92話:決闘・先鋒戦
暗踞の森の不可侵をかけた決闘の日。
指定した決闘の場所に張られた陣幕を見て、僕はローズを窺う。
「あからさますぎない? あれって森に異変があっても気づかないようにするためでしょ」
「決闘の様式としては間違っていないわよ」
「そういうものなの? もっとこう、観客みたいな人たちに囲まれるかと思ってた」
「衆人環視を決闘の立会人にすることはあるけれど、格式を重んじる決闘にはあまり採用されない方式ね。それも妖精王の知識かしら、ユニコーンさん?」
僕は曖昧に頷く。
ローズは気にならなかったらしく、声を潜めて別のことを聞いて来た。
「ところで、例のドラゴンらしき生き物はどうしたの?」
「アルフでも怪物のドラゴンって断定できなかったから、鎖に繋いだままゴーゴン三姉妹にお願いしてお留守番してる」
ケルベロスも躾けたメディサなら安心だ。
ただ預けた時、人化したドラゴンは僕と一緒がいいと言って子供のように泣いた。
メディサの姿は柱の向こうで見えなかったけど、幼女に泣かれて困っているような雰囲気はあったんだ。
で、その時初めて他のゴーゴンの声を聞いたんだけど。
『ふふふふふ。うるさい我儘な子は、物言わぬ石像にしてしまえば、悪さもできないわね』
ひどく優しい声だったのが、ちょっと怖い。
ドラゴンも同じことを思ったらしく、一瞬で幼女のまま真面目な顔になって口を引き結んでいた。
そんな一幕を知らないローズは、納得したように頷く。
「なるほど、鍛冶は鍛冶屋。怪物なら怪物が対処するというわけね」
どうやら日本的な餅は餅屋という慣用句と同じ意味らしい。
そんな話をしながら陣幕の中に入ったのは、エルフを装った僕とシェーリエ姫騎士団、そしてフクロウを連れたマーリエだけ。
決闘を行う選手がいないことに、オイセン軍の司令官はじっと睨んで来た。
「ユニコーンはどうした? 連れてくるのではないのか」
「呼べば来る距離にいるのでご心配なく。それとも、戦いの余波で見境なく荒ぶった状態のユニコーンとの戦いをお望みかしら?」
指揮官の一人がユニコーンだけを気にかける姿に、ローズは失笑する。
「こんな茶番はさっさと終わらせましょう」
そうローズが囁くのに内心同意して、僕とマーリエは森側の代表として誓約書を取り交わした。
ま、ちょっと妙な言い回しで森を割譲するなんて誓約を盛り込もうとしてたから、そこは指摘して撤回させたりもした。
隙があったら容赦なく突いて行く方針なのかな? 利益優先の割に体面も大事にしたいなんて思ってるから、こんな小賢しいことするんだろうなぁ。
僕たちがいない間に湖を狙うなんて小賢しいことを。
「あの、本当に大丈夫でしょうか? 人魚さんのいる湖に大砲撃ち込まれるんですよね?」
今日になって不埒な企みを知ったマーリエは、落ち着かない様子で森に視線を向ける。
この世界の大砲って、火薬も使うけどほぼ魔法使いたちの魔法で石や金属の塊を飛ばすというものらしい。
ただ威力は街の壁を数発で崩すほどなので、戦術兵器扱いのもの。
必要な魔法使いも最低四人。大砲や弾を運ぶ人員やそれらの護衛が必要なため、密かに進軍できるような隊ではないだろうとのこと。
「大丈夫だよ、マーリエ。ちゃんとアーディたちにも知らせたし、侵入者が来たらアルフから報せてもらえるように取り持ったし」
うーん、今回一番の難題はアーディを頷かせることだったかもしれない。
「それでは先鋒戦を行う者は中央へ!」
ローズが審判として声を上げると、オイセン軍から三人が出て来た。
全身鎧と盾を持った重歩兵。見るからに強弓といった大きな得物を持つ弓兵。そして棍棒にも似た杖を持った魔法使い。
魔法使いは身に着けている魔法の補助道具から、風を主体とした魔法を使うようだとマーリエが教えてくれた。
対戦相手が三人揃うのを待って、グライフは悠々と上空から降りて来た。
同じ地面には立たず、滞空して高みから人間たちを見下ろす。
「ちっ、決闘の礼儀冴え弁えぬ獣め」
「無駄口はやめてもらいましょう。それでは三つ数えたのちに決闘を開始する」
ローズは注意しながらも、傲慢さを隠そうともしないグライフに呆れた目を向けていた。
僕は不思議に思って近くのマーリエに聞いてみる。
「獣なんて言ったらグライフに限らず幻象種は怒ると思うけど。あれって挑発?」
「…………そう言えば、聞いたことあります。森の外の人間は、幻象種の言葉がわからないって」
「そう言えばそうだった。当たり前に話しかけてたから忘れてたよ」
「はい。四足の幻象種は、ただの人間に通じる言葉で話すことはありません。だから凶暴で強いけれど、知能が高い獣くらいに思っている人も多いらしいです」
言葉が通じてるとは思ってないってことか。
完全にわかってるから、グライフの狙いは獣と罵った重歩兵になってるけど。
「一、二、三…………始め!」
ローズの合図に、どちらも動かない。
グライフは滞空したまま。人間たちは武器を構えたまま。
「あの、どういうことでしょう? 私、決闘とか初めてで」
「さぁ? 僕も初めてだから、あ、そうか。グライフがちょっと対戦相手を覗き見したんだけどさ」
朝一番で上空を飛んで確認し、吐いた言葉は「つまらん!」だった。
「格下相手にやる気なくして決闘放棄しそうだったから、千数えるくらいまではあえて攻撃をさせて、無傷でいられるかやってみたらって言ったんだよ」
そしたらグライフは、とんでもない曲解をした。
「反撃できないと慢心した馬鹿を一気に攻め立て、慌てふためくさまを見るのだな! それならば愉快なことになろうって言ってたよ」
「うわー…………けれどあの幻獣さまなら言いそうだと思ってしまいますね」
そう零したマーリエの表情に、気づいたローズがわざわざ理由を聞きに来た。
「オイセン軍の先鋒たち、あのグリフォンは先制を譲るそうよ」
「なんだと!? 舐めやがって…………。お前たち、やってしまえ!」
ローズが教えると、重歩兵が後衛二人を守る体勢に入る。
重歩兵の指示に、弓兵も怒りを浮かべて弦を引き絞った。魔法使いは緊張の面持ちで呪文を詠唱する。
その間に弓兵は高くほぼ真上に矢を連射した。
「ふむ、何をする気だ?」
ちょっと面白がってるグライフは、矢の向かう先を見ていたけれど、何かに気づいて大きく羽根を打った。
瞬間、魔法使いから放たれた風が矢を包み込み、矢は自動追尾機能でもついているかのようにグライフの羽根を狙う。
「小賢しい! この程度で俺を射抜けると思い上がるな!」
グリフォンの言葉でそんなことを言い放つと、一気に上昇してそのまま急降下する。
追う矢の間隔をしっかりと把握した上で、グライフは地面に落ちるギリギリでまた急上昇した。直線の動きしかできない矢は、次々に地面に埋まって風の魔法の効力を失う。
「くそ、あんがい頭を使いやがる!」
「焦らないで次を射ろ!」
悔しげに吐き捨てる弓兵に、魔法使いが指示を出す。
基本的な連携は、重歩兵が守りに専念し、後衛二人が連携して攻撃を行うというもの。そしてグリフォンの飛行能力というアドヴァンテージを失くすことが第一目標のようだ。
「狙いは悪くないけれど。ユニコーンさんならこういう時にはどうするのかしら?」
ローズは決闘の場から退避して、指で叩きながら千を数えつつ、聞いて来た。
「こういう時って、あの三人の立場ならってこと? …………グライフが急降下した時点で、盾で体当たりさせるかな? 自分から近くに来てくれたんならそれを利用しない手はないと思うよ」
「こういう時、あなたが人間じゃないことを実感するわね。あの重歩兵の恰好じゃそんなに早く動けないのよ」
あ、そうか。鎧着てるし、ユニコーンの感覚で言っても人間には無理だね。
「矢をあれだけ自在に操れるし、矢に細くていいから縄をつけて飛ばすべきよ」
「なるほど。蜘蛛の巣のようなものですね!」
一度引っかかれば動きが鈍ると、マーリエは手を打って納得する。
僕としては簡単に対応を想定するローズの慣れに、ちょっと空恐ろしいものを感じた。
「とは言っても、今の反撃をしない前提での対処でしかないわ。あのグリフォンなら矢を操る魔法を同じ風の魔法で打ち消せるでしょうし、爪も嘴も鋭いから、生半可な縄なら千切られる。何より、力の強さが厄介なのよね、グリフォンって」
やっぱりグリフォンと戦ったことあるんだぁ。
そんな話をしながら観戦している内に、弓兵の矢が尽きた。
魔法使いも魔法の精度が落ちて、疲弊しているのが目に見えるようになる。
一人守りとは名ばかりに立ってるだけの重歩兵がただの置物と化していた。
と思ったら、今度は重歩兵が鎖鎌を出してグライフを狙う。
「…………当たりませんね」
「グライフもっと高く飛べるから、わざと当たりそうで当たらない高さにいるんだよ」
「…………あのグリフォンの性格が特別悪いのではないとわかってはいるんだけど」
ローズの言葉にマーリエも微妙な顔になる。
そう言えば、ローズはもう千を数えていない。どうやらとっくに反撃しない時間は過ぎてるようだ。
「ふむ、つまらん」
呟いたグライフは、避けていた鎖鎌をあえて前足で握って引っ張る。
引きの強さに耐え切れず、重歩兵は鎖を離してしまった。
「…………喋った?」
「き、気のせいじゃなかったのか」
グライフの呟きに魔法使いと弓兵が動揺する。
やっぱり、獣の姿の幻象種が喋れるとは思っていなかったようだ。
「さっさと降伏しろ。貴様らは殺すにも値せん」
「獣が偉そうに! …………え!?」
グライフの侮蔑の籠った言葉に言い返そうとした重歩兵は、自分の体が浮いたことに硬直する。
滑空してあまりにも何げなく重歩兵を前足で掴んで上昇するグライフに、僕たちも口を開けて空を見上げた。
「…………あ、まさかグライフあれやるつもりかな?」
「何をするつもりなの、ユニコーンさん?」
「前背中に乗せてもらった時、山と谷を描くように急上昇と急降下をされたことあってさ」
ようはグリフォンの背中でシートベルトもなしに行うジェットコースターだ。
僕が爆走する背中に乗せた時の意趣返しだったらしく、もう乗らないと言ったら満足そうにしてた。
「ひぃーーーーぎゃぁーーーー!?」
そして僕たちの視線の先で、予想どおりのことが起きる。
…………結果を言えば、重歩兵は地面に降ろした時には泡を吹いて気絶していた。
その姿に、弓兵と魔法使いは即降伏。
結局、グライフは一度も地面に足をつけずに勝利を収めたのだった。
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