side レナード・ヴァーミリオン
格好良い王太子殿下はいません。sideローラのままのイメージが良い場合はバック願います。そして少し長いです。
私はレナード・ヴァーミリオン、15歳。ヴァーミリオン王国の王太子で、婚約者は公爵家のローラ・スマルト。公爵と兄に似た切れ長の藍眼と青銀髪で涼し気な印象の美しい女性だ。
8歳の頃、母上主催のお茶会で見た時から、こんなに美しい女性がいるのかと目を奪われた。近くに行って話をしてみたかったが、その時は立太子したばかりで周りを多くのご令嬢に囲まれ、少しの挨拶程度しか言葉を交わせなかった。
通常であれば立太子とほぼ同時に婚約者も決められるのだが、他国の情勢や年の合う王女の不在などもあり、それは見送られていた。
12歳の頃、他国との国交に婚姻は不要と決まり、私の婚約者を国内から選ぶ事となった。
一応数名の候補者を示されたが、その中にローラを見つけ、望んだ。
元々の候補者で公爵令嬢、マナーにも人柄にも問題が見つからないローラは、問題なく婚約者となった。
天にも昇る気持ちだった。
ローラが妃教育の為に登城する際は、時間の限り陰から見つめていた。
こちらには全く気付かないが、真面目に授業を受けるローラを見ているだけで幸せな気持ちになり、自分もローラに相応しい男になる為にもっと頑張らなければと強く思った。
そんな気持ちを打ち砕かれたのは、ローラへ手紙を書こうとした時だ。
書き始めたは良いものの、不意に自分の字が気になった。
今までは然程気にせず、読めるから問題ないと思っていたが……この字をローラに見せるのか……?
侍従のジャンを呼び、意見を求める。自分より8歳年上のこの男は結構ハッキリと意見を言ってくれるから信頼している。
「なあ、ジャン。……私の字は……読みやすいか?」
「ええと………本音をお望みですか?」
「……頼む」
「癖字で読みにくいです」
「……っ、もう少し…何かに包むとか…」
「遠回しに言っても良い事ありませんよね」
「ぐぅ……」
「でも、どうしたのですか? 今まで全然気にしてなかったのに……ああ、ローラ様ですか」
「うぅ……」
「殿下の字はちょっと癖が酷いですよね。慣れてる私達は大丈夫ですが、初めて見るご令嬢はどうかな~と」
「お前……本音にも程があるだろう……」
「ローラ様にこれで出すんですか? 完璧王太子と呼ばれている貴方が?」
「完璧王太子って何だ?!………え? ローラもそう思っているのか……?」
「殿下の評判に悪い物はほとんど聞きませんし、ご令嬢の憧れの的ですから、可能性は高いですね」
「美化された自分との闘いなのか…?」
「まぁ、そうなりますね。実際のヘタレっぷりとは大違いですね」
「ヘタレじゃない!」
「陰からローラ様覗いてニヤニヤしてる人のどこがヘタレじゃないんです? 婚約者なんだから、堂々と会いに行けばいいじゃないですか」
「そんな……緊張するだろうが……」
「はぁ……他のご令嬢は適当にあしらうくせに……」
「ローラと一緒にするな」
「うわぁ……」
「それよりも! やはりこの字ではローラに失礼だよな。幻滅されるのも嫌だし……字の綺麗な者に代筆を頼むか……」
「自分で丁寧に書いたらいいじゃないですか?」
「勿論、字の練習はする。でも、上手くなるまで手紙のやり取りが出来ないのは嫌だ」
「はぁ。後で悔やんでも知らないですからね」
「大丈夫だ。すぐ上手くなって、自分の字で書いてやる!」
返事で字を褒められ、自分でしたその決定を、すぐに後悔するなんて思ってもみなかった。
次は贈り物だった。
「ジャン、ちょっといいか? ローラに贈り物をしたいんだが、相談に乗ってくれ」
「贈り物ですか? 何にされる予定で?」
「ネックレスにするか、髪飾りにするか……ローラの好みがまだ分からないんだ。ただ自分勝手に選んだ物を贈って良いものか…と少し悩んでしまってな」
「最初は仕方ないんじゃないですか? 殿下の独占欲バリバリのアクセサリーとかでも」
「どっ独占欲?!」
「殿下の髪色に近い、紅系の宝石使ったり? 紅から金にグラデーションの宝石使ったり?」
「……私の色を纏うローラ……いいな…」
「でしょう?」
「いや、違う! そこまで考えていない! お前は結婚もしているし、女性にどんな物を贈れば喜ばれるかを知っていると思って…!」
「そうなんですね。ローラ様の好みが分からないのが厳しいですが……最初はローラ様のイメージに近い青系や無難な白系とかが良いかと」
「青系か白系……」
「最初から殿下を連想させる物は重いでしょう? なので、ローラ様を思って選んだと思わせる方が良いと思いますよ」
「成る程……。では最初は髪飾りにしたいと思う。青系でシンプルな物を用意する様、手配してくれ」
「では、宝石商の手配をしますね。明日の午後で大丈夫ですよね」
「ああ、それで頼む。あと、お前も同席してくれ」
「畏まりました」
宝石商を呼んで物を確認しながら選び、自分が選んだ物とジャンが選んだ物を見比べて、負けたと思った。あいつの方がローラの事を分かっている感じがして悔しかった。
その後も贈り物の度に屈辱を味わい、自分のセンスに関するプライドはボロボロになった。
婚約者との親交を深める為と称して、月に1度は公爵家を訪問する。週1回でも良いと思うのだが、王宮でも会う事があるのだし、しつこいと嫌われるとか……ジャンめ…!
兄アンディーは、ジャンに負けず劣らず私にハッキリ物申す。
2歳しか違わない筈なのに、あの迫力は何なのだろう。
それに、ローラと同じ色合いで腹黒い微笑みをされると、通常より堪える。
妹リリーは、夫人に似た金髪碧眼で天真爛漫を全身で表現できる、愛される仕草を理解した少しあざとい可愛らしい子だ。
だが、私のローラに対する気持ちを知っており、揶揄ってくるのは頂けない。……しかし、偶にローラの失敗談など話してくれるのはありがたい。家族の前で見せる姿はまた違う様だしな。私にも見せてくれる様になってくれると良いのだが。
……などと夢中になって話を聞いている時に、ローラが来るとちょっと気まずい。ドアを開けたローラが一拍置いた後に笑顔で挨拶してくれるが、今のが聞こえていただろうか?……リリーはそそくさと逃げていった。二人になれるのは嬉しいが、微妙な空気にしたままで去るな!
昨年からは一部夜会にも参加する事になり、嬉しい反面辛い。
夜会用にドレスアップしたローラは、いつもよりも色気が増し、直視出来ない。
公爵家まで迎えに行き、馬車で二人きりの時間も過ごしたい。
最初にそう言った時、アンディーにやんわり阻止された。
『父と自分が一緒なので、殿下は王宮でお待ちください』
そう言われては、強くも言えなかった。
でも、迎えたローラを見て、馬車で二人にならずに良かったと思ってしまった。
……美しすぎる。
こんな、馬車で近い距離に居たら、何を話せばいいかすっかり飛んでしまう。迎えに行って無言とか、嫌がらせだろう。
馬車から降ろすエスコートの為に手を出すと、微笑み手を乗せてくれる。
手袋の上からとはいえ、ローラの熱が感じられる。
小さくて柔らかい手。ずっと握っていたい。
放心していると、後ろからアンディーの咳払いが聞こえ、我に返る。
ローラの手を私の腕へと位置を変えると更に密着度が上がる。二の腕に温かさと少しの柔らかさが……!!
ちらりと目線をやれば、はにかんだ笑顔。
何だこれ。何この可愛いの。美しい上に可愛いとか、どうしたらいいんだ? え? このまま会場入っていいの? 皆に見せるの?
「……殿下?」
少し固まってしまった所に、ローラからの声がかかる。
小首を傾げる仕草も可愛らしい。
……いかん。王太子の仮面を被らなければ。ローラにみっともない姿を見せられない。
「うん、じゃあ行こうか」
「はい」
よし、笑の形で目を細めてぼやけた視界であれば、自我を保っていられる。
ローラを直視してはいけない。目を合わせてはいけない。
触れあっている場所に意識を向けてはいけない。
華奢な肩や細い腰に意識を持っていかれてはいけない。
しかし、ダンスの1曲目は絶対に踊らなければならない。
ああ、自分の忍耐力が試される……!
控えめな笑みを浮かべ、優雅に踊るローラ。
一緒に踊れているのが夢みたいだ。
でも、こんな近くで見つめ合うなんて……!
その薄く形の良い唇に目が奪われる。いつもと違い、化粧を施されているからか、口紅が艶めかしい。
強く抱きしめ、その唇を奪いたい…!
自分の欲望と闘いながら、どうにか1曲踊り終えると、ローラを公爵とアンディーに預け他貴族への挨拶へ向かう。
ああ、心が平静を取り戻していく。
挨拶をしながらも、ローラを確認する。
アンディーには釘を刺しておいたから大丈夫と思うが、他の令息がダンスに誘うような事は絶対阻止して欲しい。
私以外とのダンスなんて断固拒否だ。
本当なら夜会にも出さず、他の男の目に触れせたくも無い。
しかし、王太子妃となるローラを閉じ込めてはおけない。それにローラも望まないだろう。
ああ、夜会の間ずっと近くに居たい……。
そんな気持ちを抱えながら、今回もまた贈り物をジャンと共に考える。
「………ローラ様への贈り物は、こちらでいかがでしょう?」
「ああ、それで手配を頼む」
いつもながら、ローラに似合う物を選んでくる……。
次こそはと心の中で拳を握りつつ手配を頼む。
「カードはどういたしましょう」
「いつも通りに頼む。内容はこれで」
「畏まりました。……しかし、そろそろご自分で…」
「……解っている」
ジャンの言いたい事はよく分かる。
もう3年も経っているのに、未だ代筆者の字を超えられない。
こんな事なら少しずつ字の下手な者に変えていって、私のレベルに落としてから………なんてダメだ。そんな卑怯な事は出来ない。
いや、代筆を頼んでいる時点で卑怯と言えば卑怯だが……これ以上は取り返しのつかない事になりそうだ…。
ダメな思いを頭から振り払い、別の思考に切り替える。
「そういえば、もうそろそろローラの妃教育が終わる時間だな」
「覗きに行ってないと思ったら、帰り際を狙ってたんですか」
「人聞きの悪い事を言うな。帰り際に顔を見に行く位いいだろう?」
「はいはい、そうですね。近くでお会いしたいんですね」
「うぅ…完璧に見せなければと思うと、中々距離が詰められないんだ…」
「もう完璧とか気にしなければ良いのに……つまらない男と思われますよ? 素の貴方を出していけばいいじゃないですか」
「それが出来たら苦労はしていない……!」
「流石ヘタレ殿下」
「お前っ…」
「お時間、いいのですか?」
「くそっ! 行ってくる!」
会いに行ったものの残念ながら、その日は早めに切り上げたらしく、ローラに会う事は出来なかった。
しかし翌日、ローラから『公爵家の薔薇が見頃だから庭でお茶会をしませんか?』というお誘いが届いた。
「おい、ジャン! 見ろ! ローラからお誘いを貰った!!」
「おめでとうございます。私の記憶では初めてのお誘いかと思いますが?」
「ああ、初めてのお誘いだ! ローラは中々自分の希望や我儘を言ってくれないから、珍しい。間違いなく行く! この日付で調整を行うぞ!」
「畏まりました。調整はお任せ下さい」
「よろしく頼む。 ああ、本当に楽しみだ…!」
約束の昼下がり。
ローラに誘って貰った日時で、公爵家へ赴く。
中庭のガゼボで待っているらしく、侍女が先導してくれる。
本日は夫人とリリーが茶会で、公爵やアンディーも外出しているらしい。
という事は、二人でゆっくり話が出来る。
何て素晴らしい日なんだ。
足取り軽くガゼボに着くと、ローラが略礼で挨拶してくれる。
「殿下、本日はありがとうございます」
「ローラからのお誘い、初めてだね」
涼し気な装いで、今日のローラも美しい。
つい嬉しくて声が弾んでしまう。
「そうでしたか? お話ししたい事がありまして…」
「なんだい?」
ローラの右隣に腰を掛けると、少し硬い表情でローラが口を開く。
緊張しているのだろうか? 私は弾んだ声で促した。
「……リリーも12歳になりました。婚約者の変更はそろそろ行った方が良いかと思います」
「…………は?」
全く想定に無かった話に、ぽかんとしてしまう。
ん? 今、何を言われた?
「妃教育はわたくしも12歳から行いました。なので、リリーもそろそろ…」
「いや、ちょっと待ってくれ」
少し早口で続けようとするローラを止める。
婚約者の変更? リリーに妃教育? ローラは何を言っている?
「……はい?」
「どうして、婚約者の変更などと言う話になる?」
「え?」
「何故、ローラからリリーに婚約者を変えなければならない?」
何故止められたか分からない様な不思議そうな顔のローラに、ほんの少し怒りが湧く。
いくらローラと言えど、聞き捨てならない。
「あの…殿下のお心は分かっております。わたくしの事は気にしないで大丈夫ですので…」
「……分かって無いな? 変えないと言っている」
「しかし……」
私の心が分かっているなら、絶対に出てこない内容なのに。
それなのに、自分の事は気にするなとはどういう事だ。
「突然そんな事を言った理由は? 何か原因があるのだろう?」
「あの……」
「言ってくれないか? 何か誤解があるのなら解いておきたい」
ズイっとローラとの距離を詰め、ローラの膝の上に置いていた右手を握る。
そのまま覗き込む様に目を合わせ、理由を言う様に促す。
どこをどう勘違いしたら、婚約者変更等という事を言い出す事になる?
「……殿下は…わたくしとの婚約が苦痛なのでしょう…?」
「……は?」
目線を外され、更に俯いたローラが小さい声を絞り出す。
ローラとの婚約が苦痛……? 何故……?
「贈り物は侍従の方がお選びのようですし、お手紙は代筆。エスコートも必要最小限ですし、何より…その……リリーとお話しされていらっしゃる時の楽しそうなお声やお顔を、わたくしと居る時は……拝見した事がございません」
「………」
「家同士で決まった婚約であれば、妹へ婚約者が変わっても然程の問題にはならないかと思いますし、必要ならば、わたくしは領地にしばらく籠ります」
「………」
ローラが一気にまくし立てる内容は、身に覚えがあり過ぎる事ばかりだった。
自分の小さいプライドを優先させるが故に、ローラがどう思っているか、感じているかを見失っていた。
そのせいで、ローラを追い詰めていたのだろうか…。
自分のふがいの無さに吐き気がする。
申し訳なさで顔なんて上げていられない。言葉も出ない…。
「………殿下…?」
自己嫌悪に陥っていると、ローラの窺う様な声が聞こえた。
まずは、謝らないと……これ以上ローラに見放されたくない。
「………すまない……。全て私の落ち度だ」
「いえ、リリーに惹かれるのは仕方の無い事です。あの子は、わたくしと違って可愛らしいですから……」
謝罪に対し、返って来た答えに愕然とする。
リリーがローラより可愛い? 惹かれる? そんな事はあり得ない。
「……違う」
「……はい?」
「リリーに惹かれてなんかいない。私が婚約者にと望むのはローラだけだ」
「………殿下…?」
顔を上げ、ローラと目線を合わせて、自分の心の内を曝け出す。
「私が至らないばかりに、誤解を与えてしまってすまない」
「………」
「そんな顔をさせてしまうなんて……もっと早く本心を語るべきだったんだな」
「………」
哀しい様な、傷付いた様な顔をさせたい訳じゃない。
私はローラに笑っていて欲しいんだ。私の隣で。
「そもそも、『家』で決めた婚約ではない。私がローラを望んだんだ」
「え……?」
「小さい頃の茶会で初めて見た時から、目を奪われていた。……12歳で他国との婚姻の可能性が消え、自国内で婚約者を考える事となった際に、陛下から希望を聞かれたんだ。その時、ローラを望み、叶った」
「そんな…」
婚約者が決定した時の事を初めて聞いたと思われるローラは、目を見開き驚いた表情になる。
「代筆は……私は悪筆で、ローラにそんな字でカードを書けないと思い、頼んだのが始まりだった。その後、練習を続けだいぶマシになったとは思うが……一番字の綺麗な者に頼んだのが間違いだった。ローラに褒められた字にまだ追いつけず……そのまま頼み続けてしまった。しかし、内容は私が全て考えていた」
「は……」
「贈り物は……恥ずかしいが、自分のセンスが全く信じられなかった。美しいローラを飾る物や使う物、色の指定や大雑把な種類は指示できるのだが、最終は妻子の居る者に頼ってしまった。……自分が選んだ物と別の者が選んだ物を比べた際に、圧倒的に別の者が選んだ物の方が良かったし、褒められたのは本当に悔しかった」
「………」
「リリーとの会話は殆どローラの事だ。私に見せない部分、家での失敗や会話等、詳しく話してくれるから、楽しかった。私もその部分が見たいと心から思った」
「………」
「エスコートは……その……ドレスアップしたローラが……綺麗すぎて、近くに居られなかった。本当は、ずっと横に居て近くで見ていたかった。だが、近くに居れば触れたくなる。触れたら離したくなくなる。それではダメだと、公爵やアンディーに託して、離れていた」
「まぁ……」
ローラが誤解した部分を一つ一つ、答えていく。
こんな事に拘って、ローラを哀しませるなんて、本当に私はどうしようもない。
ジャンにあんなに言われていたのに、取り返しのつかないギリギリまで来なければ動けないなんて、本当に最低だ。
「ローラ、私はもう君以外を考えられないんだ。……どうか、婚約者を変えるなんて、もう言わないでくれ……」
「あの……わたくし……」
自分の心の奥まで晒し、愛を乞う。
ローラ以外では、もうダメなんだ。
「これからは、誤解を与えないように思いを飲み込まず、出していく事にする。センスが悪くなるかもしれないが、贈り物も自分で選ぶし、カードも自分で書く。私とリリーが二人になる可能性があるのが嫌なら、公爵家ではなく私の部屋で二人で会おう」
「殿下……」
ローラの両手を握りしめたまま語ったせいか、顔がだいぶ近くなっていた。
ああ、君の瞳に映れる程近くに居られるなんて、なんて幸せなことだろう。この瞳が涙で潤まぬ様、傷付いた色をさせぬ様、私は頑張らないといけない。
「私のつまらないプライドのせいで、悲しい顔をさせたくない。ローラを傷つける可能性は排除したいんだ」
「あの…」
「こんな私は嫌になったかい? でも…ローラ以外ではダメなんだ…」
「もう……」
熱に浮かされた様に、言葉が止まらない。握った手を持ち上げ、指にキスを落とす。
そのまま、ローラを見上げると、告白が勝手に口から飛び出す。
「好きなんだ。もう、離せない位に」
瞬間、ローラの顔が赤く染まり、動揺で目が潤む。
「………っ! 少しっ、整理させて、下さい!」
「……ローラ?」
「もう、何ですか! 情報が多すぎて……!」
ローラにしては少し大きな声で、言葉を遮られる。
ああ、もう遅かったのだろうか。
目線が下に落ち、泣きそうになりながらも、謝罪をする。
「言い訳ばかりですまない……愛想をつかされても仕方ないよね…」
「ちがっ……違います! 自分の思っていた事と違い過ぎて! 頭が働かない……」
「……すまない……」
ローラに話す隙を与えず、言い訳ばかり。
本当に私はどうしようもない。
「……わたくしも、殿下の気持ちを決めつけてしまった事、申し訳ありません」
「それは……私の言動がいけなかったのだから……」
「それでも、一人で悶々と思い悩み決めつけるよりも先に、話し合う必要がありました。……わたくしも言葉に出さないで飲み込んだ部分がありましたし…」
そんな私の謝罪に対し、ローラも頭を下げてきた。
私が悪いのに、ローラが謝る必要は無い、と伝えても頭を横に振り、否定を伝えてくる。
……ローラにも飲み込んだものがある……?
聞いてみても良いのだろうか……?
「……何を飲み込んだか聞いても…?」
「……リリーと居る時には笑うのに、わたくしとの時は貼り付いた笑みなのだろう、とか…」
「……………すまない、緊張していた…」
「…え? ……しかし、婚約してもう3年なのですよ?」
「……君は、見る度に美しくなっていったし、みっともない姿を見せたくなかった。……君に映る私は、最高の状態でありたかった。ちなみにリリー対しては全く緊張しなかったよ。妹以外に見えなかったからね」
「………」
またも私の言動のせいだった…。
でも……これは、嫉妬をしてくれた…と思って良いのだろうか?
都合の良い様に考え過ぎだと思っても、緩む頬を抑えられない。
顔を上げたローラの顔が赤くなり、口がパクパク動くだけ。
ああ、そんな仕草も何て愛らしい。
「それに、君と居る時の穏やかな空気が好きだ。君の優しい声が聞こえる時間が何よりも愛しくて………ああ、緩む頬を引き締める為に、余計に笑みが貼り付いたんだな……」
つい愛が溢れる。
自己分析をふまえ愛を語ると、赤い顔のローラが視線を外す。
「つまらない時間を過ごさせているのだとばかり、思っておりました…」
「だらしのない顔を見せまいとした、私の失敗だね」
発せられた言葉に、また自己嫌悪が募る。
とんでもない勘違いを与えてしまっている…。
「エスコートの際に、目を合わせて下さらなかったのは…?」
「………見惚れて、目が離せなくなってしまうから……」
「………」
「ドレスアップして、更に美しくなった君を見ればそうなる」
「目も合わせたくない程なのかと……」
「違う。断じて違う。婚姻してからならずっと一緒に居られるから、と心に言い聞かせて離れていた」
「………」
ローラの問いには真摯に答える。
もう取り繕うなんてしない。全部本音で答えるしか誠意を見せられない。
「アンディーにも、婚約者の側に居るだけの仕事は無いし、ローラと居ると仕事に身が入らないだろう、と言われてしまってね。仕方がないと一人で動いていた」
「お兄様……」
「アンディーは私のローラへの思いを知る一人だな。よく揶揄われているよ」
「………」
ここまで語っておいて何だが、ローラに引かれてしまっていないだろうか?
婚約者の変更を望んでいると思っていた私が、ローラへの愛をこれでもかと語るのは……嫌われたり……?
確認しなければ、とローラの両手を私の両手で包み込む。
「ローラは……こんな私は嫌だろうか…」
「……っ」
「嫌われてしまってもおかしくない行動だったと、言われて気付く様な私は………もう、嫌われてしまっただろうか」
「そん……な…事は……」
「まだ、間に合うだろうか? 君を離したくないんだ…」
神に祈る様にローラの手ごと祈りの形を取り、ローラの反応を待つ。
神託を待つ信者はこういう気持ちなのだろうか。
お願いだ、嫌わないでくれ……!
「わたくし…も、……お慕いして……おります」
ぽろりと零れたローラの言葉を反芻する。
慕ってくれてる……?
理解した瞬間、嬉しさが爆発し、ローラを腕に閉じ込める。
「ああ、ローラ! 本当かい? 私は夢を見ているんじゃないよね?」
「はい…ずっと……お慕いしております…」
力の加減をしなければいけないのに、ローラは華奢な女の子なのに。
嬉し過ぎて上手くいかない。ああ、本当に夢のようだ。
「嬉しい、本当に嬉しいよ…。蒼い月を思わせる君も、静かな湖水を思わせる君も、……頬を赤く染めてくれる君も、大好きだ」
「で…殿下っ」
どうにか力を抜き、腕の中に居るローラを覗き込む。
腕の中にローラが居る。嬉しい。すごく嬉しい。
それに赤い顔も可愛らしい。本当に大好きだ。
「大丈夫かい? 私の顔はだらしなくないかな? でも、仕方ないよね。君をこの腕に閉じ込めているのだから」
「そのお顔も……素敵です……」
嬉しさを隠せず言う私に、赤い顔で目を潤ませたローラが微笑んで褒めてくれる。
「そんな顔で煽っちゃダメだよ、ローラ。男の理性はすぐ飛んで行ってしまうのだから」
「……っ」
こんな、我慢なんて出来るわけがない。
頬にキスを贈ると、ローラの身体がピクリと跳ねる。
なんて柔らかい…! それにすべすべで何度でもキスを贈りたい。
しかし、ここはガゼボ。声の聞こえない範囲とは言え、動向は確認できる位置に使用人が控えている。落ち着かないと…。
………でももう片方位になら……いいよね?
「これ以上は、人が来てしまうかもしれないから止めておくよ。……ああ、可愛いローラ。私以外の男の前で頬を染めてはいけないよ?……攫われてしまうから」
「でっ殿下っ!」
「ふふ、動揺したローラは初めて見るよ。もっと色々な顔を見せてね」
「殿下こそ……今日は見た事の無い顔ばかりです…」
反対側の頬にもキスを贈り、嬉しさを隠さない私に、少し拗ねた様にローラが返す。
そんな顔も可愛いなんてズルいじゃないか。
「ローラの前で格好つけるのは悪手だと分かったからね。これからは、婚約者変更なんて考えつかない様に行動する事にするよ」
「それは……申し訳ございません…」
「いいんだ。今回言って貰えなければ、本当に起こり得た事象かもしれない。ローラの婚約者として、哀しい顔をさせてしまったのが本当に悔しい。……だけど、挽回の機会が与えられたんだ。ローラを失う事に比べれば、私のつまらないプライドなど取るに足らない物だよ」
「しかし殿下…」
本当に、今回ローラが口に出してくれなければ、私は本心を出せず、ローラも我慢をし続け、取り返しのつかないすれ違いになっていた可能性がある。
しかし、ローラは罪悪感を抱いているようだし、何か代案を出さないといけないかな?
「そうだ。じゃあ、私のお願いを一つ聞いて貰えないかな?」
「お願い…ですか…?」
「殿下、ではなく名前で呼んで欲しい」
「名前……レナード様…?」
そう、私は今まで『殿下』としか呼ばれていなかった。
名前を呼んで欲しいとずっと思っていたが、中々言い出せず、婚姻後で良いかな? とも考えていた。……それを知ったジャンからは、相変わらずヘタレ扱いされたのだけれど……。
「うん。出来れば敬称も外して欲しいけど……」
ちらり、と見ると、『それは無理です!』と言わんばかりに顔を横にブンブン振ってアピールするローラが居る。
「……それは、我慢するか」
残念だ…。
しかし、これこそ婚姻後に強請るのが良いかもしれない。うん、そうしよう。
「レナード様…」
「なあに? ローラ」
「あっ………呼んで…みただけ……です」
ふと呟く様に名を呼ばれ、返事をしてみれば、呼んでみただけ……。
「……っ、そんな不意打ちは…ズルい……」
「はい…?」
可愛いが過ぎる。
そんな嬉しそうな顔で呼んでみただけ、とか。
もうこれはお持ち帰りするしかないのでは?
とりあえず二人っきりになるしかないのでは?
よし、それが良い。
ニッコリ笑い、ローラの手を握る。
「このまま、私と一緒に王宮に戻ろうか」
「え…?」
「よし、行こう」
ローラの腕を引き、立ち上がろうとした時に後ろから、かなり不機嫌を纏った声が掛かる。
「行こう、じゃないですよね?」
「お兄様!」
「……アンディー…邪魔をするな…」
「はい? 何かおっしゃいましたか?」
「ぐっ…」
「ローラ、少し殿下を借りるよ」
「はい……」
良いタイミングで現れたアンディーは、私の手をローラから外し、少し離れた場所へと連行する。
お前絶対、出かけていなかったろう。
「離せ、アンディー」
「ヘタレは返上したんですか? それにしても…勝手に連れ去ろうなんて、許す筈がないでしょう」
先程の事を責められる。
だがしかし、私は悪くない。
「ローラが可愛いのがいけない」
「理由になってませんね。その可愛い妹を哀しませたのは誰なんでしょうね」
「……っ、知って…?」
「最近ローラが落ち込んでいたのは知っていましたからね。外出した振りをして、屋敷から見ていましたよ。……まぁ、誤解は解けたようですが」
やっぱり出かけていなかった…。
しかもローラが哀しんでいる事を知っていながら教えてくれないとは……自分で気付かないのなら、婚約解消も辞さないという事か? 恐ろしい奴だ……。
「落ち込ませていたのか……じゃあやはり、王宮でゆっくり話を…」
「だから、許さないと言っています」
「何故だ!」
「貴方の振り幅が大き過ぎるからですよ! まだローラは混乱しています。もう少し小出しにして下さい」
「ぐぅ……」
ローラへの詫びを王宮で行おうとする私をアンディーが止める。
くそう、アンディーの言う事も一理ある……。
「自分の思いは伝えたのでしょう? 少し整理させる時間をあげて下さい。……きっと悪い様にはならないでしょうから」
「そうか…? 少し性急すぎたか…?」
確かに一気に思いを告げ過ぎたかもしれない。
少しだけ反省していると、アンディーから不機嫌なオーラが噴出した。
「それに貴方、先程からベタベタと触り過ぎなんですよ」
「婚約者なんだ、あの位は許容範囲だろう?」
「今まで全然触れ合いが無かったのに、突然何なんですか!」
だから、それは私のせいではない。
「ローラが可愛いのがいけない」
「さっきからそればかり……家の者には、二人きりには絶対させないように言い含めておきますから」
「は?! 何故だ!」
何故、婚約者との逢瀬を邪魔しようとする?!
せっかく誤解も解けたのに酷すぎる!!
「婚姻前に何か起きてはいけませんからね」
「私はそんな事しない!」
「貴方の年頃の理性なんて紙屑の様なモノですよ。全く信じられません」
「……2歳上なだけで……子供扱いするな」
流石に婚姻前に間違いを犯す様な真似はしない。
私は紳士なのだから!
2歳の違いで大人ぶるアンディーに少しだけ反抗をする。
「その年を通って来たから言えるんですよ。……大好きな婚約者と二人きり、上気した頬で寄り添われ、潤んだ瞳の上目遣いで見上げられた所を想像してごらんなさい」
「…………」
溜息交じりに具体的な例を出される。……素直に想像してみる。
先程の様な事が密室で起こる。
うん、危険なほどに可愛い。
むしろキスすべき案件ではないか?
「手を出さないと言い切れますか? キスすらしないと言い切れますか?」
「…………キス位なら良いのではないか…?」
「キスだけで止まれますか? 本当に?」
「……………………無理かもしれない…」
「そういう事です」
「……」
ぐうの音も出ないとはこういう事か……。
その状態でキスしたら……可愛い声など出されたら……無理だ。
「ですから、本日はそろそろ一人でお帰りを」
「もう少し……」
「母と妹も帰ってきますよ」
「うぅ……」
がっくりと項垂れる私に、アンディーの容赦のない声が落とされる。
もう少しだけでもローラと一緒に居たいが、今ローラの前でリリーと顔を合わせるのも気まずい。
ローラの勘違いが完全に解けたかもわからないし、再度疑われるのは避けたい。
「頑張って近い内に時間を作って、お忍びデートでもすれば良いじゃないですか」
「お忍び…デート…」
……良い響きだ。
今までは、緊張からデートにすら誘っていなかった。
妃教育も一段落したようだし、公爵家での逢瀬だけでなく、積極的に城下に行くのもいいかもしれない。
「名前呼びを定着させたいのであれば、それが手っ取り早いと思いますよ」
「アンディー……お前は天才か…?」
追加で、アンディーが嬉しい情報をくれる。
そうか、お忍びでは『殿下』とは呼べない。それどころか、憧れの呼び捨ても夢ではないかもしれない!
俄然やる気が湧いてきた!
「はいはい。では、頑張って誘ってあげて下さいね」
「わかった!」
呆れた声で言うアンディーをよそに、私のやる気は満々だった。
ローラの所に戻ると、平常に近い顔で微笑んで迎えてくれた。
「待たせてごめんね、ローラ」
「大丈夫です、お兄様。少し落ち着けたので…良かったです」
「殿下はお帰りになるそうだから、ご挨拶を」
「はい。本日はありがとうございました、レナード様」
名前を呼んで、微笑んでくれる。
……やっぱり、連れて帰りたい……。
「………なぁ、アンディー…」
「はい?」
「………すまん」
そっとアンディーを窺うも、言葉には出さないものの、ニッコリ黒い微笑みで拒否される。
ダメか……。
「……ローラ、今度城下にお忍びで出かけないか?」
「えっ?」
「城に戻って、都合の良い日時を送るから。考えておいてくれ」
「は、はい。わかりました」
「……今度は、ちゃんと書くからな」
「はい…。お待ちしております」
はにかんだ微笑みで待つと言ってくれた……。嬉しい……。
そんなふわふわした空気を切り裂くように、少し大きめな声でアンディーが指示を出す。
「はい! それでは殿下のお帰りです! 馬車の準備を」
「アンディー……」
「……何か?」
恨みがましくアンディーに抗議するも、冷たい一瞥で切り捨てられる。
だからその迫力は何なんだ……!
「ふふ、お兄様と殿下は仲がよろしいのですね」
「ローラ…」
「あ、……申し訳ありません、レナード様」
「うん。ありがとう」
アンディーとの様子を気の置けない友人と受け取ったのか、ローラが笑う。
確かに、ハッキリ言ってくれる者はすごく大事だ。信頼もしている。
しかし、ローラとの間を邪魔する行動だけは、悔しい思いが先に立つ。
何とも言えぬ思いを抱いてローラを呼ぶと、『殿下』呼びを咎められたと思ったらしく謝罪と呼び直しをしてくれた。
………まあ、良いか。呼び直してくれたのが嬉しいし。
「殿下!」
「わかったから、アンディー! では、またなローラ」
「はい。レナード様。お気をつけて」
せっかく見つめ合っていい雰囲気だったのに、アンディーの痺れを切らした声がかかる。
仕方ないとローラに手を振り、アンディーの元へ早足で向かう。
馬車に乗り王宮へと戻る途中、空の青さが目に入る。
「綺麗な空だな……」
風景を美しいと感じるのは、少し久しぶりに感じた。
ローラには哀しい思いをさせてしまったが、勇気を出して話してくれた事を本当に有難いと思う。
自分のプライドを守る事に固執しすぎて、視野が狭くなっていた事に気付く事が出来た。
これからは、完璧である事に拘り過ぎず、自分の気持ちをちゃんと伝えていこう。
きっと、ローラとならその方が上手くいく。
ローラにも、もっと色々な姿や表情を見せて欲しいし、引き出すのが私でありたい。
手始めにお忍びデートを頑張ろう。
早く王宮に戻って、予定を立て、ローラに手紙を書こう。
ああ、これからが楽しみだ。




