65話:ボリスのお願い
飽きずに攻撃を仕掛けてくる赤い小人を跳ね飛ばして走ること、たぶん二時間。
時折小人以外の獣みたいな魔物も襲って来た。
けど、ほとんどを駆逐して僕たちはゆっくり座っていられる環境を作ってる。
「すげぇ…………。あの懲りない悪妖精が遠巻きにしてる」
「ボリス、君もちょっと面白がって草原に火の粉散らしたでしょ?」
「あ、ばれた?」
草原に火を放つとか、すごい暴挙だからね?
「グライフ」
「うむ」
僕の合図でグライフはボリスを前足で掴むと、伏せた大きな石の上に引きずり下ろす。
一連の行動はアルフ相手にもしていたから、グライフも手慣れたものだった。
「少々熱いな。仔馬、石を持て」
「どうするの?」
「石で囲って封じておく」
「うわー!」
人化した僕は石を幾つも積んで囲いを作り、その中にグライフがボリスを入れる。
そして上から蓋をすると、石の隙間から火が漏れ出る不思議なオブジェができた。
どうやらボリスは石を動かすほどの力がないらしい。
お仕置きしたボリスを一旦放置して、僕はグリフォンのグライフに寄りかかる。
心地よい疲労感と共に足を伸ばした。
「ねぇ、この草原僕に死を想起させる臭いがあったんだけど、心当たりある?」
「貴様が死を想起するとなれば、襲って来た妖精や獣ではないのだろうな」
「たぶん、残り香がある程度?」
「ふむ…………。では怪物であろう。向こうの大岩を見て見ろ。爪痕がある。あれは通常の獣のものではない」
グライフに言われて気づいた。
草原の中に転がる大岩の中に、爪痕らしき並行に走る縦線がある。
大きさからして、グライフより巨体だ。
「うわぁ…………。どんな怪物なんだろ?」
「さてな。以前出会ったスフィンクスならば、あの大きさの爪痕も残せようが」
「え!? グライフ、スフィンクスに会ったことあるの?」
「ほう、知っているか。妖精王の知識は怪物も網羅しているようだな」
言われてスフィンクスの知識が開く。
ライオンの体に美しい女性の顔、背には羽根があり、尾は蛇なんだとか。
怪物となったのは、子供を攫った罪から。怪物となってからは死ぬ者の前に現れる不吉の象徴。死を免れるには、スフィンクスの出す謎を解くしかないとか。
「グライフ、スフィンクスの謎解きしたの? 朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足これは何ぞやってやつ」
「そこまで知っているなら、答えも知っていような。つまらんぞ」
「でも実物見たことないよ。どんなだった? 道を塞がれて謎解きしたの?」
不機嫌になりかけたグライフは、僕が興味を持って聞くと気を取り直したようだ。
「スフィンクスめは俺の前に飛んで現われてな。謎をかけてきたがその巨体とやり合ってみたくなったため答えず雌雄を決した」
「…………うわぁ。グライフってなんだかんだ乱暴だよね」
思ったままを言うと、不機嫌そうにライオンの尻尾が揺らされる。
「実力主義と言え。なかなかに楽しめたぞ?」
「つまり勝ったんだ?」
たぶん、スフィンクスのほうがグライフよりも大きかったんだよね?
その上、飛べるならグライフの優位ってほとんどない。
そんな相手に勝てたのに、僕に負けたって…………。
どれだけ僕のこと侮って慢心してたかがわかるなぁ。
「あのー、そろそろ出してもらえませんでしょーかー」
石の下からボリスが訴えた。
隙間から逃げられるかと思ったけど、そうでもないらしい。
僕が蓋の石を避けると、小さな体を伸ばすようにして出て来た。
ちなみに石は熱かった。角で押しやっておけば良かったな。
「フォーレン、お願いがあるって言ったの覚えてる?」
「あぁ、言ってたね。安請け合いすると僕が怒られるけど、聞くだけならいいよ」
グライフは石の上に伏せて口を挟む様子はない。
ちょっと妖精のお願いに興味があるみたいだ。
「お願いっていうのは、おいらもシュティフィーみたいにしてほしいんだ」
「シュティフィーみたいに? それって、別の妖精になりたいってこと?」
ボリスは炎でできた体を左右に揺らして悩む様子を見せた。
「うーん、違うな。ちょっと違う。別の妖精になりたいとかじゃなくて、おいら強くなりたいんだよ」
「強いって、例えばどんなふうに?」
「えーと、シルフどもを吹っ飛ばせるくらいの火力!」
「ボリスも乱暴だなぁ」
たぶんこの世界の生き物って、強者が絶対だ。
偉そうで傲慢の化身なんて言われるグライフが僕について来てるのも、一回負けたからこそだよね。
「だってさ、ニーナとネーナはおいらと速さ変わらないのに妖精王さまの伝達係やってるんだ! おいらは森を飛ぶと小火起こすからって嫌がられるのに!」
どうやら火の精としてボリスには鬱屈があるようだ。
「妖精王さまの住処に火を灯すのもニーナが独占してて! おいらは火をつけられても消せないからって、ネーナもニーナの肩持つんだ!」
「ふふん、面白そうではないか。仔馬、その妖精の願い、聞き入れてみよ」
なんか面倒なこと言い出した。
「簡単に言わないでよ、グライフ。シュティフィーのあれ、僕もどうやったかわからないんだから」
「フォーレン頼むよー」
ボリスに拝まれる。
本当によくわからないんだよ?
えーと、名前となんに変わりたいかを確認するんだっけ?
「シュティフィーと違って、ボリスはボリスのままでいいの?」
「そう、おいらはおいらのまま、強くなりたいんだ!」
「けど、森で火が強くなっても困らない? 今までは小火で済んでたのが、火事になっちゃうでしょ」
「そう、だけど…………。おいら、魔女の所でも焚きつけにしか使えないって言われるんだ」
まぁ、蝋燭の火より大きいけど、焚火よりは小さい火の精だもんね。
だからって焚火大の火の精になると、森にいられなくなるんじゃないかな?
「火をつけるだけで消せないっていうのも問題だよね」
「おいらは火の精だから、火を消すってことは自分を殺すも同じなんだよ。火の精としてそんなことできないよ。存在が変わっちまう」
そこは妖精としての縛りなのかな?
「火の精にとって火を消す能力は存在と矛盾するってこと? うーん…………あ、そうか。消すんじゃなくて、余分な火を吸って取り込む、とかどう? そうしたら火を消すんじゃなくて、火を移す力として受け入れられない?」
「…………うん、できるかも!」
「だが、火が大きすぎれば森を焼くことに変わらぬぞ?」
グライフが面白がって口を挟んで来た。
確かにそうなんだよね。
今のボリスの大きさが、森にいられる最適な火力なんだろうけど。ボリスが望むのはさらに強い火力を発揮すること。
前世で言えば、コンロの火力を調整するみたいな…………調整すればいいんじゃん。
「ボリス、魔女の所で焚きつけにしか使えないって言われたなら、料理ってわかる?」
「わかるぜ。人間たちが物を食べるために必要な作業だろ」
「じゃ、火がずっと強いままだと困るのわかる? 料理するために火を弱めたり強めたりするの」
「わかるぜ。火の扱い慣れてない若い魔女は、鍋焦がして穴開けたりするんだ。焚きつけのために呼ばれることあるから良く見る!」
本当に焚きつけに使われるんだ、ボリス。
ちょっと強い火になりたいってボリスの気持ちの切実さがわかったかも。
「じゃ、ボリスも火を弱めたり強めたりできるようになればいいんじゃない? いつもはその姿で、強いところを見せなきゃいけない時だけ火を強くできる妖精になれば」
「むむむ…………! うーん? なんか生まれ変われそうな、気もしなくもないけど…………」
「駄目かぁ」
ボリスはちょっと火を強めたけど、すぐ元通りになった。
僕とボリスが首を捻る姿を見て、グライフは面白そうに眺めるだけ。
「グライフ何が面白いの?」
「妖精王の権能を幻象種が奪えるならば、それは愉快なことであろう?」
「性格悪いなー」
思わず正直な感想を口にしたボリスは、グライフによってまた石の中に閉じ込められてしまった。
「そらどうした? 今が火を強める時ではないか? うん?」
「石なんて火じゃどうにもならないよ! 出してー!」
「グライフ意地悪しないでよ。ボリスも、できないから諦めるんじゃなくて、可能性を探そう? 石だって焼き続けたら割れるらしいし」
「え、本当!? …………可能性を探す、か」
なんだかボリスはそのまま考え込んでしまう。
そして静かになったボリスを石に閉じ込めたまま森に戻ろうとしてしまったのは、ちょっとしたうっかりだった、ごめん。
「酷いや、フォーレンまで俺を忘れるなんて」
「貴様も忘れられたことに気づくのが遅いのだ」
「横暴だー! 謝れよー!」
「ごめんってボリス。あれ? この風向きの急な変化って…………」
森に戻ると同時に風が吹いてくる。
見れば、ニーナとネーナが揃ってこちらに飛んできていた。
「フォーレン、妖精王さまが呼んでるよ!」
「フォーレンにお願いがあるそうよ」
「アルフがお願い?」
さて、今度はどんな厄介ごとだろう?
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