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68話:人魚の長

「初めまして。僕、ユニコーンのフォーレンって言うんだ。妖精王の代理で来ました」


 アーディは魚のような青っぽい灰色の瞳で僕を睨む。


「…………人魚の長のアーディだ」


 あ、挨拶したら返してくれるんだ。

 しかも人魚の長ってことは偉い人なんだね。


 アーディは青紫の髪に青白い肌をしている。

 全体的に筋っぽい体つきで、着てるのは腰巻と肩から斜めにかけた布だけ。

 この森に住む種族って、基本的に薄着なのかな?


「その姿はなんの冗談だ?」


 僕が観察するように、アーディも上から下まで僕を見ていた。


「…………人化の術使っただけだよ。顔がこれなのは、僕が未熟だからってことにしておいて」

「なんで? 妖精王さまの好みでそうなったんだろ?」


 僕が厳しそうなアーディを相手に濁したら、ボリスが悪気なく暴露してしまう。

 途端にアーディは侮蔑するように僕を見た。


「あの妖精王に関わって碌なことにならないと体験した上で、何故あれの遣いなどをしているのだ?」


 妖精王をあれ呼ばわりしたよ、この人魚。

 あんまり自然に言うから、妖精のボリスとロミーも違和感ないみたいだし。


「人化の術を使いたいって言ったのは僕だし、友達だから困ってるなら手伝うよ」

「…………は?」

「なんだこの変なユニコーン」


 さっき湖の中に帰ったはずのケルピーも、アーディの後ろで鼻面を水面に出してなんか言ってる。

 ケルピーの声で我に返ったらしいアーディは、また厳しい顔で僕を睨んだ。


「これは我々の問題だ。妖精王に手出しされる謂れはない。結界も不要。ここは五百年以上前より我々の住まいだ」


 どうやらアーディたち人魚は、アルフが妖精王として派遣されるよりも前からこの湖なんかで暮らしていたらしい。


「少しくらい話を」

「くどい。所詮は森の外から来た俄か者。貴様は妖精王よりも関係のないことだ」


 取りつく島がない。

 そしてどうしてそこまで嫌われてるのさ、アルフ?


「ごめんね、フォーレン。アルベリヒさまがこの一年ほったらかしにしてたせいで、冥府の穴の毒が湖に流れ込んで来たの。それでアーディ怒ってるのよ」

「余計なことを言うな、ロミー」


 僕にこっそり教えてくれるロミーをアーディは叱りつける。


「今、一生懸命薬作って冥府の穴の毒っていうのに対処しようとしてるんだけど」

「遅い!」


 一年経ってるし、そうだよね。

 この怒り方からして、冥府の穴の毒ってアルフが対処しなきゃいけない物みたいだし。


「どうしたら話を聞いてくれる? 違うな。どうしたら話しをしてくれる? かな?」

「なんだ、森の外の幻象種はそのようなことをいちいち聞かねばわからないほど呆けてしまったか」


 あ、この言葉の雰囲気…………グライフを思い出すなぁ。


「つまり、力尽くで口を割らせてみろってこと?」

「本当ならあの妖精王が来た時に湖に沈めてやろうと思っていたが。代理を名乗るなら、貴様が沈むか?」

「それは遠慮したいな。泳いだことないし」

「やる気があるのかないのかはっきりしろ!」


 イラッとした様子でアーディは水流を放つ。


「どうしてこう、幻象種って短気なのかなぁ!?」


 僕はボリスを両手で覆って横に転がって回避する。

 直撃したロミーは全く痛痒を感じていない様子で倒木に座ったまま。


「ボリスは森の中の水の届かない所まで逃げて!」

「フォーレン!」


 僕はボリスを森のほうに放って、続いて放たれる水球五つを走って避けた。

 そうしている間に、ケルピーがまた湖の上を走って波を蹴立てる。

 その波を操ってアーディは僕を押し包むように溺れさせようとした。


「ほう、これを避けるか」


 風の魔法と人化しても残るユニコーンの足の強さを使って、僕は波の包囲から抜け出す。

 人魚の弱点は乾燥だけど、アーディが水際にいる限り弱点にならない。

 今はともかく、アーディを手伝うケルピーが邪魔だ。


「来るなって、言った、だろ!」

「ヒヒィーン!」


 威圧を放つとケルピーはまた湖の中に逃げ込む。

 けれど、アーディは顔を顰めて動かない。

 威圧で怯むくらいしてほしかったなぁ。

 けど、操る水の量が減ったから良しとしよう。


「妖精王の友を自称するなら頭の沸いた輩かと思えば、存外…………」


 そんなことを呟いて、アーディは水の渦を立ち昇らせ、僕を襲った。

 速さがある上に、避けた先の僕を追って動く。

 避け続けるには無理があった。


「水の魔法…………こうかな?」

「なんのつもりだ、その水球は」

「練習だよ」


 水の渦を操るアーディに笑われた。

 そりゃね、さっきアーディが放った水球より小さいし、遅いし、脆いし。


「では手本を見せてやろう」


 嘲笑するように口の端を上げたアーディが、そんなことを言ってさっきと同じように水球を投げてきた。

 あ、渦のほうは無理だけど、こっちなら行けそう。


 僕は手に作った水球で、向かってくる水球をアーディに弾き返した。

 別々の魔力が籠った水同士は混じり合わず、かといっていきなり狙いが上手くいくはずもなく。

 僕がまともに弾き返せたのは五つの水球の内一つだけだった。


「なんだその魔法の使い方は?」

「なんだって言われても、ね!」


 今度は渦のほうに僕が作った水の逆巻きを送り込んでみる。

 こっちは完全に力負けして掻き消された。

 その上、魔法の制御に意識を割いて、危うく渦に呑まれそうになってしまう。


「危なかった…………。けど、やっぱり幻象種の使う魔法のほうがわかりやすいな」

「何?」

「今までほとんど成功しなかった水の操作が、こんなに上手くいくのはアーディの真似をするお蔭だってこと」


 威力の劣る水球を、いっそ可能な限り圧縮して、僕はアーディに向かって飛ばした。

 無造作に払いのけようとしたアーディは、思わぬ水の硬さに瞠目する。

 とは言え、やっぱり水魔法を得意としているだろう人魚だけあって、驚かすくらいしかできなかったみたい。


「妖精王に目をつけられるだけの才覚があるということか」

「ないよ、そんなの」


 僕は走り回って水の渦を右に左に揺さぶる。

 すると渦の維持が上手くいかなくなり始めて、アーディは制御不能になる前に湖に戻してしまった。

 うーん、手堅い。

 グライフみたいに調子に乗ってくれれば付け入る隙もあるのに。

 正直、こうして距離を取られていると責めにくい。

 アーディは僕が焦って寄って来たところを、湖に引きずり込むつもりなんだろうけど。


「何故ユニコーンが妖精王の友などと名乗る?」


 湖の中では小さな渦が五つ生まれる。

 見る間に渦は大きく早く回り、アーディの言葉がただの時間稼ぎだということはわかった。


「…………一人だったのを心配してもらっただけだよ。アルフは調子に乗って碌でもない失敗をする奴だけど、ちゃんと優しさはあるんだ」


 言って、僕は賭けに出る。最悪、湖に沈められたらロミーに助けを求めよう。

 走り出しながら人化の術を解いて、もっとも速度を出せるユニコーンに戻る。

 僕の正面突破を察して槍のように水を立ち昇らせたアーディ。

 どちらの攻撃が早く相手に届くかが勝負だった。


「…………く!?」


 胸に角を突きつけられて、アーディは顔を顰めた。

 後ろに逃げれば自分が湖に入ることになる。それはどうもアーディのプライドが許さないようだ。


「あ? 仔馬じゃん」


 また鼻面だけ水面から出したケルピーが言った。

 その声に、アーディは瞠目する。


「仔馬? 子供相手に…………ちっ」


 何故か敵意はなくなったけどひどく不機嫌になったアーディは、僕の角が近いのも気にせず背中を向けてしまった。

 戸惑いながらまた人化すると、ロミーが近寄って来る。


「フォーレンまだ仔馬だったのね。随分しっかりしてるじゃない」

「そう? っていうか、この姿で子供ってわからないもの?」

「だって、アルベリヒさまの趣味だと思ったから」


 アルフ、なんかあらぬ疑いかけられてるよ? まぁ、僕の顔こうしたのアルフだから自業自得だと思っておこう。

 ショタコンの妖精王かぁ。威厳とか以前に尊敬できないなぁ。


「一人だったと言ったな、ユニコーン。何故だ?」


 アーディに聞かれて、僕はありのままを話した。

 人間に母馬を殺されて、出会ったアルフが死にかけていたためお互い身を守るために契約をしたこと。一緒にダイヤを取り戻して、ここまで帰って来たことを。


「…………不憫な」


 アーディの呟きに首を傾げると、水面のケルピーも耳を垂らして同情している雰囲気を醸す。ただロミーだけは僕と同じく首を傾げていた。


「悲嘆の中、よりによって頼れる者があれだけとは。その上、精神を繋ぐなどという暴挙を無知ゆえに許し、ユニコーンとしての矜持を失っている」

「え、ちょっと…………」

「近年稀に見る、妖精王の非道」


 ケルピーはそんなことを呟いて、悲しげな顔で湖の中に沈んでいく。

 なんか、すごい風評被害出てるっぽいけど、これもアルフの自業自得で済ませていいものなのかな?

 ともかく僕自身は気にしてないことを伝えてみよう。


毎日更新

次回:人魚の水場争い

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