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73話:ドライアドとウンディーネのお茶会

「ボリス、お湯を沸かすのはお願いするわね」

「任せろー!」


 シュティフィーのお願いにボリスのやる気に満ちた返事が聞こえる。


 僕は硝子の器に水を入れて、ドライアドのシュティフィーを訪ねた。

 椎の木の下には、すっかりお茶会の準備ができている。


 ボリスを見ると、焚きつけに自分の火を移し、踊り出した。

 あ、火も踊り出した。あれ、火を操ってるんだ。


「あら、いらっしゃい。見てこの花瓶とテーブルクロス。お茶会をするならって魔女たちが用意してくれたのよ。さ、ロミーも座ってちょうだい」


 シュティフィーがそう硝子の器に声をかけると、水の中からロミーが姿を現した。


「うふふ、噂に聞くシュティフィーのお茶会に参加できるなんて思わなかった!」

「その硝子の器も魔女に借りたのだけれど、居心地はどうだったかしら?」

「悪くないわ。硝子の色が移動中揺れるのが楽しかった」


 なんだか僕にはわからない感覚の会話で盛り上がる妖精二人。

 緑と青の美女二人だからちょっと放っておかれても悪い気はしない。


 僕はグライフに助言をもらった翌朝、アルフに相談してシュティフィーに協力を求めた。

 アルフ曰く、恋バナなら耳年増のシュティフィーだ! とのこと。もちろん本人に言うような愚は犯してない。


「ウンディーネを招けるなんて私も嬉しいわ」

「うん! 本当はいつあの人が来るかわからないし湖を離れたくはなかったんだけど、フォーレンのことで人間が森には入ってこないから。この機会にって言ってくれて良かった」

「ユニコーンって怖がられるのもあるけど、この角が人間にとってはすごい宝物に見えるらしいんだ。だから僕がいることを知ったら、対策練って準備をして捕まえに来ると思う。それまでは攻撃されないよう森には入らないと思うよ」


 実際、水路を作ろうとしていた町ではユニコーン狩りの準備で大騒ぎらしい。

 狩られる側からするとすごく複雑な気持ちだけど。


「あ、そうだ。シュティフィー、これ。メディサが持たせてくれたんだ」

「あら、何かしら?」


 僕はメディサに持たされた籠を渡す。

 中を覗き込んだシュティフィーは、玉ねぎみたいな形の果物を見て微笑んだ。


「わざわざメディサは取って来てくれたのね。これ、崖の上に生える木の実なの」

「そうなんだ」


 初めて会った時に落とした金色の羽根で飛んだのかな? きっと綺麗だろうなぁ。


 僕たちは取り止めのない話をしながらお茶とおやつを食べる。

 シュティフィーが出してくれたのは、叩けばコンコン音がするパンみたいな塊。

 あえて似た物を前世で探すとスコーン?

 ただかけるのは酸味を感じる蜂蜜だ。


 不味くないけど、前世の記憶がこれじゃないって。わがままだな。


「あら、フォーレンの口には合わなかったかしら?」

「フォーレン、もしかして匂いの強いもの苦手なんじゃない?」


 ロミーもスコーンもどきを食べながら、楽しそうに推測をした。


「そうなのかな? どれも初めて食べる物ばかりだから、楽しくはあるんだけど」

「わかる! 私も人間の中で暮らした時、料理なんてしたことなかったから困ったの。けど毎日知らないものを知っていったあの日々はとても新鮮な驚きがあったわ」


 楽しそうに新婚の頃の失敗を語るロミーは、本当に夫を殺すつもりがあるのか疑問に思えるほど。シュティフィーも同じく感じたらしく質問を投げかけた。


「ロミーは、今も人間の町で暮らしたいのかしら?」

「それはないわ。だって私はウンディーネだもの。水辺が一番。…………でも、あの時は愛する人の側にいられればなんでも良かったのよ」


 カップの中の波紋を見つめてロミーは遠い目をする。

 愛を失った今、ロミーが町に暮らす理由はない。

 だからと言って、かつての生活が嘘になる訳でも苦痛に変わるわけでもないらしい。


「愛か。ロミーは湖が好き? 湖を守ろうとするアーディに協力はできない?」


 自分の思いを整理するように、ロミーは考えるそぶりを見せた。


「確かに水量が減ったり、汚水が逆流するなんて嫌ね。直接湖から取水しようとしてるのって、隣国のエフェンデルラントと水源一緒だからっていう私たちに関係のない争いが一端だし。私たちが被害を受けるいわれはないと思うわ」


 森の湖から流れ出る川は、オイセンと隣国との国境で、川からの取水は一定量に抑えることを両国で決めているらしい。

 だからオイセンは川からではなく、水源から自分たちが自由に使える水を引きたいということのようだ。


「水路を作ることは嫌よ。でも繋がってもらわなきゃ、私が復讐できないの」

「ウンディーネは発生した水と繋がっている場所になら行けるのではなかった? 今ある川からは行けないのかしら?」

「森から出ないドライアドは知らないのね。川には妖精対策がされてるのよ。それに私が本懐を遂げたら、水路は使われなくなるかもしれないし」


 ロミーが言うには、人間は死を嫌うため、騎士を殺した妖精が出てくる水路となれば、怖がって閉鎖すると考えているようだ。


「そう上手く行くかしら? 人間は時と共に忘れる生き物だから、数年したら使い始めると思うわよ」


 シュティフィーの指摘にロミーも肩を竦めた。


「それはアーディも言っていたわ。だから最初から作らせないって。私は川の辺りで人間を騙して妖精避けを排除させてから町に行ったほうが危険はないって。でも人を騙すのって私、得意じゃないの」


 ロミーはすでにアーディの助言を実行して失敗していたらしい。


「だったらフォーレンにお願いして妖精避けを除いてもらえばいいじゃない」


 シュティフィーが思いつきを口にすると、ロミーも喜色満面で僕を見る。


「いや、ちょっと待ってよ。僕ロミーが死ぬのを間接的に手伝うようなことしたくないよ」

「大丈夫よ。私の人格は消えるけれど、大本は湖にいつでもいるから!」

「人格消えた時点でそれはロミーじゃないんでしょ。こうして喋ることもできなくなるんじゃないの? アルフから、このままだとウンディーネでさえなくなるって聞いてる。けど、このままロミーが消えてしまうのはすごく勿体ないじゃないか」

「もったいない? 無駄になるってこと? 私は永遠の誓いを裏切られた時点で、もう無駄な存在になってしまっているのよ?」


 うーん、感覚の違いが埋まらない。

 そこでシュティフィーが新しくお茶を入れてくれながらロミーに語りかけた。


「フォーレンはまだロミーとお話がしたいのよ。もちろん私もそう。今ここにいるロミーと仲良くしたいの。だから無駄になるって言うんじゃなくて、あなたを惜しんでいるのよ」

「惜しむ…………でも、惜しまれるようなもの、私には何も…………」


 騎士のためだけに生まれたロミーにとって、騎士に拒絶された今、自分に価値を認めていないようだ。

 普通にいい子だと思うんだけど。…………ヤンデレさえしなければ。


「アルフから聞いたけど、恋を永遠の愛に昇華させようとして失敗した。だから失敗の清算以外に存在する意味が今のロミーにはないんだよね?」

「アルベリヒさまがおっしゃるならそうね」

「フォーレン、その状態なら私の時のように存在を変えることは難しいわ」


 シュティフィーが困ったように頬に手を当てた。


「まずは清算を先に済ませなければ、ロミーは進むことも戻ることもできないのよ」

「そういう存在なんだね。…………その清算って、必ず騎士を殺さなきゃいけないもの?」

「逆に殺す以外にどんな清算があるの?」


 心底わからないと言わんばかりに首を傾げられた。

 ロミーとシュティフィーに。

 ついでにお湯を沸かすために今まで炎と踊っていたボリスにも。


「命と同じくらい大事なものを奪うとか?」

「子供かしら?」

「子供ね」

「騎士なら右腕でいいんじゃないか?」


 思ったより妖精って容赦ないな。

 刑法とか詳しくないけど、なんかもっと近代国家みたいにマイルドにできない?


「一定期間何処かに閉じ込めるとか、何年かかっても規定額払わせるとか」

「それ命をかけるほどの重みがないわ」


 ロミーとしては不満なようだ。

 うーん、こういう時こそ前世の知識で上手くことを解決できないかな?

 本当に僕の持つ前世の知識って、アルフに貰った知識に比べて役に立つ場面ないなぁ。


「何処かに閉じ込めるのはいい考えだと思うわ。だって騎士のためにいるロミーは、騎士が生きて罰を受けるなら消えなくていいかもしれないでしょう?」

「駄目駄目。命を持って贖わせるのが掟なんだもの。私はあの人があの女に触れた時に、殺すと誓ってしまっているの」

「フォーレン、誓いを立てたなら少なくとも一度誓いどおりの行動しないと、ロミーは結局ウンディーネじゃいられなくなるぜ」

「難しいなぁー」


 そうして話し合うけど、結局ロミーが妥協することはなかった。


「無理かー。…………けど水路作り阻止には協力してくれる、でいいんだよね?」

「えぇ、できなかったらフォーレンが川の妖精避け排除してくれるって言うし。それに」

「それに?」


 先を聞くと、ロミーはちょっとくすぐったそうに笑った。


「必死に私のために考えてくれてるフォーレンと話すの、悪くない気分なのよ。確かにこんな楽しいことがもう二度とできないと思うと、惜しく思ってしまうわ」

「惜しいって思ってくれても、消える覚悟で騎士を殺す気持ちに変わりはない?」

「ないわね。こればっかりは私が私である限り変われないわ」


 打開策が見つからない歯痒さに、僕はテーブルに俯せになる。

 すると僕の頭を撫でるロミーが悪戯っぽく言った。


「私のことより水路作りを止めるなら、まずアーディを説得しなきゃ。気をつけないとフォーレンを湖の側に縛りつけちゃうわよ」

「あら、フォーレンはもう人魚と仲良くなったの? でも湖から離れられなくなると、ロミー以上にここに来れなくなってしまうじゃない。それは私が嫌だわ」


 何故かシュティフィーもロミーと一緒になって僕の頭を撫でながらそんなことを言う。


「僕を盾にしたいだけだから、水路のことが片づけば無理強いはしないと思うんだけど」

「どうかしら? アーディ一度手に入れたら決して手放さない物持ちの良さがあるのよ」

「それってもの持ちがいいって言うの?」


 どっちかって言うと、執着が強いって言うような?

 うーん、アーディ相手には安請け合いは厳禁だと覚えておこう。

 結構幻象種も、癖が強いのかもしれない。


毎日更新

次回:自分の身を守る

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