やめて、やめてくれ……」


 誰もが戦意を喪失している。

 既に敗北が確定している状況だった。

 この不毛な戦争が終わりに近づいているようだ。


 俺達は相変わらずのんびり過ごしている。

 自分達のテントの前で消えかけの焚き火を囲っていた。

 今回は珠子も一緒だ。


「なー、思ったんだけどさぁ」


 朱里がスマホを取り出す。


「このスマホ、進化してない!?」


「進化? メニューのボタンでも増えたのか?」


 ガラケーを彷彿させる3×3からなるメニューボタン。

 しかし右下の2つは未実装のようで押せなかった。


「違う違う! バッテリーだよ! まだ死んでない!」


「言われてみればそうだ」


 俺のスマホは古いので、1日に1回は充電する必要がある。

 放置していても30時間程度でバッテリーが底を突くのだ。


 ところが俺のスマホはまだ生きている。

 この島に来て50時間以上が経過しているのに。

 これまでなら考えられなかったことだ。


「いい発見ですねぇ! 藤山さん!」


「えっへっへ」


 朱里が後頭部を掻きながら照れ笑い。


「もしかして充電しなくてもよくなったのかな? バッテリーの残量表示もなくなっているし」


「そんなことある?」と志穂が俺を見る。


「そもそもこのスマホ自体がありえないからな。買った物が何もないところからポッと出てくるんだぜ」


 笑いながら返す。


「たしかに。そう考えると無限バッテリーってありえるのかも」


 俺達の話が落ち着いた頃、チンパンジーは次の段階に移っていた。

 バリケードの上に陣取って投擲の準備を始めている。

 その姿を見ただけで、大半の生徒が尚更に萎縮してしまった。


「あー、もうだめ!」


 唐突に言い出す朱里。

 彼女は素早く顔を左右に振って周囲を確認する。


「この状況じゃ集中できないなぁ……」


「朱里、何を言っているんだ?」


「私はお腹が痛いんだぁああああああああ!」


 朱里が門に向かって走り出す。


「おい、まさか……」


 そのまさかだった。

 彼女は止まることなく門を飛び出していく。


 外にはチンパンジーの包囲網が見えている。

 朱里は迷うことなくそこへ突っ込んだ。


「どいてどいてー! もう限界なの! どいてー!」


 朱里の喚く声が聞こえてくる。

 チンパンジーはどう対応していいのか分からず動揺している。


「ウォウッ!」


 全体に響く程の声が聞こえた。

 おそらくボスによる指示だろう。

 次の瞬間、チンパンジーが慌てて朱里に道を譲った。


「あいつ……チンパンジーを突っ切って森に消えていったぞ」


「よほどお腹が痛かったようね」


 冷静に分析する志穂。


「だからってあそこまで突っ込めるか? 普通」


「朱里は普通じゃないから……」


 俺は呆れ笑いを浮かべる。

 珠子は「いいですねぇ!」と嬉しそうだ。


「食当たりじゃないといいけどなぁ」


「それは大丈夫でしょう! まだ食べてからそれほど時間が経っていません! 食当たりによる腹痛ならもう少し後になってから症状があらわれるはずです!」


 黒の丸眼鏡をクイッとする珠子。


 俺達にとっては笑えるような朱里の行動。

 けれど、チンパンジーと敵対している者達にとっては違っていた。


「やっぱりチンパンジーと仲良くなることはできるんだ」


「北条は間違っていなかった」


「謝れば許してもらえるはずだ」


 絶望に打ちひしがれていた連中の心が和睦に傾いたのだ。

 そこら中からチンパンジーと仲直りするべきとの声が溢れる。

 そして、富岡が代表して阿南に言った。


「阿南、チンパンジーに謝ろう。俺も一緒に頭を下げてやる」


 彼にとって「俺も一緒に云々」は見せ場だったようだ。

 言い終えるなり安岐の顔を素早く確認していた。


「だから俺は謝らねぇつってんだろ!」


 阿南が富岡を突き飛ばす。

 大きな図体のわりにあっさり尻餅をつく富岡。

 生徒指導に相応しくない「ひぃぃぃ」という声が漏れる。


「猿に頭を下げたいなら勝手にやってろ!」


 阿南が門に向かって歩いていく。

 門の外にチンパンジーの姿が見当たらない。

 バリケードの上にもだ。

 いつの間にか撤退していた模様。


「阿南、どこへ行くつもりだ」


「ここを出て行く。俺は別の場所で過ごさせてもらう。俺がいなけりゃあいつらも攻撃してこねぇんだろ?」


「そんな危険を生徒に冒させるわけにはいかない!」


 富岡がすばやく安岐を一瞥する。

 もう少し下心を隠せないのか、こいつは。


「ついてくんじゃねぇ!」


 阿南は一人で北の森へ消えていく。

 彼と入れ替わるように朱里が戻ってきた。


「はぁーすっきりしたぁ!」


 朱里の顔は爽快感に満ちていた。

 彼女は除菌シートで入念に手を拭いてから尋ねる。


「阿南が出て行ったけど何かあったの?」


「チンパンジーに謝るのは死んでも嫌なんだってよ」


「だからって森に行ったら危ないっしょー!」


「俺もそう思うけど、本人が決めたことだしな。それに、阿南は阿南なりに皆のことを思って行動したんだ。森に行くなとは言えないさ」


「果たして問題は解決したと言えるのでしょうか!? 次回、急転直下の愛憎劇! 珠子の眼鏡にロックオン!」


 珠子が意味不明なことを叫びだす。

 そんな彼女にも慣れたものだ。

 俺達は何事もなかったかのようにスルーした。


「あとはチンパンジーの攻撃がどうなるかだな。これで争いが終結すれば、改めてチンパンジーと仲良くなる道を模索していける」


 事態は良い方向に傾きつつある。

 ――そう思っていた。





 ☆★☆★☆★☆


「おい、ボス猿! 出てこい!」


 森の奥深くで阿南が叫ぶ。

 するとボスのチンパンジーが姿を現した。


「お前ところのガキを叩きつけてしまってすまなかったな。反射的にやってしまったことで、悪意はなかったんだ。許してくれ。これは詫びの印だ」


 阿南がバナナを床に置き、何歩か後退する。

 ボスはバナナと阿南を交互に見つめた。


「大丈夫。毒なんか盛ってない。不安なら俺が毒味をするが?」


「ウォッ!」


 ボスが鳴くと、1頭のチンパンジーがバナナに飛びつく。

 阿南に叩きつけられた子供のチンパンジーだ。

 阿南が密かに「タロウ」と名付けていた個体である。


「キィィィィ!」


 バナナを取ろうとするタロウを叱るボス。

 タロウはバナナを地面に置き、阿南に向かって頭を下げた。

 ボスから「お前も謝れ」と怒られたのだ。


「これで仲直りだよな?」


「ウォッ!」


 ボスが頷く。

 阿南はホッと胸を撫で下ろす。


 彼はチンパンジーと仲良くしたいと思っていた。

 本当は誰よりも動物が好きな青年なのだ。


 だが、皆の前では素直になれない。

 妙な小っ恥ずかしさがあった。

 だから突っぱねていただけだ。


「これからは仲良くしような」


 阿南がボスに近づいて手を伸ばす。

 ボスはそれに応じて、阿南と握手を交わした。


「ありがとう」


 他人には見せない阿南の優しい笑みがこぼれる。

 彼は嬉しさのあまり涙を流していた。


「もう戻っても良さそうだが……」


 阿南が振り返って草原に目を向ける。

 しかし、木々が邪魔になってよく見えない。


「ま、明日の朝までは適当に過ごすか。今から戻るのは流石にダサい。ビビって逃げてきたと思われてしまう」


 阿南はさらに北を目指す。


「ウォッ! ウォッ!」


 背中にボスの声が刺さった。

 振り返ると、ボスは結構な距離をとっていた。

 近づいてくる兆しがない。


「ばいばいとでも言っているのかな」


 阿南は笑顔で手を振った。

 ボスはひたすらに同じ鳴き声を上げ続けている。


「やっぱり動物はいい。人間と違って裏がないからな」


 阿南はボスに背を向けて移動を再開。

 ほどなくして川に辿り着く。


 彼はそこで野宿することに決めた。

 何も知らずに――。

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