64話:草原の悪妖精
他視点入り
「マウロ、すぐ来てくれ。領主さまのお達しだ」
「わかった」
私は騎士となり人々を魔物から守るマウロ。
今は領主さまの治める町に暮らしている。
私のような若い騎士は、この騎士の国では珍しくない。団長となって騎士団を率いるくらいにならないと無名も同じだ。
が、私には一つ、他の騎士とは違う価値があった。
「マウロ、妖精について聞かせよ」
そんな私が領主に呼ばれる理由。
それは妖精について、他よりも見識があるからだ。
といっても、その見識も妖精という不条理な存在の害に遭ったからこそ培われたものだが。
「ドライアドを退治しようとしていた者たちが、呪われたようだ」
「呪われた? ドライアドに、ですか? …………私の記憶する限り、ドライアドの害は木の内に取り込まれるというものですが」
ここ領主館のある町は、直接森に面してはいない。
周辺の町や村と道は整備され、森に近くはないが遠くもない場所だ。
私はドライアドの住む地域に接する町や村を頭の中であげる。
「わしでは正否の判断もできん。直接聞くが良かろう。連れて来い」
領主の合図で連れて来られたのは、幾度か見たことのある近隣の町長だった。
頭髪は薄く、矮躯のわりに腹回りは丸いという、およそ武辺の私とは関わりのない相手。
それでも領主館に出入りしているので見たことがあるが、以前はもっと横柄そうだったように記憶している。
今は見るからに小さくなって憔悴していた。
「お前が森の伐採に異を唱える理由をもう一度申してみよ」
これは驚いた。
国策として命令が出ている。今さら異を唱えたところで領主であっても覆せるわけがない。
なのに反対? 命が惜しくないのか?
「い、異ではないのです。ただ、やり方が…………その…………」
「伐採をやめると言っただろう?」
「わ、我が町は滅ぼされかけました! これ以上森へ手を出すことはできません!」
唾を飛ばして訴える町長の話しを聞くと、ドライアドとの諍いから完全に森が敵に回ったということらしい。
どうも魔女を捕まえ、ドライアドを脅したことが妖精の怒りを買ったようだ。
「私も騎士たちと協力して国に従ったのです! けれど!」
「若者が足りなくなったという話だろう? それについては人を増援すると」
「すでに町人は抑えが効かず! 私の屋敷も囲まれたのです!」
必死の町長は、どうやら自分の町から逃げて来たらしい。
ドライアド討伐については聞いている。三十人の若者を犠牲にした大掛かりな作戦だった。
それでもドライアドを討伐しきれなかったことも呆れるばかりだが、身内の怨みを敵に向けさせるだけの手腕もないとは。
「そう言えば、呪いとはいったい?」
「私がかけられたのです! 姿の見えない妖精から!」
「つまりドライアドではない?」
さすがにそれでは記憶を手繰ってもわからない。
「姿が見えず妖精の名を特定できなければ何とも言えませんな」
「うむ、どうも隠しごとがあろう?」
「い、いえ」
打って変わって言葉が少なくなる町長に、領主も不信感いっぱいの目を向けた。
この様子では何か失敗を隠しているのだろう。
その失敗故に町人から責められていると言ったところか。
同じことを思ったらしい領主が絞る。そして妖精についておかしなことを言ってないかを私が判断する。
そうすることで、ようやく被害の全貌という名のろくでもない騒ぎを聞き出すことができた。
「妖精の悪戯が不幸を招くことはよくあることです」
「よくあってたまるか!」
本当のことを告げると、町長は私に怒りをぶつけてきた。
そんなみっともない姿に、領主は蔑みの視線を注いでいる。
が、私は少なからず同情をしていた。
妖精の厄介さを知ってるからこその同情を。
領主は町長を下げ、眉間を揉む。
「騎士まで逃げ出していたとは…………。何処も上手くいかぬな」
「妖精は力ずくでどうにかできる相手ではありません」
「わかっている。少しずつ削るべきだと、わかってはいるのだ」
「…………上ですか?」
「そうだ。進捗が遅いとまた王都から使者が来た」
現場を知らない者たちは、目に見える成果を気軽に要求してくる。
こちらも必死なのだ。それこそ命がけで当たっているというのに。
「どこも不満がたまっている。これ以上の人員の徴収はすべきではない。………………新たに魔法道具の貸与を求めるか」
「それは…………」
「わかっている。あいつらは胡散臭い」
「流浪の民ですから、信仰も違います。ご判断は警戒を忘れず慎重になさるべきかと」
今この街には行商の流浪の民がいる。
国自体が東の台地に接しているから、商いをする流浪の民は珍しいことではない。
ただ、珍しく魔法に心得のある者たちなのだ。
そして傘下には入らないが力を貸すと、向こうから寄ってきた。
どう考えても怪しい。
「外貨を稼ぐだけにしては危険がすぎる。目的が知れん。だが、有用だ」
「…………やはり、あれが遺産というものでしょうか?」
「わからん。だが、あの魔法道具を使えるのはあの流浪の民だけだ」
「今離反されてはこちらが森からの恨みを買うだけです」
「だからこそ、奴らの望みどおり奴らの守りを手厚くしている」
「そして遅々として、…………すみません。言葉がすぎました」
領主もわかっていて手を振って許す。
そしてそのまま考え込んだ末に、何も浮かばない様子で呟いた。
「せめて領民を勢いづかせる何かがあればな」
妖精との戦い自体年寄りは引け腰だ。
私も森には関わりたくないので、そうした領民の姿勢を責める気持ちは湧かない。
領主も私の事情をわかっていて森に行けとは言わないでいてくれる。
甘い考えかもしれないが、どうかこのまま、私が森に行かずにことの解決を目指せる道があればいいのだが。
「結界張る間動けないし、メディサからの報告は聞いとくから、フォーレン遊んで来いよ。森の北側に広い草原あるから。ボリス、案内してやってくれ」
「はいはーい。おいらについてきな!」
「ふむ、羽虫といてもつまらん。俺も行こう」
「えー? 絶対それ僕を追い駆けて遊ぶつもりでしょう? 爪引っ掛けないでよ?」
「さてな」
「お前らの体力にはさすがにこの見た目になってもつき合える気がしないなぁ。しっかり走り回って来いよー」
そんなアルフの声を見送りに、僕たちはボリスの道案内で妖精王の住処を後にする。
「なぁ、フォーレン。グリフォンと遊んだあとでいいからおいらのお願い聞いてくれる?」
いいよと答えようとした途端、グライフに後ろから頭を掴まれた。
「妖精の戯言に安請け合いをするな、馬鹿者」
あいたた! 忠告はありがたいけど、爪が刺さってるよ!
やって来た北の草原は、周囲に村落もない開けた場所だった。
「動物が住んでるね。あと、他にも金属の臭いがする? 人間は住んでないと思ったけど、別の種族でもいるの?」
ここまで案内してくれた火の精であるボリスに聞くと、なんでもないように答える。
「妖精が住んでるし、人間が魔物と呼ぶ危ない生き物もいるんだ。まぁ、ユニコーンとグリフォンだったら襲われても平気だろ?」
「襲われる前提なの? えーと、妖精踏まないように気をつけて走るべきかな?」
「いや、踏み潰していいぜ。襲ってくるしよ」
「襲ってくるのって妖精なの!?」
姿を形作る火を風に揺らしながら、ボリスは恐ろしいことを言った。
「基本的に妖精は善にも悪にもなるんだ。けど、たまに善しか行わない妖精と悪しか行わない妖精がいるんだよ。で、ここに住んでるのは悪しか行わない妖精。倒しても時間が経ったらまた生まれてくるから、この辺りは人間住めないんだ」
なんて話していると、まるで僕たちを嘲笑うかのように奇声が草陰から響く。
「今のそうだな。完全にユニコーンに悪戯する気だ」
「ゲギャーって言ってるようにしか聞こえないけど? 本当に妖精なの?」
「訛りがきついからなー」
訛り? あの奇声って訛りで説明できるの?
グライフはグリフォン姿で羽根を動かすと、草原を上から確認した。
「ふむ…………。小賢しくも鎌を持っておるな」
「ちょ、悪戯とかそういう範囲越えてるよ!?」
「だから踏み潰していいって」
つまり、踏み潰さなきゃ僕がやられるってこと?
「えー? ここで走り回るのちょっとやだな」
「何を今さら。弱音を吐くな! 走れ仔馬!」
なんでグライフが僕を攻撃してくるの!?
ユニコーン姿で僕が駆けだすと、途端に行く手の草原から鎌を持った赤い服の小人たちが飛び出した。
「危ないからどいて!」
警告を叫んで僕は鎌を角で薙ぎ払って駆け抜ける。
足に当たって吹き飛ばされる赤い小人たちは、怒ったように奇声を上げて追って来た。
「ふはははは! いいぞ、仔馬!」
「一人だけ高みの見物は狡いよ!」
「ゲギャー!」
まるで僕の声に応じるように鳴いた赤い小人は、弓や縄を使ってグライフにも攻撃を仕掛けた。
「小賢しいわ!」
グライフは羽根で起こした風を使って投げられる武器を押し返す。
その間も、僕は草原に潜む赤い小人の襲撃をかわして走り回ることになった。
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