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カントリーロード-最終話

 土曜の朝、ホームルームで鉄子はみんなに別れの挨拶をした。惜しがってくれる声の中で、鉄子はいつになく恐縮した面持ちで深々と頭を下げて礼を言った。ただ、ひとつだけ鉄子には残念だったことがあった。絹代がまだ欠席していたのだった。

 放課後、職員室に行って、先生方に挨拶をして回った。

「由起子先生、本当に短い間だったども、えらく迷惑掛けただ。ありがとうございましただ」

「いいのよ。それにまだ挨拶は早いわ。あたしは駅まで見送りにいくんだから。他のみんなには挨拶したの?」

「ん。クラスのみんなには、今朝挨拶したし、生徒会と勉強会のみんなには、昨日の放課後挨拶しただ」

「じゃあ、あとは上杉先生の家に行くだけね」

「ん。荷物もまとめたし、と言っても、おら風呂敷ひとつだけだども」

「よかったら、寝袋持って帰ってもいいわよ」

「ほんとけ?」

「うん」

「おら、あれ気に入ってたんだ。ほんとにもらってもいいだか?」

「古くて申し訳ないけど、他にもまだ家にあるし。よかったら、もらって」

「あんりがとう。大事にするだ」

「あとは、お土産くらいね」

「ん。それは駅で買うだ」

「何時の電車だったかしら」

「ひばりが丘に三時ごろだ。それで、天応駅まで行って乗り換えて、松田駅から夜行に乗るだ」

「そう、じゃあ、二時半くらいに駅に行こうかしら」

「わざわざ、すまねえだ」

「西野さんや朝丘さんたちも行くって行ってたわよ」

「あんりがたいことだ。…んだども」

「絹ちゃんね…」

「こないだから、ずっと休んでるだ。今日も会ってくれるかな…」

「だめなら、手紙でも書きなさい。もうすぐ夏休みだし、そしたら絹ちゃんが遊びに行ってもいいじゃない」

「おらは歓迎するだ。んだども…」

「大丈夫よ。心配しなさんなって」

 由起子は強く鉄子の背を叩いた。鉄子は驚きながらもにんまり笑って応えた。


 ひばりが丘の駅に数人のクラスメイトと由起子先生、上杉先生が鉄子の見送りに集まった。しかし、鉄子はきょろきょろとして落ち着きがなかった。

 結局、上杉家に挨拶に行っても絹代は姿を見せなかった。鉄子は絹代の部屋の前で挨拶をしたが返事もなかった。鉄子は残念でしかたなかった。きっと最後には理解してもらえると期待していた。それが叶わないまま去ることは、辛かった。

 餞別だと言って、西野と古木がお菓子をくれた。朝丘は手紙セットをくれた。

「ほら、携帯がつながらないって言ってたから。きっと、お手紙ちょうだいね」

「ん。おら、あんまり、字ぃ上手くねえけど…きっと書くだ」

 葵も駆けつけてくれた。しかし、大河内の姿はなかった。

「会長さんによろしく言ってくんろ」

「そんな…。昨日言ったばかりじゃない。それに…」

 と言いかけた時、列車が到着するアナウンスが流れた。葵は由起子先生に肘で突かれて話をやめた。鉄子は、上杉先生と由起子先生の方に向き直ると姿勢を正して、深々と頭を下げた。

「本当に、お世話になりました」

「また、遊びにきてね」と由起子先生は言いながら、鉄子を抱きしめた。鉄子は照れくさそうに顔を赤らめた。上杉先生はそんな鉄子を微笑ましく見つめながら、

「テッちゃんには、いろいろと教えられたよ。楽しかった」と言った。

「そんただことねえ。おら、随分迷惑ばっかり掛けただ」

「いやいや、楽しかったよ。これからもよろしく頼むよ」

 列車がホームに入ってきた。強い風に押されながら、鉄子は荷物を担いだ。

「そんじゃ、みんな、ありがとう。さよなら」


 電車が走り出して、見送りのみんなの顔が流れていった。ホームも切れ、風景が流れ始めると、鉄子は急に淋しくなった。カタンカタンと規則正しく揺られて、次の駅に着いた。そして、また走り出した。カタンカタンと揺られていると、この町にいた時間が思い出されてきた。

「…キヌちゃん…」

 絹代の名前がぽつりと口を衝いて出てきた。どうしても絹代のことだけが気掛かりだった。それでも、郷里のことも気になり、気持ちを奮い立たせて頭を振って、山のことだけを考えようとした。と、目の前に数人が立っている気配があった。顔を上げると、そこには、絹代と大河内と、太田と田口が、立っていた。驚く鉄子とは裏腹に楽しそうな表情で笑みを投げ掛けていた。

「ど、どしただ、みんな」

「どうしたと思う?」

絹代は満面の笑みを浮かべて言った。

「アタシたちさ、あんたについて行くことに決めたんだ」

太田は得意気に言った。

「僕と上杉さんは、向こうの学校に転校させてもらうんだ。こっちの二人は、遊びに行くだけなんだけど」

「いいじゃねえか、少しのあいだ、留学するだけだよ。山村留学。いいだろ、テツ?」

「こっちのガッコはおもしろくねえんだよ。テツもいなっちまうと、よけいな」

鉄子は嬉しくて目に涙が滲んできた。何より絹代がニコニコと笑顔を向けてくれているのが嬉しかった。

「なんだヨ、なんとか言えヨ」

太田に小突かれて、鉄子は涙を拭った。そして立ち上がると大きく手を広げて絹代に抱きついた。

「…おら、おら、おら…」

 電車はカタンカタンと走り続けた。


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