79話:姫騎士の報せ
「はい、ここがアルフの住んでる妖精王の住処だよ。僕とグライフも部屋を貰って…………あ」
僕は階段を上るために人化したグライフを、思わず振り返る。
案の定、幻で服を着ている風に装ってるけど、僕には全裸の男にしか映らない。
「フォーレンが嫌がると思って、メディサに腰布用意してもらったから巻いとけ」
玉座に行くと、アルフがそう言ってグライフに布と帯を投げ渡した。
「ちなみにメディサたちも幻覚効かないから、全裸で歩くの禁止だとよ」
「細かい奴らめ」
文句を言いつつグライフは腰巻をつける。
最初はわからない顔だったランシェリスたちも、幻覚という言葉でグライフがどういう状態かがわかったらしくそっと目を逸らしていた。
「あ、その布の長さならガウナとラスバブに服作ってもらえるんじゃない? アルフみたいなの」
「やめろ!」
僕の提案を、グライフは全力で拒否した。
そんな話をしている間、ランシェリスは部屋の中に浮かぶ幾つもの魔法陣に目を疑う。
今いるのは団長のランシェリス、副団長のローズ、そして妖精が見えるブランカだ。
「恐ろしいほどの魔力、それに、なんて精緻な魔法陣だ」
「そういうもの? 妖精が魔法得意だからじゃなくて?」
「あぁ。魔法についてはジッテルライヒで詳しくなったつもりだったが。これはほぼわからない。解読不可だ。それくらい優れた魔法の数々だ」
ランシェリスは手放しにアルフの魔法の腕を褒める。
アーディは解決を任せてはくれたけど、結界は断固拒否だった。だから受け入れる種族の生活圏だけを細かく結界で覆う形にするってアルフは言ってたけど。
アルフは相変わらず片手間にしてるようにしか見えない。
そしてランシェリスたちが一番驚いたのは、訪ねた相手の姿だった。
「その方があの妖精王!?」
「いっそ詐欺じゃない!」
「あんなに小さかったのに!」
うん、大きさとか見た目とかね。僕も思った。
そんな三人の驚きように、アルフは得意満面になる。
「あっははは! 驚いたか!」
「可愛げなくなったよね」
「最初からそのようなものなかろう、仔馬」
グライフの言葉にいきりたつアルフを宥めて、僕はランシェリスに本題を聞いた。
「それで、どうしてこんな急に戻って来たの?」
僕が話題を振ると、ランシェリスはアルフに敬礼のような動きをした。
「端的に告げるなら、オイセン王が軍を発したので報せに来ました」
「この速さで戻って来たってことは、姫騎士団が王都に着いた時には止められない状況だったってことか」
「残念ながら。少々の手を打って軍に同行する許可を得ました。今は森に残る仲間の回収と称して先行し、こうして急報を届けに」
軍が動くことは予想してたけど、考えるよりずっと早い。
あまり焦らない僕たちを見て、ローズがさらにオイセン王周辺のことを報せる。
「妖精王の帰還を警戒して軍を発したところもありますけど、冬に向かい始める時期になり、エフェンデルラントと獣人の戦争が休戦状態になる兆しがあるためだそうです」
「ふん、隣国が休戦となれば、水路を別に作っての取水を見咎められると考えたか。オイセンという国はとことん小賢しい者たちの集まりのようだな」
川からの取水を取り決めているのに、大本の湖から直接水路を引かれては水量に不公平が生じる。
作ってしまえば勝手に流れてくる状況にできるけど、作ってる途中でやめろと言われたら意味がない。
エフェンデルラントの手が空く前に、どうしても水路を完成させたいようだ。
「オイセンって、そんなに水に困ってるの?」
僕の疑問に珍しくアルフが答えてくれる。
「オイセンは荘園制の国でな、領主の権能が強い。代わりに国王は騎士団を擁して軍事力を誇示してるんだ。荘園の強さは農耕の豊かさ。豊かにするには土地と水がいる」
「あぁ、だから森を切り拓こうとする町には騎士がいたんだ。農耕するなら水の供給源は多くて困ることはないのか」
僕が感心すると、アルフは胸を張ってエフェンデルラントの状況も話し出した。
「逆にエフェンデルラントは農耕に向かない土地でさ。鉱物なんかは手に入るけど、それじゃ食えない。耕作できるところはもうやりつくしたから、いっそ森拓いて畑にしようとしたら、近くに住んでた獣人と争いになったんだ」
「アルフ、そこまでわかってるなら対策しようよ」
「…………森には入ってきたら悪戯して追い返してたりはしたんだぜ?」
「それ、一時しのぎでなんの解決にも繋がらないよ。とは言え、国を富ませたいっていう人間の願望をアルフが満たす謂れもないか」
僕はランシェリスに視線を向けた。
「五百年前に森への不可侵を約束したんじゃなかった?」
「あぁ、オイセン王にもその点は問い質した。だが解答はすでに別の王朝の話だというふざけたものだった」
聞けば、五百年の間にオイセンという国を興した王の直系は途絶えているそうだ。今国王をしているのは傍系の分家らしい。
王家の名前は変わったから、不可侵の約束もなかったことにするつもりなんだとか。
「貴様舐められているな、羽虫」
「特に関わりがなきゃ、舐めてようが見下してようがどうでもいいんだけどな」
「そうも言ってられないよ、アルフ」
僕を通じてトルマリンのことはアルフもわかってる。
魔王石がまた世に放たれたとなれば、何処でどんな争いが起こるかわからない。
いつまでも問題を長引かせるだけ、次の問題への対処が遅れることになる。
「うーん、ユニコーン狩りフォーレンに任せずに、俺が帰って来てること喧伝したほうが良かったかな?」
何げないアルフの言葉に、ランシェリスたちは目を剥いた。
「ユニコーン狩り!? フォーレン大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、ブランカ。僕自分から囮になってちょっと仕返ししただけだから」
人間側にも死者はいないし、泥まみれで溺れかけた冒険者は森には入るの嫌がるようになったし。水路も泥に埋まって復旧には時間がかかる。
何をしたかを話すと、ランシェリスたちは半笑いになった。
「何かまずかった?」
「なんと言うか…………それだけの種族をフォーレンなら束ねられるのかと思ってな」
「妖精、幻象種、人間が足並みを揃えるなんて。まるで魔王の時代のようね」
「フォーレンは魔王のような邪悪な存在じゃありません!」
僕を庇うブランカに、ランシェリスはわかっていると頷いた。
「そのユニコーン狩りの話、今頃町についた軍にも知れているでしょうね」
「そうだな、ローズ。ユニコーン狩りをと、今度は軍が動くやもしれん。そうなれば、軍を入れるために大規模な伐採も考えられる」
「えー? 目的変わってるよ、ランシェリス?」
「それだけその角は宝に等しいのだよ、フォーレン」
困ったように笑うランシェリスは、真面目な表情に戻ってアルフを見た。
「どのような対策を講ずるおつもりか、妖精王のご意見をお聞かせ願いたい」
「フォーレンに任せる!」
「この羽虫は…………」
グライフが蔑みの目を向けると、アルフは拳を突き上げて抗議した。
「俺は今ここから動けないの。それにフォーレンは俺の代理ってことになってるから、別におかしなことじゃないだろ」
「仔馬に丸投げしている状況は何も変わらぬではないか」
「じゃ、何か? 俺が表立ったほうがいいと思うのか? フォーレンじゃなく俺が? 言っとくけどな、碌な結果にならないぞ!」
「威張って言うことじゃないよ、アルフ!」
堪らず僕が声を上げるけど、誰も否定はしない。
アルフもそんな反応を眺めて「ほーらな?」とか言ってる。
「念のために聞くけど、もし軍が森には入ったら、アルフはどうやって止める?」
「ちょうどこの間作った『恋の霊薬』残ってるから、適当に振りまくかな」
「適当が過ぎる!」
「あ、冥府の穴掃除した時に手に入った毒でもいいか」
駄目だこれ。アルフに任せられない。
ランシェリスたちも縋るように僕を見てる。
グライフだけがちょっと興味を持ってアルフを見てるけど、うん、変に手を出されるほうがこっちはこっちで危険な気がした。
「方針だけは決めよう。一番は、軍が森に攻めてこないようにすること」
「どうやって?」
「そこは妖精王としてアルフも頭使ってよ」
「うーん、軍のいる町に近い部分に結界張るか?」
「それで諦めるとは思えないな」
ランシェリスに意見されてアルフは太い腕を組んで悩みだす。
「話し合いでなんとかならないの?」
「欲に走る人間って自分の描いた未来にまっしぐらだからな」
「いっそ指揮官の首をはねて晒したほうが早いぞ」
グライフの危険思想は聞かなかったことにしよう。
「話し合いの場を、設定することはできる」
ランシェリスは難しいと顔に書いてあるのにそう言った。
「だが、妖精の話を聞くとは思えない」
「正直、妖精という存在を甘く見ているわ」
「悪戯するくらいしかしないと思ってるみたいです。その悪戯が命にかかわることもあるのに」
なんかブランカが一番実感籠ってるなぁ。
「なんだ。それなら妖精以外の奴に俺の代理させればいいんだろ?」
「え?」
自信ありげなアルフは、僕に向かって満面の笑みを向けた。
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