74話:自分の身を守る
翌日、また湖に行った僕は水に住む馬のケルピーと駆けっこをしていた。
「ヒヒィーン! ブルルルル! バヒーンバヒーン!」
「負けたからってそんなに怒らないでよ」
「魔法を使うとは卑怯なり!」
「いや、そっちこそ水上走ってるの魔法でしょ」
「チッ、気づいていたか」
「気づかなかったら言わない気だったわけ?」
このケルピー性格悪いなぁ。
「今度は湖の三周勝負だ、ユニコーン!」
「それ体力だったら子供の僕に勝てると思って言ってるでしょ」
「チッ、これだから賢い子供は嫌いだ」
「いやいやいや…………本当に性格悪いなぁ」
そんなことをして遊んでいると、倒木に座っていたロミーが腕を上げて振った。
ロミーの視線の先を見ると、湖の真ん中に顔を出す人魚の姿がある。
「あ、アーディ」
「うるさいぞ貴様ら。何を騒いでいる」
「ふふん、このユニコーンが遊んでほしいとねだるからな」
「さっきまで駆けっこで負けて湖波立ててたのはケルピーだよ」
「年上を立てろ!」
「痛、痛い」
ケルピーに前歯で毛を噛まれる。
グライフの尖った嘴よりましだけど、地味に痛い。
「じゃれるなら他所でやれ」
「いや、僕はアーディに会いに来たんだよ」
「なんだ妖精王と切って我らと共に生きるか?」
「違うし、その共に生きるって僕の自由縛ることなんでしょ?」
アーディは肯定しないけど、ロミーを睨んだ。
つまり、ロミーの言ったことは本当だった、と。
「妖精も困ったところあるけど幻象種も悪賢いよね」
「それは誰と比べている?」
「賢いというなら自分だな!」
ケルピーが歯を剥き出して自己主張すると、アーディはうんざりした顔で横目に見る。
きっと一緒にするなって思ってるんだろうな。
「僕と一緒に森に来たグリフォンもたまに試すようなこと言うんだよ」
「そう言えば、妖精王に従う気の狂ったような幻象種がもう一人いたのだったな」
アーディ、それって僕の正気疑ってるよね?
「僕は気にしないけど、それグリフォンには言わないでね。絶対怒るから。誰があのような無責任放題の羽虫になど従うかーって」
「なんだ、宝も抱えずこんな所に来るなら同じような者かと思えば」
そうか、グリフォンってあんまり移動する種族じゃないんだっけ。
「グライフっていうんだけど、僕に消えない傷つけられて興味を持ったみたいだよ。今は面白がって僕について来てるんだ。確か、予言で宝以上の物を見つけるって言われて探してるんだって」
「なるほど、例の放浪のグリフォンか」
「この森にまでグライフのこと伝わってるの?」
僕が聞くとロミーが湖に足を浸しながら答えてくれた。
「この湖って湧き水なんだけど、南の山脈の雪解け水が元なの。私たち水の妖精は地中から山までは行けるから、たまに南の山脈の話を持ってくる妖精がいるのよ」
「そう言えば、南の山脈超えてエルフの国に行ったってグライフが言ってた」
「そうでなくとも、大陸を一周した変わり種だ。噂くらいは聞こえてくる」
「あ、安心して。グライフはアーディと同じように危機感とか幻象種としての矜持とかない僕を叱るくらいの常識はあるから。羽虫貴様何をした、とか言ってアルフを前足で捕まえたりしてたよ」
って笑顔で言ったら、アーディはすごいしかめっ面で青紫の髪を掻き上げた。
するとロミーが僕に耳うちをする。
「あれ、すごく笑いを堪えてる顔なの」
「…………ぐ」
ロミーに何か言おうとしたアーディだけど、苦しそうな息を漏らすだけで口を真一文字に引き結んでしまう。
タイミング的に僕の発言に笑ってるよね?
あ、そうか。
「羽虫ってね、アルフがこれくらい小さくなってた時からグライフが呼んでるんだ。だから今の筋肉ムキムキのアルフを前足で押さえつけるなんてしないよ」
「ぐ、く…………くく」
あ、笑った。説明したら想像しちゃったかぁ。
そして笑顔を隠さないケルピーがずいずい来た。
「その愉快なグリフォンは今日いないのか? 馬を上空に攫うグリフォンを水に引きずり込むのも面白いだろうな」
「本当、性格悪いね。グライフはアシュトルに会うために出かけてるよ。往復で二日かかるって言ってたし、ちょっと遊んでくるみたいだから当分帰ってこないかな」
「悪魔に用があるとはそのグリフォンも十分おかしいな」
ケルピーがグライフの怒りそうなことを平然と言う。
だから遊びが以前会った時のリベンジマッチだということを伝えた。
それだけで幻象種のアーディとケルピーが納得してしまう。
この世界、人間も乱暴だけど、たぶん人間に限らず僕が前世で暮らした世界よりずっと物騒なんだなぁ。
「グリフォンでも現れたなら人間は戦意を失うと思うか?」
「どうだろうな? グリフォンの宝を探しだすんじゃないか?」
アーディとケルピーの会話も物騒だ。
「ユニコーンに続いてグリフォンとなると、欲に走って何をするかわかったものではないな。貴様もあまりうろつくな。人間たちに見つかれば狩られるぞ」
「心配してくれるの?」
聞き返した途端アーディに睨まれた。
「貴様がうろついて人間が森の中に分散でもしてみろ。我々の手間が増えるんだ」
「その手間について話しに来たんだよ」
ようやく本題に入れる。
うん、ちょっと走るの楽しくて本題忘れてたのは秘密だ。
ユニコーンってすぐランナーズハイみたいな感覚に陥っちゃうな。
…………僕だけかな?
「妖精に頼んで町の様子見てもらったら、冒険者がユニコーン狩りに乗り気な人と引け腰の人に別れてるらしいんだ。今なら足並み揃わないんじゃないかな?」
「冒険者など金を積めば新たに呼べる。足並みなど大した問題ではない。とは言え、質が下がるならそれに越したことはないか」
「でも半年工事を遅延させたせいで、そろそろ国が痺れを切らして動きそうなんでしょ、アーディ?」
「ロミー!」
咎めるように呼ばれても、ロミーは僕に片目を瞑って見せて笑うだけ。
国ってことは軍が来るかもしれないってことでしょ? 資源だから森に火を放つなんてことはしないだろうけど、人海戦術をされるとたぶん人魚は負ける。
「だから、そのユニコーン狩りについては僕に任せてほしいんだ」
ユニコーン狩りしようとしてるのは水路作ってた人たちだから、言ってしまえば問題解決を任せてほしいっていう詭弁だ。
「どうするつもりだ?」
「それは見てのお楽しみ。あ、手伝ってくれるなら教えるよ」
「はーい、だったら私手伝うわ、フォーレン」
「ふ、俺の力が必要だろ?」
なんでケルピー恰好つけるの? 決め顔しても馬面変わらないからね。
ロミーの申し出はありがたく受けよう。
「何をする気かは知らんが、欲に駆られた人間たちを遠ざけたとして、軍が出てくるのが早まるだけだぞ」
「それだけ大きな戦力が動くならさ、もう湖だけの問題じゃないよね?」
「…………なるほど、ことを大きくして妖精王が前面に出るよう仕込むのが狙いか」
「うーん、できれば冒険者や町の人間に怖がってもらって森を拓くことのまずさを広めてほしいな」
「は、笑えるほどに甘い考えだな」
「何ごとも苦く考えるよりはいいと思ってるよ」
冗談で返したらまた睨まれた。
もうアーディのほうが憤怒の化身なんじゃない?
「それで教えてほしいんだけど、僕を捕まえるために人間たちってどう動くかな?」
初歩的なことだけど、これは知っておかなきゃいけない。
妖精にも協力してもらって人間たちの作戦は盗み聞きしてもらってるけど、興味がないことは聞き流しちゃったりするからね。
「野生馬を捕まえるなら、縄をかけに来る」
ケルピーが鼻を鳴らしながら言った途端、アーディが首を横に振った。
「森の中ではそんなことをする必要はない。障害物はいくらでもある。動きを阻害させるなら、囲い込んで足を止めるだろう」
「本体の知恵を借りると…………殺す前提なら兵を伏せた場所にフォーレンを追い込むんじゃないかって」
湖に手をつけたロミーの意見に、僕は頷いた。
するとケルピーは不貞腐れて湖を泳ぎ出す。協力してくれるのは嬉しいんだけどね。
「となると事前に僕の行動を掴むための斥候が来るよね?」
「斥候を捕まえて情報を引き出すのか?」
「それすると作戦替えられるから泳がすつもりだよ、アーディ」
僕は想定できる人間側の動きを聞いて、アーディたちが知る限りの冒険者の戦い方も聞き出す。
「…………で、こういう状態にする魔法って使える?」
「ふむ、土と木の根を動かす必要があるな」
「そうなんだ?」
「それに後続が止まる可能性が高い。そうなった場合の対策を講じるべきだな」
「ふむふむ。いっそこっちが人間全部を誘い込むとか」
いつの間に僕とアーディが額を突き合わせて、地面に枝で作戦の絵を描きながら夢中で話し合っていた。
「うん? …………ううん? 何か、危ない気配を感じる」
バンシーの加護が発動しそうな気配に僕は顔を上げて辺りを見回す。
発動するということは、僕に命の危機が迫っているという忠告に他ならない。
背を向けていた森を振り返ると、僕の顔よりも大きな目玉と目が合った。
「うわ!?」
驚きの声を上げると、目は瞬きをしてそのまま何か大きなものが森の奥へ消えていく足音が立つ。
「な、何あれ?」
「…………湖の困りごとの一旦担う者だ。あれは放っておけば害はない。自ら近づくならばその限りではないから気をつけろ」
「う、うん…………」
バンシーの加護が発動しそうになるほどの脅威だ。僕は素直にアーディの忠告に頷いた。
逆にあんなものがいる森を切り拓こうっていう人間、勇気があるんじゃないかな?
いや、あんなのがいることも知らずに分け入ってくるんだから、勇気じゃなくて無謀なんだろうな。
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