80話:目に見えない敵
姫騎士と森を出たら、軍の人間たちに取り囲まれました。
身体検査で角にかけた幻術を解かれそうになるというアクシデントはありながら、僕たちは軍の司令官の元へと辿り着く。
大きなテントの中に大きな机が置いてある。野戦の指令本部って感じの場所。
ランシェリスの面会を受けた司令官は、上座でふんぞり返っていた。
「事前に妖精王の代理をお連れする旨は報せたはずですが?」
「そんな世迷言真に受けるものか」
うん、尊大。
司令官の周りにいる軍の指揮官らしい人たちも、こっちを値踏みするように不躾に見るばかり。
ただ今まで見て来た舐めた人間と違うのは、それなりの強さを感じるところ。
ランシェリス並みに強そうだと思う相手が二、三人いる。
珍しいマジックアイテムを装備したランシェリスに並ぶ強さだ。相当の実力者だと思ったほうが良さそうだ。
「それでは、妖精王の求める会談には応じないと考えてよろしいでしょうか?」
「まずその妖精王が森に戻ってきているということ自体がこちらの把握していない事象だ。妖精からの虚報を掴まされたということはないのかね?」
「ご本人に会ってきました」
全く顔も声も変化のないランシェリスの様子に、司令官は眉を顰める。
「証拠は?」
「何を提示したところで信を置かない他所の勢力の言葉など意味がないのでは?」
嫌みを返すランシェリスに、面白がるように笑う指揮官もいた。
「それともそちらの信頼のおける領主どのにでもお聞きになればいい。人魚が妖精と手を組んだ実例を知る人物だ」
ランシェリスに目を向けられ、領主は不機嫌そうに口角を下げる。
司令官に近い場所に座ってるってことは、それなりに偉い立場みたいだ。
(こいつらやる気だなぁ)
(面倒くさそうに言わないでよ)
司令官の相手をランシェリスに任せきりの現状、森に残ったままのアルフが暇を持て余している。
ようやく妖精王の代理として僕が紹介されたのは、小一時間も経ってからだった。
(無駄に時間かけてイラつかせて、馬脚表すのを待ってるって感じだな)
(わー、性格悪い)
長生きなアルフが司令官の腹立たしい対応の説明をしてくれたから、僕は気が紛れたけど、森に住む人間代表で同行したマーリエは不信感いっぱいの顔をしている。
「私たちは使徒たる妖精王の要請を受けてここに立ち合う」
「ただの立ち合いであるならこれ以上余計な口出しは慎んでもらおうか」
ランシェリスが立場を明確にした途端、指揮官の一人が居丈高に言った。
(肝の据わった姫騎士より、子供なフォーレンのほうが御しやすいと思ったみたいだな)
(えー? 僕こういう堅苦しい場所慣れてないんだけど)
(じゃ、まずは相手が何を言うか出方を見ようぜ)
そんな軽いアルフの提案に乗って黙っていると、司令官が僕を睨んだ。
うん、殺気立った感じ。
けどこれは見せかけだ。見せかけでもグライフのほうがもっとそれらしく装える。
「今さら話し合うことがあると思うな、小娘!」
そう怒鳴って威嚇する姿は、なんだか前世の刑事ドラマを思い出す。小娘ってマーリエのことだよね、うん。
そんなことを思って改めて見ると、司令官も指揮官も厳つい刑事役にいそうな顔立ちだ。
いや、凄んでる表情はヤクザ役? 僕の前世の知識から任侠映画っていう言葉は出てくるけど、具体的なイメージは出てこない。
つまり言葉知っていても、前世の僕は任侠映画を見るような趣味はなかったらしい。
(フォーレン? ちゃんと話聞いてるか? なんか別のことを考えてるだろ?)
(え、何か大切なこと言ってた?)
(…………言ってないな! 森は拓く、水源寄越せ、妖精は失せろ、さもなくば殺すなんて、大したことは言ってないぜ)
(うーん、想定内すぎる)
最初から戦争する気でここまで軍を引っ張って来てる人たちだからね。
引かないのは想定内だ。ただ、ちょっとこっちの話を聞かなすぎる。
戦争するにしても落としどころ決めないと泥沼だってランシェリスも言ってたのに。
話す価値もないと思われてるなら、こんな恰好してまで長居する必要もないか。
うん、実はマーリエ同行させるために声かけたら、シュティフィーが面白がって僕を着飾った。
なんか髪編みこまれたり花飾られたりしたし、服もひらひらした物にされてる。
「どうした? 口もきけないか、エルフ。それともお上品な老いぼれ幻象種は言葉が理解できないか?」
「そちらの言い分はわかりました」
僕の一言に威嚇が効いたと勘違いするオイセン軍。
逆に、こんなことで怯えるはずがないと知ってるランシェリスたちも驚いた顔をした。
「話し合うことなど最初から無理であるなら、これ以上は時間の無駄です」
言って僕が席を立つと、マーリエも怒った表情で後に続く。
「それでは、次は戦場で会いましょう」
僕の言葉に指揮官の一人が机を叩いて立ち上がる。
「自ら会談を申し入れておいて、なんだその態度は!?」
「これが会談であるというなら、あなたたちの認識の野蛮さにつき合いきれません」
「確かに話し合いの様相は呈していないな」
ランシェリスが口を挟むと、司令官はじっと考える様子を見せた。
(案外、会談する気あるのかな?)
(森のほうの戦力でも聞き出したいんだろ)
そうか。最初にかまして怯えたところから情報を引き出すつもりが、僕がこうして帰ろうとするから下手に出るかどうか迷ってるんだ。
(この状態で俺の代理を帰すと、完全にオイセン側からの宣戦布告になるからな)
(一方的に使徒に喧嘩売るなんて、他の国から口を挟まれる理由にしかならないんだっけ?)
(姫騎士団が証人になってるし、あっちとしては要求の後に人魚との争いでの被害なんかを上げて正統性を語るつもりだったんじゃないか?)
ほぼ考えるだけで会話が成立するアルフとのやり取りは短い時間で済む。
けれどその短い沈黙の間に、マーリエのほうが切れた。
いや、マーリエの連れた守護獣のフクロウ、そのフクロウに意識を移した魔女の長老が怒りの声を上げた。
「聞き苦しい上に唾を飛ばすだけの下郎めが。森の獣のほうがまだ理非を知る。妖精王さまを呼び戻したは、このマーリエよ」
光るフクロウと同じように目が光るマーリエは、普段とは違う口調でそう宣言する。
アルフ曰く、魔女の長老が乗り移っているそうだ。
「オイセンよ、貴様らの森への干渉はもはや看過できぬ。ドライアド殺害に続いて人魚が領する湖への侵攻。果てには森への避難者たるユニコーンを狩るべく武力を持って森を侵した。その罪を今、問うてやろうというのだ」
純朴な少女らしい様子だったマーリエの突然の変化に緊張した司令官たちは、ユニコーン狩りを指摘された途端、一人を睨んだ。
(あ、町の奴ら軍にユニコーンのことを言ってなかったな)
睨まれて顔色を失くしたのはこの町を含む周辺を領有する領主だった。
「五百年前の盟約さえ知らぬと恥ずかしげもなく言っておきながら、妖精王さまの代理たるお方にまで傍若無人の礼節を弁えぬ振る舞い。恥を知れ小童ども! 帰って母の乳房にでも吸い付くのがお似合いだ!」
「…………!? 穢れた魔女が! 弁えを知らぬのは貴様のほうだ!」
いい歳して小童呼ばわりが癇に障ったらしく、司令官が怒鳴り返した。
「下賤の魔女とエルフ如きが思い上がるな! 妖精王など羽虫どもの王を気取る暗愚ではないか!」
僕とアルフは聞き慣れた羽虫呼びに、同じ顔を思い浮かべる。
(人間までは虫扱いかよ…………)
(暗愚とも言われてるよ)
(もしかして妖精全体の評価が下がってるのか?)
アルフに気を取られる間に、僕が司令官の話を聞き流してることに気づかれた。
「そのエルフも最初から話し合いを行おうという姿勢などありません! ならばもはやその首叩き落として妖精王へ送り返し、宣戦布告にしてやるくらいの価値しかあるまい!?」
…………さすがに殺害予告は聞き流せないなぁ。
「場の勢いとは言え、ご自身の発言には責任を持っていただきたい」
敏感に僕の変化に気づいたランシェリスが司令官を嗜める。
けれど司令官の害意の籠った目はランシェリスにも向けられた。
「部外者こそ、分を弁えて黙っておくべきだと、部下が忠告したことを忘れたか?」
「私たちへの攻撃は、すなわち神殿に刃向かうことと同義だが?」
「我々は民衆の被害を防ぐためにこうして来ているのだ。北から物見遊山でやって来た余所者が知ったようなことを言うな。神を敬えばこそ、貴様のような見せかけの騎士団など恐るるに足りぬ」
「本当に恐れるべき者を知らぬ愚者にしか見えないわね」
ローズがいっそ笑うと、司令官は攻撃命令を出そうとした。
この場で僕たち全員を殺せば、証人なんていないと思ったんだろうね。敵地で囲まれてるようなものだし、逃げられるはずないって。
「少しは考えてほしいな」
僕はその場で強風を巻き起こす魔法を使った。
広いとは言えテントの中。ほとんどが息を詰まらせて体勢を崩す。
予備動作も呪文もなく魔法を使った僕に、全員から警戒の目が向けられた。
(怖がらせすぎちゃった…………)
(いやー、今のはもっとがつんとやってよかったぜ? 特にフォーレンの首落とすとかふざけたこと言った奴にさ!)
(じゃ、もうひと押ししてみようか? アルフ手伝って)
(お、面白そうだな。任せろ!)
ローズが腰に隠した武器に手を伸ばしてるんだよね。僕はランシェリスたちまで警戒させないように、ゆっくり両手を肩の高さに上げた。
そして素早く二回、手を打ち鳴らす。
次の瞬間、テントの中は光る妖精たちでいっぱいになった。
「な!? ど、何処から!? なんだこの数は!?」
「くそ! 魔術師を呼べ! 敵襲だ、敵襲!」
僕はもう一度手を叩いて妖精たちを散らした。
見えなくなる程度まで離れてもらっただけで、まだ不可視状態で近くにいる。その証拠に、驚いた司令官たちの反応に気を良くして楽しげに笑う声が聞こえていた。
僕の魔法に続いて妖精の大量出現に、テントの外も騒がしい。
(こんなことで驚いてて、本当に森に侵攻しようとしてたの?)
(森の妖精って、森拓かれたら弱るからさ。水路でもそうだったろ?)
アルフと話していると、強風で座り込んでたマーリエが妖精の助けを受けて立ち上がる。
僕はそれを合図に司令官を見た。
次は何をするのかと身構えられる。その警戒にいっそ呆れた。
「あなたたちは、目に見えない敵を相手にしているのだという認識を持つべきだ」
ふと思いついて、僕はテントの出口に足を向ける。
「まず森に手を出す前に、妖精を相手にした模擬戦でもしてみるといい」
僕の提案に、オイセン軍のみならずランシェリスたちまでもが呆気に取られてしまった。
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