カントリーロード 24
解散した生徒会室に、大河内と葵と、そして鉄子が残っていた。鉄子は、ぼぅっと大河内を見つめていた。そんな鉄子に気づいて、大河内が問い掛けた。
「どうかしたの?」
「んん、なんでもねえ」
慌てて鉄子は答えた。答えながら、絹代が憧れるのも無理はない、と思っていた。
「さぁ、もうそろそろ、帰らないと」
葵に促されて席を立った。そして部屋を出た。
「上杉さんは、どっちの方?」
大河内の問い掛けに鉄子はにんまりしながら答えた。
「おら、ここだ」
「はい?」
「このあいだも、そんなこと言ってたわね」
「そんだ。おら、学校に住んでる」
「え?でも…」
「まぁ、そんいうことだ」
「独りで?」
「んだ」
「…夜も?」
「ん」
「……、…葵さん…」
「あたしにふられても、答えようがないんですけど…」
「ま、そういうことだ」
大河内は悩んだ様子のまま帰途に着いた。葵は鉄子に小さく手を振って帰って行った。
休日の晴天の下、鉄子は家庭科室の窓を開け放ち、洗濯物を干した。やわらかな風が、石鹸の匂いを部屋中に運んだ。半身を窓から出し、日光を浴びながら、鉄子はエネルギーを充填するような気分で空を仰ぎ見た。
晴天。
と、歓声が聞こえてくる。
真下のバレーボールコートには、誰もいなかった。校庭のほうかな、と思い、周りを片づけると校庭に向かった。
校庭ではサッカー部の試合が行われていた。歓声は、校庭を取り囲む観客のものだった。クラブを中止して応援している者もいれば、制服のまま、あるいは、応援のためだけに学校に来ているような生徒もいた。鉄子は感心したままその光景を見ていた。
「こんなもの、面白いのけ…」
そう呟きながら目線をグラウンドに向けると、大河内がドリブルで駆け抜けていく姿が見えた。あっと思っていると、声援がグラウンドに向けられている。
「そっかぁ、会長さん、サッカー部の人気者だったんだ」
鉄子は校舎に寄り掛かりながら、大河内のシュートシーンを見ていた。ボールはキーパーの正面を突きゴールはならなかった。残念がる観客の姿とは対照的に大河内は落胆の様子もなく、次のプレーに移っていた。鉄子はそんな大河内に感心しながら、まわりを見回した。大勢の観客の中に絹代がいるのを見つけた。鉄子は驚きながらも、名案を浮かばせそっと絹代に近づいた。そして、何も言わず絹代の肩を叩いた。振り返った絹代の頬に、突き出された鉄子の指が刺さった。驚く絹代に鉄子はにんまりしながら、
「キヌちゃん、こんにちは」と言った。
絹代は相手が鉄子だとわかると笑みを浮かべた。
「なによ、テッちゃんだったの」
「いやに熱心でねえか。わざわざ応援に来たのけ?」
「違うわよ。ママに頼まれてテッちゃんにお届けもの。そのついで」
「ほんとについでけ?」
「本当よ。たまたま、試合やってたから、見てただけ」
「ほんとけ?」
「しつこいわね」
「んー、まぁいいだ。そういうことにしとくだ」
「もう、テッちゃんたら。はい、これ。渡しておくわ」
「あんりがと。んだども、会長さんうまいんだな」
「そりゃあね。なんでもできるのよ、大河内君は」
「人気者なんだ」
「…ん、まぁね」
「さすがキヌちゃんの憧れの人だ」
「ちょっと、テッちゃん」
絹代は周りの目を気にして鉄子を連れて校舎内に入った。
「テッちゃん、よけいなことは言わなくてもいいの」
「あぁ、そんだ。おら、デリカシィがなかっただ」
「もう、まったく、よけいなことばっかり言うんだから」
「んだども、見てるだけでいいのけ」
「…いいの。それで、いいの」
「ここは一発、どかんと勝負賭けてみるほうがいいんじゃないのけ?」
「勝負って…」
「愛の告白だ」
「ちょっと、テッちゃん、もう、いいの。ほっといてよ」
「ひょっとしたら、うまくいくかもしんねえだ」
「……うまくいかないわよ」
「どうしてだ?」
「だって…」
絹代がためらいながら何かを言おうとしたとき、呼ぶ声が聞こえた。
「上杉さん」
二人がはっとして振り返るとそこにはトレーニングウェア姿の葵がいた。
「おらけ?」
鉄子は自分を指さして言った。
「え?そうだけど」
「いや、こっちも上杉だから」と絹代を指さしながら言うと、
「おらのことはテツでいいだ」
「テッちゃんね。今日はどうしたの?大河内君の応援?」
「ん、いや、洗濯してたら何か声が聞こえたで、来てみたら会長さんが試合やってただ。それで、いとこのキヌちゃんと一緒に見てただ」
「そうなの」
「葵さんはなにしてるべ?」
「あたしは今日はクラブなんだけど、その前にちょっと応援に来たの」
「会長さんだな」
「うん。そう」
「会長さん、結構うまいんだな。おら感心して見てただ」
「うちのサッカー部も結構強いのよ。野球部ほどじゃないけど」
「葵さんはクラブはなにやってるだ?」
「あたし?あたしはテニス部」
「うまいのか?」
「ん…、まぁまぁってところじゃない」
「じゃあ、たいしたもんだ」
「そう、ありがとう。今度はテニス部の応援にも来てね」
「ん、そうするだ」
「じゃあ、またね」
葵は校庭へと去った。にこにこしている鉄子とは裏腹に、絹代は沈んだ表情をしていた。そんな絹代に鉄子はようやく気づいた。
「どうしただ?」
「…あの人、葵さんなのね」
「そんだ。生徒会の書記の葵さんだ。いい人だ」
「…テッちゃん知らないのね。あの人と大河内君は恋人同士だっていう噂よ」
「へ?ほんとけ?んー、そう言われりゃ、そんな感じもするだな」
「だから、いいのよ。あたし、見てるだけで…」
「んだども、噂だろ。ひょっとしたら違うかもしれねえだ」
「でも、お似合いじゃない。サッカー部のエースとテニス部の副キャプテン。おまけに、二人とも生徒会役員だし」
「はぁ~、そんただことかぁ。そりゃ、まぁ、そうかもしんねえ…」
「もう、あたしのことなんて覚えてないだろうし…、いいの」
「思い出してもらえば、いいだ」
「いいのよ。もう、お節介なんだから」
「んだども、もったいねえだ、なんにも言わねえのは」
「むこうは秀才だし、葵さんも頭いいし、…あたしなんか」
俯いて小さく見える絹代を前に、鉄子は頭を抱えてしゃがみこんだ。あぐらをかいて、頭を掻きむしりながらしばらく思案していた。そして急に立ち上がると、絹代の顔を覗き込むと、にんまり笑いながら言った。
「じゃあ、勉強教えてもらうだ」
「何言い出すのよ」
「そんだ、それがいい。勉強教えてもらって、思い出してもらって、仲良くなる。これが一番いいだ」
「もう、よけいなことはいいのよ。第一恥ずかしいじゃない。あたしはバカです、って言ってるみたいで」
また鉄子は黙り込んだ。空を仰ぎ見ながら思案すると、言った。
「おらも一緒ならいいか?」
「え?」
「おらも一緒に勉強させてもらうだ。キヌちゃんはおらの保護者ということで、付き添ってくれればいいだ」
「…そんな」
「おら、理科は得意だ。国語もまぁ大丈夫だと思うだ。んだども、田舎育ちだから社会はよくわかんねえ。英語は嫌いだ。数学は、まぁどっちでもねえ。おらの社会復帰のために、キヌちゃんだけじゃ大変だから、会長さんに頼むってことで、どうだ?」
「そんな…こと…」
「そうだ、それがいいだ。ついでにキヌちゃんも勉強見てもらうだ。な、そうしよう」
「イヤよ。そんなの…わざとらしいじゃない。やっぱり、イヤ」
絹代は鉄子に背を向けたまま強くそう言い切ると、あたし帰る、と言って立ち去った。鉄子は頭を掻きながら絹代を見送った。




