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カントリーロード 16

 放課後早々に帰宅した絹代はリビングでテレビを見ていた。今日も鉄子はクラブの勧誘で人気者だった。絹代は朝丘の目が鉄子に向けられている隙を伺って教室を出た。一人で帰る帰途は、今までにないほど重い気分だった。


―――宿題……しなくちゃ……。


 さっきから頭の中でその言葉が渦巻いている。ドラマのストーリーも頭に入ってこない。今日も数学の宿題がある。またできないかもしれない、間違うかもしれない、と思うと始められなかった。それでも鉄子に負けるのだけは嫌だった、それだけは嫌だった。


―――宿題…しなくちゃ…。


 バタンという音ともにバタバタという足音が聞こえた。


―――帰ってきた。


 耳ざとく鉄子の足音を聞いていると、鉄子はキッチンの方に駆けていくようだった。と、少し間をおいて、母の叫び声が聞こえた。絹代は驚いて身を起こし、そして立ち上がることもできずに聞き耳を立てた。母の声が聞こえた。絹代はようやくソファから身を下ろし、ゆっくりとキッチンに向かった。

 キッチンの様子を伺うように入っていくと、体操服姿の鉄子、泥に汚れた鉄子の背中と、レンジに張りついて身を竦めている美津江の姿が見えた。

「どうしたの?」とおそるおそる訊ねると、鉄子は振り返り、ニッコリと微笑みながらその手に持っていた、大きなカエルを見せた。思わず絹代は絶叫を上げていた。

「テッちゃん、そんなの捨ててきて!」

美津江の声に戸惑うように鉄子は答えた。

「んだども、これ、食えるんだ。おら、いつもこれ獲ってきて、父ちゃんに焼いてもらっただ。キヌちゃんにも食べさせてやりたいから、いっぱい獲ってきただ」

絹代は気が遠くなるような気分でその場にへたり込んでしまった。

「そ、そんなの、あたしには料理できないの。お願いだから、捨ててきてぇ!」

鉄子はきょとんとした顔で絹代の方に向き直った。

「キヌちゃん、どうだ?食わねえか?」

絹代は目の前に突きつけられたカエルを見て、ぞっとして何も言えず、青くなって震えていた。鉄子はそんな絹代を見てニコニコして微笑んでいる。悪気はないのだろうと気を回すこともできず、絹代は叫んだ。

「もう、イヤ!あんたなんか、どっか行って!」

 絹代の叫び声が、空に消えると、しんと静まった雰囲気の中で、鉄子は肩を落として、カエルを掴んだまま、キッチンを出た、絹代に気づかって絹代から遠回りに。美津江もようやく緊張が解けたように、一息ついた。絹代もなんとか立ち上がることができた。二人は互いの顔を見合わせながら、困ったものだと目と目で相槌を打った。

 パタンとドアの閉まる音が聞こえた。父が帰ってきたのかと思い、美津江は玄関に向かった。絹代も今の一件を伝えようと慌ててついていった。しかし、玄関には誰もいなかった。

 美津江が「変ね」と呟いている後ろで、絹代は残念で仕方なかった。今すぐなら、鉄子の事を悪く言っても許される、そういうチャンスが失われた気分だった。時間が経つとまた何も言えなくなる自分のことはよくわかっていた。がっかりして足元を見ると、鉄子の靴がなくなっていた。

「ね、ママ、テッちゃんの靴がないわ」

「あら、本当。きっと、捨てに行ったのね」

「あぁよかった」

「でも、絹代、あんまりテッちゃんにきついこと言っちゃだめよ」

「でも、ママも思ったでしょ」

「ん、まぁ。この間もそうだったけど、少しずつわかってもらいましょ」

「…ん。そうだ、今度どこかで御馳走してあげましょうよ。そしたら、あんなの獲ってこなくなるわ」

「また、この子は都合のいいこと言って」

ふふ、と笑うと二人は踵を返し、絹代は自室に入った。


―――宿題、やっておこ。


と、部屋を見て、絹代は不思議な印象を持った。閑散としている、と思うと、鉄子の荷物がないのに気づいた。服も風呂敷包みもなかった。ただ、絹代が貸しておいたデイバッグだけがぽつんと置いてあり、そして机の上にメモが置いてあった。

『ごめん』

絹代はそれを手に取ると慌ててキッチンに向かった。



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