001 墜落事故
窓の外に映る雲を眺めて、俺は何度目かも分からないため息をついた。
今回で二度目となる学校旅行が始まったばかりだが、早くも帰りたい。
全学年の生徒とほぼ全ての教師が参加する海外旅行――それが学校旅行。
私立高校ならではのふざけた行事だ。
立案者は創設者の一族、つまり校長と理事長である。
にもかかわらず、当の本人たちは外国が嫌いなので参加していない。
「お姉さん、よかったら今度、俺とデートしなーい?」
野球部の丸刈り野郎が客室乗務員のお姉さんに声を掛ける。
それを聞いた周りの連中は「ぎゃははは」と盛大に爆笑した。
声を掛けられたお姉さんは「またか」と呆れ気味に営業スマイル。
(やれやれ、このやりとりがあと数時間も続くのか)
俺は到着までの間を寝て過ごすことにした。
足下に毛布を当て、シートベルトを装着し、アイマスクをする。
座席の座り心地は酷い。快適さより量を重視しているせいだろう。
それでもしばらくすると眠りに就くことができた。
そして次に目が覚めた時、目的地の空港に到着している。
――はずだった。
「きゃああああ! 血、血ぃいいい!」
「誰か助けてくれぇぇぇえええ!」
阿鼻叫喚の声で意識が覚醒する。
目を開けると、そこにあるのは空港ではなかった。
すぐ傍で黒煙を上げる大破した飛行機。
そこら中で倒れている生徒や教師、それに客室乗務員。
顔面から血を垂らして右往左往しているゾンビの如き連中。
すぐに分かった。
俺達の乗っていた飛行機は墜落したのだ。
◇
「ここはどこだ?」
これは自分に対する問いかけだった。
それに対する返答かは分からないが、
「分からねぇよ!」
と誰かが叫んだ。
(シートベルトのおかげとは思えないが……)
幸いにも俺は無事だった。
擦り傷などといった軽傷すら負っていない。
完全に無傷。元気びんびんだ。
「外国のどこかだと思うが……」
飛行機はどこぞの草原に墜落したようだ。
半径50メートル程の草原で、その向こうには森が見えた。
遠くには雪化粧をしたかのような純白の山がある。
かなり特徴的な山だが、地理に疎いので名称は分からない。
「それより救助活動だ」
俺は意識のある人間を飛行機から遠ざけることにした。
今は黒煙で済んでいるが、いずれは爆発するかもしれないからだ。
「頭、頭が痛いよぉ……」
「生きているだけマシだ。じきに警察か何かくるだろ。それまで耐えろ」
励ましの言葉をかけながら救助していく。
阿鼻叫喚の声が凄まじくてこちらまで気が狂いそうになる。
それでも懸命に活動していると、次第に同志の数が増えていった。
俺と同じく元気な者たちが、俺の真似をして救助活動を始めたのだ。
その中には教師や客室乗務員の姿もあった。
「先生、このあとはどうすればいいですか?」
軽傷者の一人が生徒指導の体育教師に尋ねる。
素人目にも死んでいると分かる者以外の避難が完了したのだ。
「うーむ、そうだなぁ……」
体育教師の富岡が飛行機を眺めながら呟く。
どうすればいいか分からずに困っているようだった。
(それにしてもこれは酷い有様だな……)
凄惨というほかない状況だ。
飛行機には450人近い人間が搭乗していた。
生徒が約400人、教師が23人、残りは客室乗務員やパイロット。
その内、軽傷者は4~50人だ。
ここでの軽傷者は「まず死なないだろう」というものを指す。
片腕が明後日の方向に捻れて盛大に骨折している者も含んでいる。
大量に出血しているような「死まで秒読み」の人間が重傷者だ。
その数は70人程度。
現時点で息のある者は120人いるかどうかだ。
この状況が長引けば、あっという間に半数が息絶えるだろう。
(これでも運がいいほうなんて、やっぱり飛行機は嫌だな)
飛行機の墜落事故に遭遇すると基本的に死ぬ。
約4分の1が死を免れたのはとんでもない奇跡だ。
とはいえ、当事者からすれば絶望的である。
「どうすればいいでしょうかねぇ?」
富岡は客室乗務員のお姉さんに尋ねた。
たしかお調子者の男子から「香奈ちゃん」と呼ばれていた人だ。
その記憶は正しくて、お姉さんの名札には「三上香奈」と書いていた。
そして、名前の上には「見習い」と書いてあった。
「こ、こういった場合、たしか、救助、救助の要請をするはず、たぶん、それであっているかと、でも、ちょっと、自信が……」
香奈はしどろもどろな話し方で目を泳がせた。
「救助要請と言ってもどうすればいいんです?」
富岡が香奈との距離を詰める。
気の弱い男子生徒を詰問する時によくする手口だ。
身長190を超える体格が迫ってきたことで、香奈は体を震わせた。
「それは……」
香奈が目を伏せる。
「とりあえずスマホで――」
俺は横から口を挟もうとした。
その時だ。
「なんかスマホがバグってるんだけど!?」
すぐ近くで座っていた女子が言った。
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