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72話:月下の美女

他視点入り

 領主館に水路工事の報告を行う一団が列をなしてやって来た。

 森に関することなので私、マウロも呼ばれて同席する。


 魔法道具を操る流浪の民や金羊毛を下げた名うての冒険者など、本来なら領主館に足を踏み入れることすら適わないような身分の者たちが並んでいた。


「申し上げます」


 そうして話し出すのは計画を指揮する騎士。

 団長は別におり、これで成果を上げられれば次期団長として有望となる。

 騎士からすれば失敗のできない仕事。だが、報告内容は捗々しくなかった。


「つまり、また失敗か」

「い、一度、人魚を大々的に討伐すべきかと考えます!」


 指揮をする騎士は失敗を挽回しようとする意気の高さが窺えた。

 それは裏を返せば、邪魔をする人魚への苛立ちに他ならない。


 騎士の力を活かす騎馬は森で使えないため、自ら動けないのに失敗と言われる現状に腹立てているのだろう。

 言い方を変えれば功を焦っているとも言えた。


「他も伐採が上手くいっていない。森に住まう者と大きくことを構えるのは」

「でしたらなおのこと、我らの力を見せつけるべきです! 人魚に痛撃を加えたなら、他の森の魔物たちも怖気ずくはず!」

「逸るな。その考えはすでに中央も持っている。だからこそ今は密に連絡を取り、こちらも勇み足をしてはならんのだ」


 領主に釘を刺される騎士は自分の功績を阻む存在に憎悪さえ抱いているようだ。


 ドライアドにやられた町以外にも被害が出ている中、人魚討伐に兵を割くことはできない。

 元から伐採の人手が森に入って帰らないこともしばしばなのだ。

 ダークエルフの目撃情報もあり、邪悪な一族を見て怯える者も出ている。

 現状、独力での軍事行動など悪手でしかない。


「よろしいでしょうか? 発言を」


 重い沈黙が降りた中、流浪の民が発言の許可を求める。

 私はその嫌な笑顔に警戒心を募らせた。


「他にも魔法道具の貸与は可能でございます。お申し付けくだされば、すぐに仲間が運んでまいりましょう」

「だが使う者がいないのだろう?」

「もちろん、魔法道具を扱える魔法使いも呼びましょう」


 その分時間と金がかかることに、領主は渋い顔だ。

 森の開拓が国策とは言え、実費はこちら。

 乾燥機の実績があるとは言え、森の開拓で得られる富と負債の累積はすぐさま計算できることではない。


「検討しておこう」


 暗い顔で領主が決定を先延ばしにする。いずれは借りなければいけないと考えているのだろう。

 そんな中、金羊毛の冒険者が騎士に後ろから声をかける。その言葉を聞いて、騎士は得意げに顔を上げた。


「朗報が一つございます」


 そうして齎された騎士の報告に、領主は顔を明るくした。


「よし、すぐに手配せよ」

「は!」


 一つの作戦行動を決定した報告を終え、私は退席した者の後を追う。


「すまないが、時間を貰えないか?」


 声をかけたのは、騎士に朗報があることを思い出させた冒険者だ。

 小奇麗にすれば女も寄ってきそうな顔を持つその冒険者は、金羊毛の頭。

 周辺では名うてで、森専門の冒険者だ。

 正直、周辺で私より妖精に詳しいのはたぶんこの者だろう。


「あぁ、あんたは…………」

「私を知っているか」


 言わずとも私の身に降りかかった災難を知っているようだ。

 お互い苦笑いしか浮かばないのは、状況の悪さわかっているから。

 そんな共通理解を肌で感じて、少し安堵の思いが湧いた。


「一度聞きたかったんですが、水路繋げてあんたどうする気だ?」

「水路は森から最寄りの町までだ。こちらには通じてない」

「いずれ通じさせるんじゃないんですかね?」

「…………かもしれん」


 私の答えに金羊毛の頭はしばし黙る。


「妖精は避けるもんで関わるもんじゃないってのが、祖父さんからの教えでしてね」

「なるほど」


 妙に実感の籠った声に私は深く頷いた。


「今のままで水路の敷設は可能か?」

「時間があるなら」


 肩を竦めておどけたようにしながらも、しっかりした答えが返る。


「いずれ人魚の住処に近づくことになるが、対処はあるのか?」

「地上に出てる人魚たちは戦士だ。そいつらの顔ぶれはあまり変わらない。それだけ人魚に戦士が少ないってことでね。口うるさい魔法使いたちだが、あの魔法道具で人魚が弱ってるのは確かだ」

「ふむ」

「自覚があるからこそ人魚は今焦ってる。できる限り戦士の数は減らすが、一番の難所は湖手前だ。できれば騎士の派遣を願いたい」

「森の中にか?」

「そこで人足守れなきゃ、全てが無駄だ」

「…………わかった。領主さまにかけ合おう」


 こうした会話は指揮する騎士の頭の上を飛び越えてしまう無礼なやり取りだ。

 本来すべきではないが、どうしても私よりも森を知る者から直接聞きたかった。


「話しのわかる奴がいて良かったですよ」


 思わず漏れた金羊毛の頭の本音。


「妖精の不条理さはわかっている。こういうことは、実際に遭ってみないと、わからないだろう?」


 妖精は不条理だ。人間の暮らしの複雑さを全く理解しない。

 純粋さと頑迷さの表裏を体現した存在だ。

 所詮、人間とは相いれないのだ。


「今後の作戦にあんたが関わることはあるか?」

「水路絡みはないな。私が行っても厄介ごとが増えるだけだろう」

「それもそうか。残念だな」


 どうやら指揮をする騎士とは折り合いが悪いようだ。

 森とは関わらずに生きて来た騎士は、妖精の脅威を甘く見ているんだろう。


「君たちは生還にこそ実績がある」

「そりゃどうも」

「そのやり方を手ぬるいと見る者もいるだろう」


 肩を竦めて浮かべる皮肉な笑いには、指揮をする騎士に言われた経験があると物語っていた。


「森からの生還にこそ意味があると私は考える」

「商人にはそう言ってもらえるんだがな」

「だろうな。今回の作戦もそうだ。できる限り多くの者を、生きて帰らせてくれ」


 わかってると、金羊毛の頭は手を振って答える。


「作戦会議だけなら私も顔を出そう」

「そりゃありがたい」


 私たちは笑ってその場は別れた。






 僕は夜中に羽音を聞いた気がして目を覚ました。

 妖精王の住処の一室。最初に見た時には某隣のトで始まる妖怪映画の住処を思い出した。そんな部屋。

 旅の間着ていたマントがかかっている以外ほぼ私物のない部屋だ。


「…………足音?」


 僕は耳を澄まして廊下へと出た。

 宛がわれているのは二階にある部屋で、廊下の窓から外を見ると月明かりの中動く人影が三つあった。


「何をしている、仔馬?」

「グライフ。ほら、あれ。誰だろう?」


 僕が起き出した気配で隣の部屋のグライフも廊下に出て来た。

 僕は月光の中の三人の女性を指す。


 三人はそれぞれ、緑色の髪のくせ毛、黒髪の巻き毛、青い髪のウェーブと月明かりにもわかった。

 背格好はそっくりで、妖精王の住処から離れていく途中で背中しか見えない。


「ここから出て行く三人の人間に見える女…………ゴーゴンだろうな」

「え、あれメディサいるの?」


 どう見ても髪の色が珍しいだけの人間に見える。

 いや、そう言えばゴーゴンって元は人間の怪物なんだっけ。


「こんな夜に何処に行くんだろう?」

「逆であろうな。ゴーゴンは夜になると本来の人間の姿に戻れると聞く。他を害せぬ今の姿の時こそ、あの者たち本来の活動時間なのやも知れぬ」

「そうか…………。あの姿の時なら、会ってくれるのかな?」

「今度はゴーゴンに興味を示したのか、仔馬?」

「この森にいる誰でも、今は興味あるかな」


 そう言うと、グライフは窓の縁に座って隣を叩く。


「あの小さき火に聞いたが、人魚の元へ行ったらしいな」

「ボリスのこと? うん、グライフと同じようなこと怒られた」

「はん、当たり前だ」


 なんとなくそのまま、僕はグライフとお互いに今日あったことを話し合う。


「グライフだったら、アーディが不利な状況なのにアルフの手を借りたくないって意地を張る意味、わかる?」

「意地ではない。それは矜持の問題だ。己が率いる者たちへの責任であり、異なる生き物との節度であり、自己に課した淘汰の摂理よ」

「難しい…………」

「羽虫は気分で行動を変える。考えもなしに一年も放置する。ならば頼るに値せぬ。そのような外の力を頼らねばならぬ長を、人魚が戴きたいと思うか? まして、独力で種を存続できぬのなら、遅かれ早かれ人間に食い潰される。ならば、命を賭して己の手で人間を排除しようと動く。それだけのことだ」

「…………やっぱり僕には難しいや。だから、僕は僕のやり方でやらせてもらう」

「弱者は死に方さえ選ぶ権利はない。己が選ぶことのできる強者であると自負するなら、やってみるがいい」


 小馬鹿にするように笑うグライフに背中を押された。

 うん、強者だなんて思えはしないけど、やってみようか。


毎日更新

次回:ドライアドとウンディーネのお茶会

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