86話:ノームの住処
アルフのいる玉座の間に行くと、見慣れない物があった。
「何この…………何?」
「模型、と呼ばれるものか? 元は土だな」
「正解。魔法で土使って作った森の地図だよ」
言葉を見つけられない僕に対して、グライフはすぐさまアルフの目の前に広がるジオラマを興味深そうに眺めた。
「ご足労いただきありがとうございます」
「あ、フレーゲル。どうしたの? また冠のこと?」
「そうなんですが、少々困ったことになりまして」
鍛冶屋を営む妖精のフレーゲルは、毛玉にも見える小さな体で相変わらず丁寧だ。
「呼んだのはフォーレンだけなんだけどな」
「いいからさっさと用件を言わぬか。それとも、その背後に隠した呪われた品が用件か?」
「目敏いなぁ」
アルフは見透かされたことに唇を尖らせて、背後に置いていた剣を取り出した。
「…………すごく、呪われてますって感じの剣だね」
「お、わかるかフォーレン? これな、最近どっかの乱暴なグリフォンが頭上から襲って爪引っ掛けていったとある騎士団長の持ち物なんだよ」
その話、ついさっき聞いた気がするけど?
「もしかして、さっきグライフが言ってた彷徨える騎士?」
「何か聞いたのか? ほら、決闘で俺の代わりに出てもらうことにしただろ? だから久しぶりに呼び出したら、甲冑の頭にでかい爪痕つけててさ。理由聞いたら」
言葉を切ってアルフはグライフを指差した。
「確かに鎧の頭に爪はかけたが、剣には触れておらんぞ?」
「悪びれろよ! …………ったく。お前に襲われて剣が錆びてることに気づいたらしいんだよ。刀身は呪いかけてから炎を纏う魔法剣に変えたんだけど、そう言えば柄とか弄ってなくてさ」
どうやら、彷徨える騎士の剣が古くなって鞘から抜けなくなっていたらしい。
「フレーゲルは剣を受け取りに来たの?」
「それもあるのですが、僕たちの住まいで問題が起こりまして…………実は、妖精王さまの冠を盗まれてしまいました」
「え!? 魔王石は?」
「それは俺が持ってるから平気。って言っても、冠だけでもそれなりに値打ちものだから困ってんだよ」
アルフは今被ってる冠を触りながら続ける。
「これ、魔法で作った間に合わせだから封印長く持たないんだ。だから冠は必要なんだけど、作り直すには時間がかかるし、奪い返すにもノームたちだけじゃ不安があってさ」
「それで僕を呼んだの?」
「そう。フォーレン、この剣を運ぶついでに、冠泥棒捕まえてきてくれよ」
アルフに頷こうとして、いつもはここで口を挟む相手が静かなことに気づいた。
グライフは土で作られたジオラマに手を出して遊んでいる。
「グライフ、嫌みとか言わないの?」
「なんだ、仔馬? 羽虫に腹立たしいことでもされたか?」
「いや、なんかついて来たわりに静かだから」
「ふん! ことがノームの住む地中であるなら俺は行かん!」
「偉そうに言うことじゃねぇだろ」
アルフが膝に頬杖を突いて言っても、グライフは無視を決め込む。
つまり全力を出せないノームの住処につき合う気はないし、つき合う気もないのに口を出すつもりもないらしい。
「この地図を作ったのはどうして、アルフ?」
「う、そこに気づくか」
何か都合の悪いことを隠してる気配に、僕とグライフはアルフを睨んだ。
「いやぁ、実は…………冠泥棒、俺がいない間に入り込んだ森の外の存在でさ。俺でもちょっと詳細不明なんだ」
「森の管理者である貴様がか?」
グライフがさらに目に力を籠めてアルフを睨んだ。
アルフが手を伸ばすとジオラマが勝手に動いて別の景色を作り出す。
森の中に山が現れ、その周辺を大きく形作ろうとした途端、ジオラマは土に戻ってしまった。
「このとおり、ノームの住処を詳しく見ようとすると、何かが邪魔をする」
「貴様の力にこれだけ明確な妨害を行える存在が、地下にいるのか…………」
あ、ちょっとグライフがそわっとしてる。
けどやっぱり地下に行くのは嫌みたいで、尻尾が苛立たしげに打ち付けられた。
「俺が今結界張ろうとして別に力を割いてるのもあるんだけどな。どうも妖精の類じゃないし、獣なんかの物質体でもない。場合によっちゃ退治してほしいんだ」
「それで僕? 地下ってどんな風になってるの? 僕走れそう?」
気軽に頷くアルフを見上げて、フレーゲルは不安そうに言った。
「地下は僕たちの住む場所ですから、僕たちに見合った大きさしかないんです。たまに来る他種族は皆、這うようにして入ってきます。まだ小さなあなたなら入れるでしょうが、走るのは難しいかと」
「あ、そういういことか」
僕はアルフの考えがわかって、一度目を閉じる。
勝手に体はユニコーンに戻り、次に目を開けた時には犬くらいの大きさになっていた。
「これくらいで入れそう?」
「わ、小さくなれるんですね!」
「そこの妖精に合わせた大きさだというならそれでも大きいくらいではないのか?」
グライフに言われて僕はもう一度小さくなる。
今度は猫くらい、かな?
「はい、それくらいなら走ることも可能です」
「入り口は狭いけど中はそれなりに広いから大丈夫だぜ、フォーレン」
僕は一度元の大きさに戻って人化した。
どうやら姿を変えるには、一度ユニコーンに戻らなきゃいけないらしい。
地下に行ったらユニコーン姿のままだと思わなきゃいけないだろうな。
「それでグライフ、一緒に行く?」
「手に負えぬと思ったなら、冠泥棒を地上まで引き摺り出せ」
「つまり地下に入るのは嫌なんだね」
なんでも偉そうに言うって、一種才能かもしれないなぁ。
目の前にあんまり威厳のない妖精の王さまがいると余計に思う。
「僕たちも長い尾を見ただけで、全体を把握していないんです」
「火を吹いて近づけないようにするらしいから、フォーレンの素早さで一気に距離を詰めてくれ」
「そんな危ない戦い方はしないよ。まずは相手の様子を探ろう」
「いつにもまして消極的だな、仔馬」
煽るつもり満々のグライフの顔を見て、言い返すのはやめておいた。
僕はアルフから抜けなくなった剣を預かり、フレーゲルと一緒に森を走る。
「聞きしに勝る速さー!」
「方向はこっちでいいの?」
「は、ひー」
ユニコーン姿で東に向かって走り続け、僕とフレーゲルはオイセンの隣国、エフェンデルラントに近い森の東にやって来た。
「なんだかこの辺りは、シュティフィーがいる所と様子が違うね?」
「はい、まず土の性質が違いますから。植物の育成にも変化がついてます。ここの土はあまり保水力がないので、エフェンデルラントなどは他国から水を買うこともあるんだとか」
「あ、フレーゲルは人間の国のこと詳しいの?」
「いえ、ここは獣人の国のほうが近いので、彼らからのまた聞きです。それと僕のような若いノームは、修行の一環で森の住人たちを回って道具の修理を請け負うので、世間話で聞く機会があるくらいですね」
「へー。ノームも妖精なのに、森の妖精たちとはずいぶん違う暮らしぶりなんだね」
フレーゲルの性格がいい可能性もあるけど、ノームは癖の少ない妖精なのかもしれない。
ノームの住まいである森の中の山を探して歩いていると、僕の耳に重い足音が聞こえた。
「…………何かいる。こっちを窺ってる」
「え!? あ、敵意とかありますか? ないようでしたら、獣人の見回りかもしれません」
「敵意はないね。ただユニコーンに怯えてもいない感じかな?」
「でしたらやはり獣人でしょう。ユニコーンを絞め殺して角を手に入れた勇士の話が…………あ! すみません!」
「いや…………うん…………」
え、獣人怖…………!
ユニコーン絞め殺すって、あの母馬のように荒ぶる相手を押さえつける力があったってことだよね?
「…………僕が会ったことのある獣人って眼鏡かけたリスの獣人だったんだけど」
「あぁ、ルイユさんですね。小柄なので、僕たちの所に発注書を持って来られることもありますよ」
獣人は本来、同種の獣人同士で集まって集落を作る種族らしい。
けれど五百年前、魔王の下で暮らしていた獣人たちは住処を追われ、草食も肉食も関係なく助け合って森まで逃げて来たそうだ。
「そして妖精王さまの庇護の下、かつてない規模の獣人が集まり、国を作ったそうです。…………これも受け売りですが」
フレーゲルの話を聞きながら、僕は獣人らしい気配から離れるように動く。
「その割には、自分たちの争いに関わってくるなって言ったって聞いてるけど?」
「あー、それにも理由がありまして。かつて、ロバの獣人が王であった時代に、その王の息子が身寄りのない人間の娘と恋に落ちてしまったそうです」
獣人の王は『恋の霊薬』を解くためにもつかわれる恋を冷ます薬をアルフに願った。
けれどアルフは思い合うなら邪魔するべきではないと拒否。
そして実は平民だと思っていた人間の娘は国を追われた姫で、王位継承に口を挟めないように錯乱の魔法をかけられて追放されていたことがわかったんだって。
「その姫を迎えに来た騎士は、妖精王さまに錯乱の魔法を解く薬を願い、試練を越えて望みを叶えられたそうです」
「…………ちょっと待って。話が怪しくなってきた。まさか、アルフの作った薬で正気に戻ったお姫さまは?」
「はい、当時の獣人の王の息子を拒絶して、そのまま騎士に魔物として切り殺されてしまったそうです」
「うわー…………」
当時の獣人の王は怒り、妖精王との交わりを絶つ法律を作ってしまったそうだ。
「妖精王さまのほうからお声をかけることもあり、交流が断絶するということはなかったのですが。今の獣人の王は獅子ですから、自らの力によってことを解決することを好むそうです」
「で、関わるなってことか。うーん、話を聞いてみないとわからないことってあるなぁ。今度ルイユに会ったら獣人の国について聞いてみよう」
「はい、それがいいと思います。ユニコーンさんなら妖精王さま自身ではないので、獣人の国にも入れますし…………」
フレーゲルの語尾が怪しくなった。
これ、何かあるよね?
「…………アルフ、何か獣人の国に入れなくなるような失敗、した?」
「はい…………」
その後、僕は獣人と間違えて人狼という凶暴な幻象種を森に招き入れた失敗談や、気紛れに作った望む物が満ちる金の器を作って放置したために起こった戦争の余波が獣人国を襲った話などを聞いた。
「帰ったら、アルフに思いつきで行動しないように言っておくよ」
「悪意のあるお方ではないんですが…………お願いします」
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