012 バリケード
昨夜、俺達はチンパンジーから攻撃を受けなかった。
だから自分達は大丈夫かな、という甘えた思い込みがあった。
現実はそんなことない。
「「「ウォッ! ギキィイイイ!」」」
森に踏み入ろうとしたら物が飛んできたのだ。
足下にめがけて石やドングリが投げつけられる。
威嚇射撃だ。
「があああ、石が頭に!」
「逃げろ、逃げろぉお!」
「クソチンパン共め!」
他の連中は普通に攻撃を受けている。
敵意を抱いている人間には当てる方針なのだろう。
とはいえ、俺達も威嚇射撃されている以上は近づけない。
「昨日は悪かったな。阿南さん――お前達の仲間を叩きつけた人も悪気があったわけじゃないんだ」
俺達は足下にバナナを置いて場所を移動する。
どうにかチンパンジーの攻撃を受けずに済む場所がないか探した。
そして、一部分だけチンパンジーが何もしてこない方角を発見。
草原の北側に位置する森だ。
北側にもチンパンジーはいる。
しかし、俺達が近づいても攻撃してこない。
一定の距離を保って遠巻きに見ているだけだ。
「どうしてここだけ侵入を許すんだろうね?」
志穂がコンパスを眺めながら呟く。
コンパスは作業を始める前に200ptで買った
化学教師の発案で、全ての生徒がコンパスを持っている。
コンパスを見る癖をつけておけば森の中で迷わず済むとのことだ。
良い案だと思う。
「さぁ? これといって変わりがあるようには見えないが……」
周囲を見渡すが、他の方角にある森との差は見られない。
棲息している動物から生えている木々の種類まで同じだ。
「もしかして北に進むとチンパンジーの縄張りじゃなくなるのかな?」
「どういうこと?」
「敵意はあるが殺意はない、という仮説に基づく考え方だ。つまり草原の北側へ進んで縄張りから出て行け、とでも言いたいのかなって」
「あり得るね、それ」
「じゃあさ、もっと奥まで進んでみない!? 冒険!」
ここまで無言だった朱里が口を開く。
志穂はこちらに目を向けて、判断を俺に委ねてきた。
「そうしたいところだけど、今日は草原に戻ろう」
「えー、なんでさ!?」
「今気づいたんだが……」
俺は草原を指す。
「俺達以外は協力して草原で作業をしている」
「あっ、ほんとだ!」
草原ではバリケード作りが行われていた。
シャベルで掘った穴に丸太を突き刺して、テントの一帯を囲おうとしている。
「たしかバリケードって売ってなかったっけ?」と志穂。
「売ってるけどそれなりに高い。だから自分達で作ろうとしているのだろう。土を掘ればお金も貯まるし」
俺はスマホを取り出し、〈チャット〉を開く。
タイミングを見計らったかのように新着メッセージが入る。
案の定、富岡が俺達に帰還命令を出していた。
返事するのが面倒なので、既読マークだけ付けて閉じる。
「そんなわけだから戻って手伝うとしよう」
「「了解!」」
俺達は足下にバナナを置き、草原に戻っていく。
森から10mほど離れたところで振り返る。
数頭のチンパンジーが嬉しそうにバナナを回収していた。
◇
バリケード作りは結構な重労働だった。
丸太は想像以上に重く、地面に突き刺すのに苦労した。
「だらしないな! もっと頑張らないか!」
珍しく富岡が活躍している。
誰よりもテキパキと動いていた。
「もうへばったのか! それでは邪魔にしかならん! 休憩していろ! 俺が代わってやる!」
辛そうにしているひ弱な生徒には休憩させている。
まるで今までとは別人のような言動だ。
その理由は実に分かりやすかった。
「待っていて下さい、保井先生。もうすぐ完成しますから!」
安岐にいい格好を見せたいからに他ならない。
決して心を入れ替えたわけではないのだ。
「はい、応援しています」
安岐が笑みを浮かべる。
俺の目には愛想笑いに見えた。
だが、富岡には天使の微笑みに見えたようだ。
「任せて下さい!」
富岡の頑張りによって、バリケードは瞬く間に完成した。
全員のテントを丸太の壁がしっかりと守っている。
「どんなもんですか!」
富岡がドヤ顔で安岐を見る。
安岐は「お見事です」と拍手した。
「水を差すようで悪いのですが……」
ここで邪魔をしたのが俺だ。
富岡は「あぁ?」と露骨に不快そうな顔を向けてくる。
「出入口はどこですか?」
「……あっ」
ビール腹を隠しきれていない残念な中年教師も気づいたようだ。
出入口を作らずに全面に丸太を突き刺してしまったことに。
このままでは外にでることができない。
「べ、別に出なければ問題ないじゃねぇか。別に森へ行かなくても問題ないのだからよ。出入口がないほうがかえって安全度が上がるだろ」
一理ある。
――が、その考え方には賛同できない。
俺達は森を探索したいのだから。
それに、バリケードはチンパンジー対策として微妙だ。
チンパンジーは賢いので、連携して乗り越えてくる可能性が高い。
見込める効果は、物を投げ込まれた際の命中率が少し下がる程度。
俺達にとっては逆効果――流れ弾を食らうリスクが高まったと言える。
「俺としては出入口を作るべきだと思いますけど」
「教師に口答えするつもりか? あぁ?」
富岡が凄みを利かせてくる。
「富岡先生、実は私も出入口を作るべきかと……」
俺を擁護したのは安岐だ。
すると次の瞬間――。
「そうですよね! 実は自分もそう思っていました!」
富岡が掌をくるりん。
「北条、適当にいくつかの丸太を換金しろ! そこに門を作る!」
「分かりました。換金したお金は富岡先生に渡せばいいですか?」
「そんなの不要だ。さっさと作業に取りかかれ」
富岡がシッシッと手を払うジェスチャー。
安岐と話したいから失せろ、と言いたいわけだ。
俺は「はいはい」と軽く流して丸太に近づく。
選んだのは北側の丸太だ。
真っ直ぐに進めばチンパンジーが手出ししない森に行ける。
視界の隅に大破した飛行機を捉えられる点も良いと感じた。
「ここからここまでを換金だな」
縦に刺さった丸太は5本ごとに針金で結ばれている。
針金を解くのは大変なので、2セット――10本を換金することにした。
「500ptもあれば御の字だろうな」
査定額を予想する。
丸太は1本につき250ptで買えるので、10本で2,500ptになる。
そして、丸太に使った針金は1m当たり1ptと安い。
つまり、換金対象に費やしたコストは3,000pt以下。
そう考えると、500ptはむしろ高望みかもしれない。
――と、思ったのだが。
「どういうことだ、これは」
査定額を見て驚いた。
換金する範囲の指定を誤ったのかと思った。
けれど、そんなことはない。
スマホの画面に映る査定対象は色が変わるから分かる。
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【名前】木のバリケード
【価格】5,000pt
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査定額が購入にかかった費用よりも遥かに高かったのだ。
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