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97話:決闘・大将戦

 僕が戻った時には、すでに対戦相手が中央に出ていた。

 明らかにトラウマを作ったらしい焦げたもぐり聖騎士たちは、深刻な顔で座り込んでる。

 ちょっと耳を澄ますと「娘が生まれませんように、娘が生まれませんように、娘が…………」って繰り返してた。


 ちなみに僕がユニコーンに戻って消えたエルフを詐称する妖精王の代理人は、ガウナが幻を作っているように見せかけている。服や装飾を幻に合わせて浮かすのはラスバブだ。


「やっぱり三人とも女の人なんだね」


 僕が呟くと、聞こえたローザが苦笑した。


「さすがに自前だけで用意できなかったみたいね。二人は村娘で、軍属一人も魔法使いよ。意外とオイセン軍には未婚者少ないのかしら?」

「ちなみに彷徨える騎士との勝敗は?」


 僕が確認するとマーリエが焼け落ちた幕の一部を指した。


「興奮しすぎて場外に出たので、彷徨える騎士の負けでしたぁ」

「ふん。どうせあの人間どもは、勝っても負けても仔馬との戦いを望んだであろう。狙いはその角なのだからな」


 グライフ、そんなことは知りたくないんだよ。

 やる気を削がれた気分で中央に出た僕に、ローズは開始を告げた。

 そして、僕は三人の女性と見つめ合う。…………何もしてこない。


「ぐぬぬ…………何故だ、何故動かない!?」


 オイセン軍の司令官がイライラした様子で叫んだ。

 僕は思わずローズを見る。途端に、ローズに呆れた顔をされた。


「ユニコーンは乙女と見れば自ら近寄るものよ」


 あ、そうか。

 僕は対戦相手に寄ってみる。警戒はするけど逃げる様子はない。

 ので、ちょっと気になってたことを確かめるため周りを回る。

 ついでに武装をしてるのはいいんだけど、なんか変な薬も持ってるっぽい。

 近づいてもまだ出さないのは、母馬の時みたいに足を折るのを待ってるからかな?


 僕は相手の出方を確かめて、ローズの所へ戻った。そして耳打ちする。


「こほん、一人未通だが閨ごとの経験がある者がいる。命惜しくば下がれとのことよ」


 僕は名指しするように村娘の一人を見る。途端に青くなったり赤くなったりした末に、その場から引き下がった。

 代わりに放り込まれるのは、前も森で見た老婆だ。


「…………可哀想」


 思わず呟くと、ローズはそれも通訳する。


「老婆を憐れんでいる。戦闘に関われない者は下がりなさい」

「本当にユニコーンか、それは! 乙女に膝を屈さぬどころか人間を憐れむとは!」

「…………私の知る限りでは、ユニコーンだ…………たぶん」


 ちょっと、ローズ。自信なさげに言わないでよ。

 オイセン軍の不審の目に、ローズはグライフを指した。


「実力は確かよ。本気になればあのとおりに」

「何!? あのグリフォンの傷は、もしや角で?」

「ましてや、乙女に危害は加えない」


 ローズは僕がユニコーンだと証明するかのように触る。

 さすがに馬を乗りこなすだけあって撫で慣れてるなぁ。


「で、では我々の不戦勝だな!」

「危害を加えないだけで、戦わないとは言っていないでしょう」


 逸るオイセン軍に、ローズは呆れた。

 うーん、やらなきゃ駄目か。足元は泥だらけだし、これ使えるかな?


 僕は蹄で泥を掘って、対戦相手へと蹴りつけた。


「きゃー!」


 泥を被って慌てる女性たちに難なく回り込む。そのまま角でベルトを切断して踏み潰した。潰した薬がなんか嫌な臭いがしたらから、ついでに蹴り飛ばす。


「さて、今ので得物も蹴り飛ばされたけれど、まだやる?」

「当たり前だ!」


 ローズの確認にすぐさま答える司令官。対照的に、老婆を含む乙女らは引け腰だ。


 しょうがないなぁ。まずはお年寄りから…………。


 僕は老婆を角にひっかけて、決闘の範囲外へと移動させる。その間、老婆は小さく固まって暴れる気配もない。


「何をしている! さっさと誘惑しろ!」

「座らせれば後はどうとでもなるのだ!」


 うん、まぁね。司令官たちの後ろの幕に隠れた兵の気配は嫌でもわかるよ。

 僕は野次を無視して他の二人の乙女も場外へと運んだ。


「オイセン軍場外のため、ユニコーンの勝利」

「ぐぬ…………」


 わかりやすく悔しがるオイセン軍は、剣に手をかける。やる気満々だ。


「ま、ここからだよね」

「前座と思えば楽しめなくもなかったぞ、仔馬」


 争いの気配を察したグライフが、不穏なことを言って寄ってくる。

 その間に予想どおりオイセン軍が動いた。


「余興は終わりだ! やってしまえ!」


 司令官の合図で、幕を捲り上げて兵が姿を現す。瞬間、グライフが羽根を打って風の魔法で幕の向こうに押し返してしまった。

 それだけでも出落ちみたいなことになってるのに、ロミーは水を、ケルピーは泥を蹴り立てて兵をさらに押し流す。

 マーリエはローズに守られながら、オイセン軍に非難の声を上げた。


「卑怯者! 決闘に負けたからと暴力に訴えるなんて!」

「貴様らの遊びにつき合ってやったのだ! ここからは国のやり方でやらせてもらう! 最後に勝てばいいのだ!」

「勝てると思ってる時点で馬鹿じゃないかしら?」

「ローズ、負け惜しみくらいは言わせてあげようよ」


 司令官の言葉は強がりだ。状況のまずさがわかってるからこそ乱暴だけど確実な手に出た。


 ただしグライフとロミー、あと手負いのケルピーだけで手いっぱいだ。

 軍という数の勝負に持ち込もうにも、相手は飛行と流水を得意としてる。範囲攻撃に適してるんだよね。

 本当の狙いは僕なんだろうけど、乙女効かないし打つ手はない。


「ぐぬぬ…………姫騎士よ、取引と行こう」

「私にこのユニコーンの所有権はないわよ」

「何、動かなければそれでいい」

「はぁ…………同じ人間として情けない。せめて知性を持つ相手であると認識してくれれば」


 ローズが嘆いた瞬間、号砲のような鳴き声が轟いた。続いてバンシーの加護によって聞こえる嘆きの声が僕の中で響く。

 僕は警戒態勢で森に角を向けると、グライフも総毛立って人間を眼中外にした。


「なんなの、今の咆哮は!?」

「ケルベロスだよ!」


 僕がローズに答えると、森から必死の形相の冒険者が走って来る。身につけているのは金羊毛。

 そしてその後ろには、涎振りまく三つ首が現われた。

 ケルベロスの姿に阿鼻叫喚の混乱が起こる。金羊毛は抜け目なく軍の中に駆け込んで身を隠した。


(ごめーん。森の中だけって言ったんだけどさー)


 場違いなアルフの声に、僕は叫んだ。


「アルフがやらかした!」

「あの羽虫めが!」


 叫んだ途端、グライフがケルベロスに襲われる。

 飛んで逃げて応戦するけど、ケルベロスの毛皮に爪は立たず、羽根で風を起こしても巨体は動かない。


「ケルベロス、何をしてるの!?」

「モリノ、シンニュウシャ、オッテキタ。イマハ、タノシンデ、ル!」

「興奮して毒の涎垂れ流しじゃないか! ロミー、水ちょうだい!」

「はーい」


 僕の声に応じて、ケルベロスの涎を水が覆う。僕はそこに角を刺して浄化した。

 途端に喜ぶケルベロス。


 そしてなんでこっちに来るの!?


「ワンワン、バウバウ、タベテイイ?」

「だめ。遊びたいなら殺さない程度にしてよ。じゃないと、また舌刺すからね」


 僕のユニコーン語がわからず人間たちは無駄な攻撃をしてる。

 そして攻撃した人間を遊び相手と認定したケルベロスは、巨体で駆け回り始めた。それだけで脅威となって人間たちを吹き飛ばす。


「あうあう」

「おい、どうした? こいつ様子がおかしいぞ!?」

「変だぞ! 他の奴らも、あ、あう、あうあうあー」


 ケルベロスとは別の所で、兵士に混乱が生じた。何故か味方同士で争っている。

 そちらに目を向けることで、僕は知った気配に気づいた。


「ランシェリス!?」

「すまない! 止められなかった!」


 腕にぐったりしたブランカを抱えて、ランシェリスは兵士たちの中をこちらに向かって走って来る。


「え、それでなんで君がいるの!?」


 僕はランシェリスの後ろから姿を現した人影に叫んだ。

 すると予想外の方向から返事が返る。


「俺が人間を後ろから襲うよう言ったのだ。どうせ兵を隠していると思ってな」

「グライフ!? もしかして僕に隠れて何かしてたの、これ!?」

「声をかけたら仔馬に会いに行くついでと言ってな」


 僕がグライフに角を振る間に、ローズがランシェリスと共に剣を抜いた。


「ランシェリス、あちらでは何が起きているの?」

「アシュトルだ。あの魔王の悪魔の!」

「うふふふ」


 争う人間たちの間を、優雅に歩いて女が現われる。人間ではない妖艶さに、正気の兵士たちも竦んでいた。

 そうしてなまめかしく片手を上げると、僕に向かって綺麗な笑みを浮かべる。


「はぁい、来ちゃった」


 現れたのは、性別を変えられる魔王の悪魔。女姿のアシュトルだった。


毎日更新

次回:悪魔の乱入

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