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82話:五対五の決闘

「というわけで滅茶苦茶相手を怒らせたけど、決闘取りつけてきたよ」

「ふん、不本意に怒らせたことに対して思うところはあっても、人間の怒りなど貴様にはそよ風も同然であろう、仔馬?」


 シュティフィーの木の下で報告すると、まだ腰巻だけのグライフがそんなことを言った。

 うーん、うん。確かに怒られたから怖いとかはなかったなぁ。


「たまにロミーのほうが怖いのはなんでだろう?」

「間合いの違いではないのか?」


 オイセン軍の所に行ってる間に軍の到来を聞いてやってきていたアーディが言った。

 僕が戻るのを待っていたらしい。


 ロミーは水を操るから間合いが広く、人間は魔法を使っても妖精ほどの間合いはない。

 しかもテントの中という限られたスペースでは、人間が行動を起こすよりも早く僕の角が届くという優位を感じていたからじゃないかって。

 なるほどー。


「それで、それで? どんな方法で決闘するの?」


 やる気に満ちたロミーが僕に先を急かした。


「五回戦をして、勝ち越したほうの勝ち。場所は森の外で乾いた土地の決められた範囲内。場所はこっちから指定できるようにして、代わりに一対三での戦いになる」


 ま、母馬相手に数十人で挑んでたからそれでも幻象種相手には少ないほうなんだけど。


 他にも事前に対戦相手は報せること、決闘で死者が出ても誰も復讐をしないこと、決闘までの準備期間はお互い不可侵などなど。


「勝ったらどんな条件を飲むことになるのかしら?」


 シュティフィーがちょっと不安そうに聞く。


「僕たちが勝ったら加護は失くしたまま、不可侵継続。向こうが勝ったら、一定範囲の開拓を許可して加護を復活させること。あとはユニコーン狩りの許可とか、国内への妖精の進入禁止とか、水源からの直接取水の許可とか色々言ってた」


 怒るかと思ったアーディは鼻で笑った。


「つまり、それを妖精王の代理を名乗る貴様が受け入れたのだな?」

「うん、そう」


 どうやら僕の狙いをちゃんと理解してくれたようだ。

 姫騎士とまだ森に詳しくないグライフは不思議そうな顔をした。

 察して、マーリエがわかるところだけを説明する。


「開拓の許可を出したとして、そこは森があった当初からの契約や祝福、呪いの類においては森の範囲のままなんです。森の範囲を変える約束はしてませんから。ですから、森から出てはいけないと五百年前に決められた悪魔も怪物も拓かれた森には行けるんです」


 マーリエの言葉で絡繰りを理解したグライフが続けた。


「なるほどな。加護の復活をさせたとして、魔法を手助けする妖精の出入りを禁ずるなら、結局魔法の質は下がったままと言うわけだ」


 そう。あえて矛盾した条件や見落としを受け入れて、指摘しなかっただけ。


「そういうことか。森を拓いたとしてそこは人間の領地にはならないと。ユニコーン狩りはフォーレン本人が対処できるとして、取水はいいのか?」


 ランシェリスの疑問に、ロミーが貸した首飾りを僕から取って答える。


「だって、人魚はアルベリヒさまに従う種族ではないもの。妖精王が許可した! なんて言ったって、アーディは鼻で笑うだけよ」

「…………ユニコーン、他に出した条件があるのだろう?」

「アーディってアルフのことは嫌いなのに、ロミーのことは好きだよね?」

「アーディって同族>水棲の者>幻象種>妖精だから」


 ロミーがアーディの優先順位を教えてくれた。つまり僕たちの話し合いが終わるのを待ってたのは、ロミーを心配してのことだったらしい。


「決闘の三回戦は、騎士マウロとロミーで話をつけて来たよ」

「やったー!」


 両腕を振り上げて喜ぶロミー。

 結婚祝いのネックレスを手に喜ぶ姿は、恋する乙女の顔だけど、うん、目的がね。


「仔馬、よもや俺を除けるなどと言うなよ?」

「うん、言うと思ったよ。参加はグライフとロミーと、あとアルフも自分の代理を用意するって。…………それであと二人なんだけど、アーディどう?」

「断る。ロミーの悲願を叶える分には評価するが、我々人魚が関わるに値しない」


 取り付く島もない、か。

 アーディはもう用はないと言わんばかりに背を向けた。


「…………評価分くらいは忠告をくれてやろう。人間との約束など枯葉に等しいものだ」


 枯葉? 何かの例えかな?


「決闘内容は文章にして残すようにしたけど、それだけじゃ駄目なのかな?」

「フォーレン、枯葉とは脆く朽ち行くものの例えよ。時と共に人は約束を反故にしても痛痒を感じないとアーディは言いたいんじゃないかしら?」


 シュティフィーに説明されて腑に落ちる。

 実際五百年前の不可侵を覚えている者は少ない。

 森には入りたがらないのは、単に人間の身では危険が多すぎるからだ。

 今回のように明確な目的があれば、躊躇なく切り拓こうとする。

 それは、前世の開拓史でも同じことだった。


「そこは後世まで残るような戦いを演出して、人の記憶に残るようにしたいものだけど。うーん、あと二人誰がいいかな? ゴーゴンは人前に不必要には出たがらないからって、アルフに拒否されたしなぁ」

「なぁ、フォーレン」


 お湯を沸かしていたボリスが、僕の近くに浮遊して寄って来る。


「それ、俺もやりたいって言っちゃ駄目?」

「桶一杯の水で消える弱者が何を言う」

「グライフ!」


 たぶんボリスは水路の一件で少し人魚を助けられたことが成功体験になってると思う。

 何か勝てる要因があれば、もしかしたら進化の取っ掛かりになるかもしれない。


「火の妖精か。小火の原因になることがあると聞くくらいの存在だったか」


 ランシェリスもちょっと難しそうに言う。

 団長がボリスの勝ち筋の可能性を模索し始めたことで、ブランカが思いついたことを言う。


「小火でも家屋に燃え移ったら、人が死ぬこともありますよね」

「となると、場所を燃やしてもいい家屋の中に設定する?」


 ブランカの提案に反対の声を上げたのはグライフだった。

 理由はもちろん、グライフの利点である飛行ができなくなるから。


「となると、燃えやすい枯葉でも集めて、強風を吹かすなどだな」

「それって森林火災の原因じゃん」


 ランシェリスにボリスが萎れる。

 けど僕は答えを聞いたくらいの驚きだった。


「じゃ、ニーナとネーナに協力してもらえばいいじゃないか。向こうは三人だし、小さな妖精相手ってことを伝えれば、下に見て三人組んでも受け入れてくれそうじゃない、ランシェリス?」

「そうだな。その手はありかもしれない。…………ただ、延焼を防ぐ方法を考えてほしいところだ」


 人間側からの要望に、ニーナとネーナ、ボリスがロミーを指差す。指されたロミーも片腕を上げて振った。


「私が行ける場所なら消火くらいできるわよ?」


 この森でもたまに火事が起こるものの、大抵近くにいる水の妖精が消火に当たるそうだ。

 湖以外にも地下水の湧く場所が幾つもあるから、大きな火事に発展したことはないらしい。


「よし、出場者を決める前に申し入れに行こう。ランシェリス、またつき合ってもらっていい? たぶん僕だけだと、あれだけ怒らせたし、その…………」

「勝てない相手に挑みかかって無駄に命を終わらせるのも、あの司令官のご家族が哀れだ。つき合おう」


 司令官自身は哀れまないんだ? あれかな? 見せかけの騎士団って罵られたこと怒ってるのかな? 怒ってるんだろうなぁ。使命感強そうだし。

 後は単に戦いを生業にしてる人の命を憐れむのは侮辱とかかも。


「残るは一人かぁ。もう一人くらい安定して人間相手に勝てるひとが欲しいなぁ」


 って呟いたら、グライフに睨まれた。


「勝った暁にはユニコーン狩りをすると言っているのだ。いっそ正面から叩き潰せ」

「いや、ユニコーン狩りで森に入るくらいなら殺すまでもないし」

「幻獣さまなら殺すまでもなく倒せるんじゃないですか?」


 マーリエの邪気のない信頼に、僕は全力で否定した。


「僕攻撃手段が乏しいから。この角使ったらほぼ死ぬよ?」

「やりようだと思うぜ?」


 そう言ってボリスはグライフの顔を指差した。

 あ、そう言えば角で傷つけて死なずに戦意喪失してくれたんだった。


「…………言いたいことがあるなら言ってみろ、仔馬」

「ボリスを離してあげてほしいなぁ」


 燃えてるのも気にせずボリスを掴んで締め付けるグライフから、僕は顔を背けてお願いした。

 グライフは乱暴に羽根で仰いで、ボリスをお湯の所まで吹き飛ばす。


「うーん、ニーナとネーナに手伝ってもらうにしても、ちょっと練習しないとボリスが消し飛びそうだね」

「ひぇー! 死ぬかと思った!」


 熱い鍋の縁にしがみついてボリスが悲鳴を上げた。


「ところで仔馬よ」

「何、グライフ?」


 ランシェリスたちから引き剥がすように、グライフは僕の首に腕をかけて囁いた。


「貴様のことだ。この決闘の穴はわかっているのだろう? 何をするつもりだ?」

「…………そこは、アルフが対処するって。森の中でこそ本領を発揮する奴はいっぱいいるからって」

「ふむ、貴様は関わらんのか?」

「僕は決闘する場所のほうの警戒かな?」

「なるほど。…………となると人間がどれだけ愚かであるかで、楽しみが増えるわけだ」

「え、ちょっとグライフ!」


 僕の首から腕を離すと、グライフはグリフォン姿になる。


「何する気? みんなに迷惑かけるようなことしちゃ駄目だよ?」

「ふん、迷惑と感じるかどうかは、その時になってからしかわからぬものよ」


 屁理屈をこねて、グライフは森の木よりも高く飛んで行ってしまった。


「えー、不安…………」

「ずいぶんと自由だな。あのグリフォンは何故今もフォーレンの側に居続けるんだ?」


 ランシェリスの疑問に、僕は首を傾げるしかない。


「暇潰し、かな?」

「力も知恵も知識もあるグリフォンの暇潰しね。たちの悪さなら妖精王に匹敵するんじゃないかしら?」


 ローズの冗談に、僕はたまに仲良くなるアルフとグライフの姿を思い浮かべてしまった。


毎日更新

次回:嫉みそねむ

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