9話:岩場での奮闘
「まだ抗うか、馬ー!」
「ユニコーンだって言ってるじゃん!」
「仔馬の分際で口答えをするな!」
「命かかってる時に分際も何もない!」
僕は今、絶賛グライフに追いかけられてる。
っていうか、本当に追って来たし!
しかも今度は頭使ったのか、辺りに隠れる場所のない岩場で襲われた。
「逃げろ、逃げろ! また後ろから来るぞ!」
アルフが走る僕をフォローして、後ろや頭上を狙うグライフの位置を教えてくれる。
それでも見渡す限り岩と斜面では、逃げ場はない。
しかも、ここは山の中。両脇はそそり立つ断崖に挟まれていて、飛べるグライフが優位だった。
「一気に走り抜けられないのか、フォーレン?」
「無理! 岩が多くてまっすぐ走れないから、スピード出せない!」
「ふっはははは! どうした、先日の威勢は?」
グライフは優位に立っている現状に気を良くしているようで、鉤爪がかすりもしないことを気にしていない。
こっちの体力が尽きて足が止まるのを待っているようだ。
つまり、この場で僕を追い回していればグライフの勝ち。
この状況から逃げ出せなければ、僕の負けという名の、命の終わりだ。
あ、獣に襲われて腹だけ食い破られると生きたまま苦痛に苛まれるって、今そんな前世の知識いらないよ!
ヒグマがどうのってテレビ番組なんて思い出さなくていいの!
余計にこのまま殺されるわけにはいかなくなったじゃん。
「その自慢の足で逃げてみるか? できるのならなぁ!」
めっちゃ楽しそうに煽って来るグライフが果てしなく腹立つ!
この間逃げ果せたこと根に持ちまくってるとか、大人げなさすぎだよ!
なんか、このままこいつに殺されるのはすごく嫌だ。
「あいつ慢心酷いけど、こんな所に追い立てた分、頭は使ってんだよなぁ」
不思議そうに言うアルフは、僕の疑問を察知して続けた。
「ユニコーンが憤怒の化身なら、グリフォンは傲慢の化身だな。上から目線がすっごいの。ま、実際ドラゴンくらいしか競う相手いないし、すぎた無礼も見下しも許されるだけの実力のある種族だ」
「そんなグリフォンが、力任せに襲うんじゃなくて、僕を追い詰めるために頭を使ったのが不思議? そんな無駄な知恵使わなくていいのにー」
「貴様、仔馬のくせに減らず口ばかり叩きおって!」
「うわー!」
聞こえていたらしいグライフに横から襲われ、一時的に速度を上げ避ける。
滑空するために高さを求めるグライフの動きに合わせて、僕は一度足を止めた。
すぐにでも駆けだせるよう構える僕に、グライフも無意味に襲ってはこない。
正面から襲って来ないのは、僕の死角を狙う意図とは別に、岩をも貫くユニコーンの角を防ぐ手段がないかららしい。
「動き止められれば、俺が魔法で時間稼ぎできるかもしれないんだけどなぁ」
「グリフォンも幻象種なんでしょ? だったらアルフのこともわかってて近づかないんじゃない?」
「だろうなぁ」
「ふん、何か俺の手の内から逃げ出す算段はついたか?」
鳥の顔なんだけど、目を見るとすっごいにやにやしながら見下ろしてるのがわかる。
あれだ、この獲物どう仕留めてやろうかって、すでに勝った気でいる。
まぁ、確かにここから逃げる方法ないんだけどさ!
鷲のような羽根を大きく動かして、グライフはまた僕の後ろを取ろうと動いた。
「そう何回も!」
「フォーレン! 後ろだ!」
「え?」
まだグライフは僕の前にいる。けれどアルフの忠告に嘘はない。というか、ここで嘘を吐く意味がない。
僕はすぐさま横に向きを変えて走り出した。
瞬間、僕の背中に鋭い爪が襲う。掠りそうになったけど、ギリギリ回避に成功した。
「貴様! 何故ここにいる!?」
嘴を開いて威嚇音を発するグライフに、乱入者は威嚇音で返しながらせせら笑った。
「こんな仔馬に手間取っているからだ!」
「何あれ! ドラゴン!?」
「飛竜だ! ドラゴンの中でも小柄だけど、獰猛で顎の力がめっぽう強い!」
僕はアルフの説明を受けながら、慌ててグライフとドラゴンに角を向ける。
そう、ドラゴンだ。
鰐のように長く牙の並んだ口、堅い皮膚に覆われた体、長く鞭のようにしなる尾。羽は皮でできているようで、羽ばたく度にたわむ。
足は短く、蜥蜴っぽい。色は鮮やかな赤で、こんな出会いでなければファンタジーだと興味を引きつけられただろう。
どうやらグライフとドラゴンは知り合いらしく、僕をそっちのけで罵り合いを始めていた。
「この馬は俺の獲物だ! 横取りとは卑しい真似を!」
「はん! 見ていたぞ? 角が怖くて攻めあぐねる無様な姿をな!」
「ほざけ! 脳の足りん蜥蜴は蜥蜴らしく地面を這いずっていろ!」
「なんだとこの! 宝も得られぬ出来損ないが偉そうに!」
シャーシャー威嚇音を交えながら言い合ってる。
お互いの罵倒にどんどん興奮していくのが、辺りに渦巻く風でわかった。
「ね、ねぇ…………。あの二人風の魔法使ってるよね?」
「幻象種は基本自前の羽根で飛ぶけど、スピード出すために風魔法修めてる奴らが多いんだ。ついでに言うと、魔法の腕ならドラゴン、身体能力ならグリフォンのほうが上」
つまり、どちらも秀でる部分が違うから、簡単にどちらが強いとも言えず、争いになるようだ。
「ドラゴンって、ユニコーン食べるの?」
「ドラゴンは雑食。馬を襲って食うくらいはする」
僕ってどうやっても捕食対象なの!?
「仔馬程度に手間取るとはなぁ! お前がそこまで弱くなっているとは思わなかったぞ!」
「遊んでいただけだと見てわかれ! こんな仔馬、俺の爪の前では無力よ!」
「その爪をかけられずに、無様にバタついていたのはお前だろう! ふん、我が牙ならば、一噛みであの白い喉を折り砕いてくれるわ!」
「あの仔馬は俺の獲物だと言っておるだろうが! 貴様には血の一滴もやらぬわ!」
待って、僕食われる気なんてないよ! 勝手に所有権主張するな!
「あーもー、好き勝手言いやがって。けど、逃げたらこの風の魔法、こっちに向かうんだろうなぁ」
「アルフ、防げない?」
「完璧には無理。この地形が風を強めるから、一度吹くとフォーレン吹っ飛ばされる」
つまり、この岩だらけの地面に叩きつけられて、走ることもままならなくなる可能性があるわけだ。
「あいつらも、それわかってて言い合いに専念してるみたいだし」
「さっきから、獲物だとかなんだとか、僕をなんだと思ってるんだよ」
「フォーレン仔馬だから、逃げられるわけないとか、攻撃さえ当たれば一撃とか舐めてんだろうな」
「確かに、そうだけど…………。そうだけど…………」
悔しい。
なんだかわからないけど、すごく悔しい思いが喉の辺りを塞ぐようだ。
苛々する気持ちのまま前足で地面を掻くと、アルフが心配そうに覗き込んで来た。
「おい、フォーレン落ち着け。まだ逃げられないって決まったわけじゃない。どうにかあの二人がお互いに争い合うように仕向けるんだ。そうすれば――」
「あの妖精が仔馬に入れ知恵をして逃げ回っているのがわからんか! 今も余計なことを囁いているではないか!」
どうやら僕たちから完全には意識を逸らしていなかったようで、グライフがそう怒鳴った。
すると、ドラゴンはようやくアルフの存在に気づいたようで縦に割れた瞳孔を向ける。
「はん、何を言い出すかと思えば。そんな者、羽虫と変わらぬ!」
言うや、ドラゴンはアルフに向かって魔法を放った。
風の魔法で刃を作るものらしく、すごい勢いで飛んでくる。
けど、狙いが甘い上にアルフの体は軽いので風が迫る際の風圧で横に流され当たらなかった。
「アルフ!」
「う…………平気だ!」
ドラゴンの狙いはアルフじゃなかった。
「あ! 貴様!」
魔法を放ったことでグライフの意識がアルフに向く。
グライフの意識から逸れた隙に、ドラゴンは周囲に展開していた風魔法を使って急激に速度を上げて僕の後ろに回り込んだ。
「横取りだなんだと喚いていろ! 獲物は早い者勝ちだ!」
「この蜥蜴! 恥を知れ!」
グライフは怒りのままに叫ぶけど、今から動いてもドラゴンに先手を取られるのはわかっているようだ。
「フォーレン! 逃げろ!」
風に流されて僕から離れてしまったアルフは、蝶の羽をひらめかせて必死に叫んだ。
けど、僕の目の前にはグライフがいて、前に走っても逃げ場はない。
グライフもチャンスは僕が前に逃げた瞬間だとわかっているようで動かない。
ドラゴンは僕の死角である真後ろから、背中を狙って滑空する音が聞こえた。
逃げられないように背中を掴んで、後ろから首をへし折るために噛みついて来る。
そんなドラゴンの行動は予想できるけど、今から横に向きを変えても背中を捕らえられることに変わりはなかった。
「避けられない…………。だったら…………、避けてなんかやるもんか!」
僕は前足に重心を移して、力を籠める。
やり方は、まるで体が知っているようだった。
タイミングの計り方も、考える必要なんてない。
「小さいが、美しい獲物だ! 残さず食ってやるから、ありがたく思え!」
動かない僕を侮って笑うドラゴンの言葉に、やってやるという気力が満ちた。
「ありがたくなんて、思うわけないだろ!」
僕は前足に体重をかけて、渾身の力で後ろ足を蹴り上げた。
ドボッと重く鈍い音が岩壁の間に響く。
「ぐぼぉ…………!?」
僕の蹴りを腹に受けたドラゴンは、くぐもった呻きを吐いた。
次の瞬間、蹴りに合わせて長い体は大きく曲がり、骨の軋みを上げて吹っ飛んでいく。
どうやら、アルフが周辺で渦巻いていた風の主導権を取って、魔法で風を叩きつけたようだ。僕の蹴りに合わせたせいで、ずいぶんな勢いがついたらしい。
山の上なので、ドラゴンは吹っ飛んで落下していく。
すぐに見えなくなったけど、断続的に岩を巻き込んで転がり落ちていく音が聞こえていた。
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