未定
「ひろ。」
たかしが凄い剣幕で部屋にやって来た。
「なんだよ。」
背後に居るたかしの方を向くことなく吐き捨てた。最近二人の関係が悪くなっている。
「補習終わってるはずなのに部活こないし、何か最近俺の事避けてただろ。」
「ああ、ごめん。言ってなかった。サッカー辞めることにした。」
それを聞いたたかしが溜め息をつく。
「お前テストサボったらしいな。」
「で?」
「おい。どうすんだよ。」
「お前には分かんねえよ。」
振り向き様に睨みつける。たかしが何かしたわけではない。ただ、自分に苛立っていた。そして、たかしが羨ましかった。
何か言い返してくるかと思ったが、何も言わず出ていってしまった。その時の表情は怒りではなく、何処か寂しそうだった。
サッカー部は県大会の三回戦で敗退した。
三年生は引退し、新チームとして動き出している。たかしは中心メンバーのようだ。
ひろゆきはというと、その他大勢の中の一人。部員によっては覚えていない者もいるだろう。
それで良かった。
(もう、サッカーはしない。)
そう決めていた。
「おはよう。」
「おう。」
アルバイトを始めて三週間。山田とはすっかり打ち解けた。
「ごめん。一本いい?」
「二本でも、三本でも。」
山田がポケットからマルボロを取り出す。
「悪いな。また今度返す。」
「いらねえよ。メンソでしょ?インポなんじゃん」
「その方が女の子泣かせなくて済むから世のためだけどな。」
軽口を叩く仲になった。
きっかけはある日のことだった。
その日、ひろゆきは補習の集大成。テストをサボった。「もう高校なんてどうでもいい。」そんな風に割り切ってはいたが、落ち着かない。ほんの少しの後悔とこれからの不安で頭がいっぱいだった。
上の空で始まったアルバイト。失敗を積み重ねた。
厨房ではメニューを間違え、ホールに出れば料理をひっくり返す。仕舞いには客との喧嘩。
アルバイトを終え、タイムカードを押したあと店長に呼び止められた。
「竹田、ちょっといいか?」
向かったのは厨房の奥にある事務所。
「どういうつもりだ。」
きっと店じゅうに響き渡ったであろう怒鳴り声。あまりの迫力に気圧され立ち尽くした。
黙り込むひろゆきに余計に苛立ったのだろう。ひろゆきは胸ぐらを掴まれ壁に押し付けられた。
「何とか言ったらどうだ。」
「はあ…」
溜め息が溢れた。
もう何もかもどうでもいい。
「なんだよ。」
そう言って睨みつける。
あまりの迫力に胸ぐらの手は緩み店長が後退りをした。
そのまま無言で睨み合う。
「まあまあ。」
事務所の扉が空き、山田が現れた。
「店長すいません。今日バイト前に竹ちゃんのことイジメちゃって。」
二人の間に割って入り、店長をなだめる様に言う。
「ごめんな。竹ちゃん。」
顔だけこちらを向け、片目を閉じる。
実際にはイジメられた事実などない。いつも通りだった。むしろ、苛立っていたひろゆきの事を気にかけていつも以上に気を遣わせてしまっていた。
「もういい。兎に角、今日みたいなことは二度とするな。」
山田越しに店長の怒号が聞こえた。
その日の帰り、始めて山田と家路についた。
「ほら。」
そう言って差し出されたのは残り一本になったマルボロ。
タバコを吸ったことなどない。躊躇うひろゆきを見た山田は
「まあ、吸わないわな。こういうのは俺みたいな落ちこぼれがやるやつ。」
しまいかけたマルボロを奪う様に取った。
「もらいます。」
にこりとした山田がひろゆきの顔の前をライターで明るく照らす。やがてタバコの先から煙が漂い、見よう見まねでフィルターを吸う。
「うっ。」
咳き込むひろゆきを見て山田が笑う。
「初心者にはキツいか。」
何故こんなものを好き好んで吸うのか理解出来ない。ただ、少し大人になった気分だった。
「竹ちゃん。何か悩みあるっしょ。」
「まあ。そうですね。」
あんなに嫌いだった山田が頼もしく見えた。
「ちょっと寄り道してくか。」