81話:軍のユニコーン探し
他視点入り
どうしてこうなった?
私マウロは暗踞の森の北に位置する草原で、汗にまみれて剣を振っていた。
「ゲギャ、ゲギャ、ギャゲーーーー!」
「ぎゃー! 助けてくれー!」
醜い叫び声の中、仲間が悲痛な声を上げる。私は草原を走って仲間の救援に向かった。
ここには鎌や斧を装備したゴブリンが住みついており、良識を備えた人間は近づかない。
現在、私はオイセン軍の一部隊と協力し、領主の指揮下でゴブリンと交戦中。
いや、交戦中と言えるのか、これは?
体の小さなゴブリンは一撃離脱で草原に隠れる。動きが素早すぎて私たちは一方的にやられている状態だ。
「…………頭の中で延々アルフが爆笑してる」
高みの見物をしている青い瞳のエルフが何かを呟いた。
恨みがましいと知っていながら、悠然としたエルフの立ち姿を睨まずにはいられない。
ユニコーンの目撃情報で釣られた軍も軍だが、このエルフがこの状況の発案者だという。
国に報告せずユニコーン狩りをしたことがばれ、領主共々異論を挟ませずに連れて来られた。
もし意見が言えたなら、妖精はもちろん人魚たちにまで繋がっていたあのユニコーンの異常性を訴えていただろう。
「貴様ら! 隊列を整えんか!」
「僭越ながら、ここは一度引いて立て直してからの再突撃をすべきでしょうな」
指揮の混乱に地団太を踏む指揮官に、姫騎士団の団長は冷めた声で助言した。
姫騎士団と共にいる指揮官はゴブリンに襲われていない。どうやら妖精王の加護を受けたエルフの力らしい。
「ゴブリンって、ノームやドワーフと特徴が似ているから混同されると聞くわね」
「え、全然違うよ。少なくともノームはもっと可愛かったよ」
「あら、そうなの?」
「鍛冶屋やってるんだって」
「伝説のノームの鍛冶屋? 暗踞の森にあったの? いえ、そう言えばあの行商も」
私たちの奮闘など歯牙にもかけず、姫騎士団の副団長と呑気に話している。
いや、集中しろ。本当にあのユニコーンが現われる場所なら、いつ新手が現われてもおかしくないのだ。
「はぁ…………、ドワーフの火酒、ドルイドの蜂蜜酒に並ぶ、ノームの果実酒。 鍛冶屋を営むくらいならあるのかしら?」
ぐぅ…………、悩ましげな声で言うのがそれか?
やはり神殿の騎士など実戦を知らないぬるま湯に浸るだけのお飾りか!
「撤退だ。ゴブリンの追跡を止めてくれないか?」
姫騎士団の団長に説得された指揮官が、渋い顔で撤退の合図を出した。
そして姫騎士団の団長は、ゴブリンの抑えをまだ子供のエルフに頼んでいる。
やはり見てくれだけ、そう思った時、美しく飾り立てられたエルフの少女が私の横を通り過ぎた。
ゴブリンの攻撃に退けない部隊の下へ歩く。エルフが部隊の正面まで行くと、悪意を満面に浮かべたゴブリンが飛び出してきた。
「駄目だよ」
何げなく、子供を諭すような声で呟いたエルフは、次の瞬間、躊躇も加減もなくゴブリンを蹴り飛ばす。
次いで襲いかかって来た別のゴブリンは、エルフに足を切ろうとする鎌を踏みつけられてじっと見下ろされた。
「ゲゲッ、ゲギャーーーー!?」
エルフの顔を確認したゴブリンは、明らかに怯えの混じる声で鳴き交わし逃げていく。
私を始めとしたオイセンの者は、皆己の目が信じられないようで瞬きさえ忘れていた。
いや、私だけは全く別の理由から、動けなくなる。
必死の思いで唾を飲み込み、姫騎士団へ戻ろうとするエルフに声をかけた。
「あ…………あの、それは、その首飾りは…………いったい…………?」
「え? …………あぁ、あなたがマウロ?」
エルフは見覚えのある首飾りを触って私の名前を言い当てた。
「これは友人に借りた物で」
「ひぃ!?」
私は辺りを見回して水の気配がないことを確かめながら、エルフから逃げ出した。
いや、私が距離を取りたかったのは、あの結婚祝いの首飾りからだ。
あれは、間違いない。
私とロミーの結婚祝いで贈られ、あの日、ロミーがつけていたはずの物だった。
散々な状況で司令官の元に戻ると、改めて僕たちは会談の席に着いた。
ちゃんと草原で何があったか、ユニコーンの足跡を確かめたかも報告されてるからね。
「妖精王の言葉を聞きましょう」
居丈高なのは変わらないけど、司令官はこちらの言い分を聞く姿勢をみせた。
「まず、森の中に戦闘目的で入った場合、命の保証はないということ」
「それは、妖精王が我々を攻撃すると?」
「いいえ。誰の住処に入り込むか知らないので、そこを領する者の対応次第」
「意味を計りかねるな」
「…………森には物質体、精神体、幻象種、怪物全ての種族が暮らしている。故に、それぞれの生き方によって外敵への対応も異なるので、そんな煩雑な対処を招いてもいない者に対して講じることはない」
理解した指揮官たちは、まず僕の言い分が何処まで本当かとこそこそ言い合い始める。
姫騎士団も怪物の実在を昔のことだと思ってたし、と思ったら、何かローズがランシェリスに耳うちした。
「その言い方は少々不親切だ。いや、過誤を与える作為を感じる。立ち合いを行う立場として、訂正を入れさせてもらおう」
僕の説明を不親切だから言い直すというランシェリス。
「森に住む精神体とは、妖精のみを指すわけではない。今もなお、魔王の配下となっていた悪魔が三柱残存していると聞く。しかも魔王の下にいた時と同じく、受肉したまま」
「受肉した悪魔だと!? そ、そんな者聞いたこともないぞ!」
なんで領主が驚くの? 聞いたことないって、森に接する領主なのに?
(悪魔はだらけた奴らが残ったから、悪さしねぇしな。ま、話の本題はそこじゃねぇ)
(そうだね)
僕はアルフと対話して、領主のことは流した。
「次に不可侵の盟約を反故にするのなら、かつて妖精王が与えた加護も剥奪する」
「かつての加護?」
「これはすでにオイセン王から盟約の破棄を姫騎士団が告げられているので、加護の剥奪はすでになされていることをここで伝える」
「待て! なんの加護だ!? 王家ではないこちらに知るすべはない状況で、会談相手に明言もせず破棄とは少々乱暴ではないか」
軍を引き連れて来たお前が言うな。っていうのは飲み込もう。
「…………魔法を使う際の妖精による加勢を失くす。以後この国での魔法使用は必要魔力が倍に上がり、効力は半減する」
「はぁ!?」
机を叩いて立ち上がった司令官以外にも、ランシェリスたちさえ驚きの声を上げた。
ローズはすぐさま手に火球を生み出そうとする。けど、ガスの切れたバーナーみたいに火が不規則に噴いただけでつかない。
そんなローズの試行を見て、司令官はもう一度机を叩いた。
「これでは、魔法薬の類も…………?」
「もちろん」
厳しい表情ながら冷静さを保とうとする指揮官の一人に僕は頷く。
アルフが言うには、こういう加護が人間の国にかかってるから、森の妖精の姿をしたアルフは他の妖精と違って住処を離れることができるんだって。
妖精側もこの加護がなくなった地域では、行動や力の発動に倍の力が必要になるらしい。
さっきオイセン軍の周りに妖精を集められたのは、加護の失効に伴って、オイセンにいた妖精たちが森に逃げてくる途中だったからだ。
「そして森への不可侵を破り、境を失くすならば、森の中で囲っていた害ある妖精がオイセンに出て行くことも伝えておく」
「害ある? あのゴブリンのような者たちか?」
「それもある。簡単に言えば病の妖精だ」
アルフを代弁した僕の言葉に、オイセン軍は言葉を失くした。
僕も改めてアルフに聞いて驚いたんだよね。
病の妖精っていうのがいて、危ないから森の決まった場所、水の溜まりや窪地なんかにまとめて眠らせてるんだって。
冒険者がたまに間違ってその溜まり入って帰らないとか。森の中には危険がいっぱいだ。
「もう一度聞く。目に見えない敵を相手にしている自覚はあるか、と」
「…………それを、わざわざ忠告に来たというのか?」
「妖精は人の運命を導く存在。間違いを犯すなら罪を問い、罰を導く。迷う者には先を照らし、誤ろうとする者には忠告を行う。そのさがに従うだけのこと」
どうやら脅しが効いてるらしく、司令官は黙り込んでしまった。
森を拓いて妖精を追い払うくらいの気持ちで来たんだろうなぁ。
魔法はほぼ使えないし、下手に森に近づいたら病気になるかもしれないし、悪魔が飛び出してくる可能性さえある。
正直、そこまでの対処、準備してないでしょ?
(じゃ、そろそろ本題に入ろうぜ、フォーレン)
(簡単に言ってくれるなぁ)
僕は言うべきことを頭の中で整理してようやく会談を求めた本題を切り出す。
「ただ妖精王も人間の平穏のために暗踞の森にやってきた存在。無駄な血が流れることは望まない。そこで、戦争ではなく決闘でことを解決すべきだと提案する」
「断ればどうするつもりかね? いや、どう脅すつもりだ? いい加減その着飾った腹の内の黒さが隠せなくなってきているぞ、エルフ」
「ここで強がりを言えるなら、その健気さに免じてこちらも一撃であなたたちを退かせる手を一つ開陳しよう」
勿体ぶって言うと、姫騎士団まで緊張を高めた。
「ゴーゴン三姉妹を放つ」
「ゴーゴン!? あの石化の目を持つ怪物か!?」
「あなたたちは姿を見た瞬間に終わる。目にすることさえ許されない、ゴーゴンもまた、目に見えない敵となる」
「く…………、言葉遊びで嘲弄するか!?」
なんかエルフっぽく話すの疲れてきたなぁ。
早く話し終わらせてこの服も脱ぎたいし。
「あくまで手の一つ。ゴーゴンへの対策を施したとわかれば、次は悪魔でも病の妖精でもいい。ここで決闘方法を互いに詰めるか、決裂して無駄な命を散らすかどちらか好きなほうをどうぞ」
「…………なるほど、最初から気のない様子だったのはそういうことか、エルフ。最初から我らを摘み取れる命と見下していたか!」
怒っちゃった。
(どうしよう、アルフ?)
(俺の言うとおり言えばいいぜ)
で、困った僕はそのとおりに言った。相手がやらかし前科持ちのアルフだって忘れて。
「分を弁えるべきは誰だったか、ようやくわかったようだ」
もちろんその後は、オイセンの人間たちが大爆発した。
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