93話:決闘・次鋒戦
「どうだ、仔馬」
意気揚々と僕の側に駆けて来たグライフが、そんなことを言った。
「血を流さずして勝ちを拾ったぞ。貴様は血を見るとうるさいからな」
「そんなこと気にして、あの方法にしたの?」
グライフ的には相手が漏らしたのはいいのかな?
重歩兵、すごいことになってるよ?
血みどろで勝たれるのも嫌だけど、あれも決して良かったとは言えない勝ち方だと思う。
漏らした重歩兵とその仲間は自力で動けなかったらしく、引き摺られて戦いの場から片づけられた。
そんな仲間の醜態に呆れながら、オイセン軍の次の選手が出てくる。
「対戦表にあった盗賊って、あの軽装の人? なんで盗賊って言うの?」
「それはね、盗賊から転職した人物が作った兵科で、伝統的にそう呼ばれるのよ」
僕の疑問に軍関係者のローズが答えてくれる。
昔盗賊から有力者に望まれて軍を再編した人がいて、盗賊として培った斥候術や罠師としての技を弟子に伝授したそうだ。
前世の知識で言うとなんだろう? 工作兵? 技術仕官?
「そうなると犯罪者の盗賊はどう言い分けるの?」
「山賊、海賊、江賊、強盗、窃盗犯などと呼称するわね」
どうやら今では盗賊とは呼ばないらしい。
オイセン軍の軍属は服装に統一性があって、盗賊と呼ばれる職業の人も犯罪者のような恰好をしているわけではない。
見れば冒険者と違うとわかるくらいには、きちんとした服を着ていた。
というか、アルフの知識にあった人間の服装がだいぶ古い。盗賊という兵科についてもないから、本当にこの五百年、人間と深くは関わってこなかったようだ。
そんな盗賊の仲間は、戦士と魔法使いだった。
「それであの賑やかな妖精さんは何処かしら?」
「もういるぞ」
グライフの声と同時に、上から強烈な風が吹き付けて砂塵を舞い上げる。
上からってグライフと一緒だなぁとは思ったけど、言わないでおこう。
「おいらの出番だな!」
「偉そうにしないで!」
「みんな一緒よ」
現れたボリスとニーナとネーナはいつもどおり騒がしい。
そんなよくいる妖精の姿に、オイセン軍は侮っているのが見てわかった。
けど何かする気なんだよね。僕は本番でお披露目のために、三人が大騒ぎしながら練習していた必殺技というものを見ていない。
シェーリエ姫騎士団にも見せたんだし、教えてくれてもいいと思うんだけど。
「なんの妖精かは教えてるし、向こうの魔法使いって水系?」
「はい、そうです。戦士が樽負ってますし、中身は魔法のために用意した水でしょう」
審判のため離れたローズに代わり、マーリエは心配そうにボリスたちを見ながら教えてくれる。
「ボリス相手に水で、ニーナとネーナの風への対応はしてないのかな?」
「必要なかろう」
当たり前のように言うグライフは、理解してない僕に説明してくれた。
「人間の間では、風を主力として使う魔法使いは最弱と言われているのだ。飛べる種族でなければ生かせぬ魔法よ」
「そうかな? 僕飛べないよ?」
「身体能力の差が人間とあるではないか。それ以前に、貴様の使い方が特殊だ、仔馬」
基本的な使い方知らないから特殊かどうかはわからないけど、風が最弱ってなんか納得いかない。風ってすごいと思うよ。
だって前世で経験した台風はすごかった。車を横転させるほどの風なんて、人間じゃ対応できないはずだ。
まぁ、問題点も想像はつくんだけど。
台風並みの暴風を魔法では再現できないからだろうな。
人間は魔法じゃ飛べないらしいし、風量に限度があるんだ。天候を操作するなんてできないんだろう。
「風の魔法は風圧での足止め程度なんですよ。それも室内限定ですね。最弱は言いすぎでも、攻撃向きじゃないんです」
納得してない僕に気づいて、マーリエがとりなすように言う。
「攻撃に使うなら石つぶてで囲めばいいんじゃない?」
「ほほう…………?」
「あ、しまった」
グライフに余計なこと教えたっぽい。
グライフなら人間囲む旋風起こせるし、誰か将来的に犠牲になりそうだ。
ごめんなさい。
「あ、始まりますよ」
マーリエの声のすぐ後に、審判を行うローズの合図が聞こえた。
人間側すぐさま対妖精アイテムを使って、幻惑や状態異常にかからないよう対処する。
そして走り出した盗賊は、腰につけたポーチから、次々に何かを出して撒いて行った。
「うわ、嫌な臭い!」
「やだー! 吹き飛ばしちゃう!」
「あら、まだ何かするの?」
盗賊の撒いた液体に騒ぐボリスとニーナに対して、ネーナはまだ移動を続ける盗賊に気づいて目で追う。
見られていても構わず盗賊が今度は粉を撒いた。
「あ、これはいい匂い!」
「これは好き! この匂いのほうがいいわ!」
ボリスとニーナは目に見えて惹かれている。
集中力のない妖精の特性を知る盗賊は、走り回るだけでボリスとニーナを攪乱した。
「魔法使いさんは何をしているの?」
ただ、ネーナだけが惑わされず、攻撃準備を進める戦士と魔法使いの動きに気づいた。
「霧霞領域!」
戦士が降ろした樽の水を使って、魔法使いは辺りを霧で覆う。
ひんやり湿っぽくなったのは、ボリスの火による攻撃への対策だろう。
そして戦士は…………あれって、虫取り網?
「なんだろう、あの金属の網みたいなの?」
「金属は妖精が苦手する最たるものなんです。強力な妖精ならともかく、彼らのように小さな妖精は金属の籠に入れられただけで逃げられなくなります」
「おかしな形はチェインメイルを編み直したからか。急造にしてはなかなかのできだ」
グライフが半分馬鹿にしたように笑う。
ちゃんとオイセン軍は対策してきてるんだなぁ。たぶんグライフ相手にも何かあったんだろうけど、使う暇なかったんだろうな。
「ほら、ニーナ」
「うん、ネーナ!」
ニーナとネーナが手を繋いで回り出す。その中心にはボリスがいた。
ニーナとネーナの動きに合わせて風が巻き起こり、霧を飛ばす。
「くぅ! 小さい癖に!」
魔法使いは霧を維持しようとしてるみたいだけど、押し負けぎみだ。
塊の水ならともかく霧ではそうなる。風の魔法にも重量は関係あるんだから、飛ばされないように一度樽に戻すのも手だと思うけど。
「あれ? 枯葉が森から飛んできてる?」
見る間に風の音が枯葉のこすれ合う騒音に代わると、枯葉が渦巻く風の中に火が赤くちらつき始めた。
「火が!? おい、どんどん大きくなってるぞ!」
盗賊も煽られて強くなっていく火の勢いに、驚いて足を止める。
戦士は危険に思ったのか、果敢に風の中へと網を振るった。
「おっと、もう入らないぜ」
「何!?」
出て来た腕に、網が止められる。
風と火が消えて現れたのは、僕と同じくらいの男の子。
炎で形作られた人の形は、ボリスだった。
「どうだ、驚いたか!」
「熱!」
戦士はどや顔のボリスが発する熱に退く。
どうやら火の玉の時より火力も上がっているようだ。
「ボリス、どうなってるの?」
「貴様が言ったのだろう? 火を吸って力にせよと。それをずっと練習していたら、あの姿になったようだ」
何かそれっぽいこと言った気がするけど、こうなるとは思わないよ。
「次、いっくよー!」
「水も飛ばすわー」
ニーナとネーナが枯葉を追加し、また火が燃える。
枯葉に引火した火を風で煽って、どんどん強くしているようだ。
「水で弱らせろ! それがお前の役目だろ!?」
「やってるけど、風が邪魔で!」
「だったら砂かけて消すぞ!」
戦士が怒鳴ると魔法使いも焦って怒鳴り返す。
そんな二人より冷静な盗賊が、ナイフで掘った土をぶつけた。
「無駄だぜ!」
ボリスの手の振りに合わせて飛んだ火が、盗賊の装備を燃やす。
「ここからが本番だ!」
笑いながら回るニーナとネーナが竜巻を起こすと、そこにボリスも加わって、火炎の竜巻と化した。
「うわ…………」
火炎の竜巻が人間を追う。意思を持ってるせいで何処までも追いかける。
その追跡には容赦がなく、背後から迫る楽しげな笑い声がいっそ怖いんじゃないかな?
「「「うわー!」」」
対戦相手は逃げ場を求めて、決められた範囲外へと飛び出す。
瞬間、ローズが凛とした声で制止した。
「そこまで! 勝者、妖精!」
「ふひー」
竜巻で火が掻き消されると、疲弊した様子のボリスが姿を現した。
その姿はいつもどおりの火の玉サイズ。
「これ疲れるんだよなぁ」
「私は平気!」
「走ってるだけだものね」
そんな呑気な妖精たちの声に、長く続かないことを知ったオイセン軍は一斉に安堵の息を吐き出していた。
「幻獣さま、どうしたんですか? お顔が険しいようですが?」
「うん、まぁね。簡単に二敗したのに全然慌てないなぁって」
「まだ取り戻せるとでも思っているのだろう」
グライフはグリフォンの目でオイセン軍を眺めた。
つまり、次のロミーなら確実に倒せると思ってるんだろう。
ただそう想定していたはずの小さな妖精たちに負けても焦りが見えない。
「向こうはもう、奥の手をいつでも打てるように準備が済んでるって思っておいたほうがいいかもね」
「お、奥の手、ですか?」
怯えるマーリエの肩で、フクロウが飛び立とうとするのを僕は止めた。
「君たちには影響がないはずだよ。大丈夫。危ないと思ったら姫騎士団のほうに走って。オイセン軍の狙いはユニコーンの角なんだからね」
自分で言ってて嫌になる。
グライフじゃないけど、こんな茶番さっさと終わらせて森でゆっくりしたいな。
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